第3話 奇妙な依頼内容
郵便屋が うっかり力をこめて
ポストの
私は早朝に お茶と トーストと
それから ご近所から いただいた
ハムのでかい切れ端を 食べていた
腹が ふくれたところで
霊園入口横の ポストを 見に行った
一通の 手紙が
ポストの蓋に 挟まっていた
風に 揺れていて
今にも 飛んでゆきそうだ
この手紙の 内容は 仕事関連だと
私の勘が 告げていた
手にしてみると やっぱり
知らない投函主の 名前だった
小屋へ戻り
ペーパーナイフ片手に
開封する
かび臭い まるで古いカーテンのような
丸みを帯びた文字が びっしりと
綴られている
難解な内容の 手紙だった
投函主は 占いを強く信じている 少女のようだ
なんでも 彼女は 付き合いのあった男たちに
眠るのが怖くなるほど
恐ろしい目に 遭わされているのだという
しかも この手紙に記されている 彼らの年代は ばらばらで
現時点で存命中とは とうてい思えない
これは 私へのいたずらか
存命していない年代の 男たちが
どうやって 現代の少女を 狙えるのか
少女も そのような男性たちと
交流した記憶はないと 書いている
私はこれを くしゃくしゃにして
くずかごの中へ 放り込むのが
理想的だと 想像した
しかし 手紙の最後あたりで
気になる文章を 見つけてしまい
じっくり 黙読した
『わたしはあなたを知っています。あなたの目の色、あなたの顔、あなたの生まれた日、あなたの両親、あなたの好きな花、あなたの価値観、好きな食べ物、飲み物、愛する人……』
などなど いくつもの例を 上げられた
『あなたが、これらを知らないということも』
これには 驚いた
私は 私であることの 大半を
覚えていない
なにが 好きなのか
なにが 人生で起きたのか
覚えていない
覚えていられない
これらの情報の 欠如は
私が自分の 頭部を
実感できない要因と 関係している 気がする
気がするだけ なのだが
妙な確信を 抱いていた
この手紙の送り主は
私を よく知っているようだ
いったい 何者なのだろうか
以前の依頼人の 関係者か何かか
なんにせよ 手紙に書かれた 女性の名前に
覚えが なかった
己の頭部が わからないということは
自分が人の形を 取れているのか
その確証が 得られないということ
日に焼けた 顔の皮膚が 炎症を起こしても
どこが痛むのか わからなかった
日中の作業は 全身を 黒いコートで覆い隠した
草むしりとか 依頼人との会話とか
霊園の 不思議な雰囲気に 惹かれて
とりとめもない話をしに
訪れる人も多い
彼らと交流が 深まると
私を 気遣ってくれて
夕方に 訪れるようになる
しかし 私も 暇ではなく
たまに 来客が わずらわしくなる
そんなときは 毎日生えてくる 雑草の処理を
任せてしまったりする
ここで 私との対話を 望む人は
たいがい 暇なので
けっこう 引き抜いてくれたりする
やらない人も もちろん いるのだが
教会の シスターに
この手紙を 見せることにした
一人で抱えるには 重すぎる内容だ
シスターとは 長いようで まだ短い付き合いだった
私が先代に 従事していた頃からの 顔見知り
だが 私一人で霊園を 管理するようになってからの
付き合いは 短い
いつも 教会の清掃に 追われている 彼女が
となりの 霊園を 評価する基準は
見た目だ
私も 彼女の仕事ぶりを 即座に 判断する基準は
教会が 外装も 内装も いかに清潔に 保たれているかにある
その程度しか 互いを 知らない
今までは それで 充分だった
この手紙を 見せようと 思うまでは
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