★悪役になったら 研究者と妖精と元勇者

 

 悪の組織が「時間逆行装置」を作っている。そんな噂を聞いた主人公たちは慌てて身支度を整え、噂の元となっている場所を訪れた。悪役らしくない木漏れ日綺麗な森の中、急に開けた草原に似付かわしくない無骨な機械と一人の男。機械に片手をかけた男は慌てて走り着いた主人公たちを見据え、不機嫌そうに目を細めた。


 貴方は。主人公が声をかけるも男は機械にかけた手を下ろさない。


「おい、いつ動くんだコレは」


 男が言葉を投げたのは主人公たちから見て機械の裏。そこには機械の内部に頭を突っ込んで機械と戦う白衣の男が居た。


「んんー、あーとちょっとかなー」


「あのお転婆妖精が来る前に片付けろよ」


 がんばるう。と、緩い返事を合図に機会に手を置いていた男は腰元の剣に手を伸ばした。


「こっちはこっちで遊んでるからな」


 剣を抜きつつ地を蹴った男に、主人公は剣も抜かずただ叫んだ。どうして。


 昔、まだ男が「勇者」と呼ばれていた時代に主人公は男と共に遊んだ記憶がある。草地で魔物を払い、草笛・指笛の吹き方を教えてもらい、魔物との戦い方も男に教えてもらった。


 迫ってくる男の姿に手は自然と剣に伸びる。どうして、再度叫んだ疑問に男は笑みを返した。


「もうこんな悲しい事、終わりに――」


 男の回答が言い終わる前に、男の姿は主人公たちの目の前から消えた。魔法を警戒する魔法使い、すかさず背後を警戒する盾役の騎士。


 だがどこにも男は居ない。


 妙な緊張感だけ残された場所にゆるい声が響く。


「ねえー、そこらへん多分ボクと妖精さんで作った穴があってさあ。誰か落ちると危ないから埋めてくれるー?」


 主人公たちは男が消えた場所を見た。


 背の高い草。そして僅かに見える穴の縁。


「よーし、出来、た!」


 白衣の男が立ち上がると目の前に淡い光が散った。


 腰に手を当てた小さな妖精が、小さな頬を膨らませてそこに居た。明るい木漏れ日が雲に閉ざされ辺りに影が広がった。


「遊んでくれないと思ったら何してるの!」


「時間逆行装置作ってた。すごくない?すごくない?」


「すごくなーい! そんな物より遊んでよ!」


「えー、でもコレ怖いお兄さんの頼まれもので」


「こんなの、いらない!」


 妖精の言葉に呼応するように空は更に厚い雲に覆われ、ぽつりぽつりと滴を落とし始める。


 あ、まずい。


 男は急いで妖精を両手で囲むと機械から距離を取った。雨に打たれ、変化を伴ったのは時間逆行装置。パチパチと電気が異常に走る音。空からの滴に気づき、穴に嵌まっていた男は穴の縁に手を付けると一気に穴から飛び出し、そのままの勢いで走った。


 時間逆行装置に向かって。


 そんなに大事なものなのか。主人公たちの見守る先で機械から漏れ出す電気は勢いを増し、男の手が届く程になって電気は一瞬だけ成りを潜め――ちなみにこのとき白衣を着た男と妖精はすでに近くの樹の裏に隠れ雑談を楽しんでいたが――、爆散した。


 轟音とともに飛び散る機械の破片と一人の男の体。


 時間逆行装置は原型を留めず地面に飛び散り、主人公たちはただただ唖然とし、男は動けずに居た。


「ぷふ、ふふっ、あははははは!! やっぱり外装甘くしたのは駄目だったかー。いやー、貴重な素材爆散したねえ!」


「ねえねえ今のおもしろい! もういっかい、もういっかい!」


 木々の向こう側から聞こえてくる声は酷く楽しげで、空も呼応するように急に青を見せ始めた。


 帰ろう。主人公の声に騎士が不満を口にしたが「相手の戦力も測りきれない」という言葉に引きずられ、その場を後にした。主人公が振り返った先で爆発に巻き込まれた男は身体を引き摺るように未だ笑い続ける妖精たちに近づいていた。その姿を確認し、主人公は小さく安堵したように微笑んだ。


「あ、ども。失敗ですねえ」


 傷だらけの男に白衣の男は満面の笑みを向ける。


「もう一度、作れるか?」


「無理ですねえ。云十年に一度しか出てこない希少金属も吹き飛んで行きましたから」


 はあ。大きなため息と同時に男は空を見上げるように大の字に倒れた。


「折角ですし、なんか代わりに作りましょうか?」


 上から見下ろしてくる白衣の男と妖精。こいつらが居なければ望みを叶える可能性すら無く、こんな傷を負うこともなかった。


 言えば望みを叶える何かを作るという研究者。


「生まれ変わりたい」


 不意に口にした望みに、浮かぶ動物が居た。


「ハムスターに」


 白衣の男は直後両手で口を押さえ、空からは更に雲が消え青が染みた。


 あっははははは。


 悪者に似合わない綺麗な森の中。異常なまでに焼け焦げた場所から、今日は大きな笑い声が響く。

 

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