第18話   ホテル脱出

次に 灯りがついたとき

私は 受付の 手前に 立っていた


藤のかごに 入った オレンジが 三つ

飾られている


受付嬢は あの少女

生白い 片手を

電灯の スイッチへと

のばしていた


「このホテル、たまに電気が故障するの。配線の問題かしら。だったらあたしにはお手上げだわ」


少女は 八重歯ののぞく笑顔

困っているようには 見えなかった


私は ミイラが座っていた 椅子に 振り向いた


土くれが のっているだけの

古びた椅子が

ばらばらに 分解されている


「ああ、そのイスはもういいの。お客さん、帰ったから」


どこに行ったのか 尋ねると

少女は 片頬をついて

明後日の方向へ 視線を投げた


「あなたとあの客は他人でしょ? それにうちは、お客の情報は売らないの。それでお兄さんは、何泊する予定?」


私がここで 夜を明かす 条件は

あのミイラの 願いを 聞くことだったのを

思い出した


窓から 差しこむ

爽やかな 青い光


私は 静かに 首を振った


「そうなの。残念だわ。機会があったら、泊まりに来てね」


感情のこもっていない

あっさりした 別れの言葉


私は 帽子を取って

少女に 礼を言い

ホテルの 玄関から

脱出することに 成功したのだった


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