この空が晴れたなら

第1話 雨


 天気予報にはなかった、雨が降り始めた。


「――ほら、雨が降ってきたよ」


 君は私だけに笑顔を向ける。例え、今日の降水確率がゼロパーセントであっても、君が雨が降ると言ったら雨が降る。


「まるで、君が天気を操っているみたいだね」


 いつもの台詞。それに対して、君も決まった冗談を言う。


「だって、僕は神様だからね」


 君はいつだって、そういって無邪気に笑うのだ。


「傘、持ってるの?」

「持ってるわけないじゃん」


 私は君の傘の中に入る。こうして2人の距離を縮めて、時々肩をぶつけながら帰るのが、堪らなく幸せだ。私と君は家が隣同士だから、この幸福を最後の最後まで楽しむことが出来る。でも、君との別れ際はとっても不安な気持ちになる。君に向かって小さく手を振るのは、「また明日会えるかな」という溢れ出しそうな言葉の体現だ。


 いつも不思議なことがある。


 それは、家に帰るとすぐに雨が止んでしまうことだ。


 灰色の空からカーテンのような光が差すのを見て、自然に言葉が口に出る。


「やっぱり君って、神様だね」


     *


 放課後、米澤先輩と私、2人だけの部室だ。


「今日も雨ですか」


 ゴールデンウィークが終わり、何となく毎日がウンザリする、所謂五月病になっているこの頃。それに追い打ちをかけるような梅雨の到来。スカウト部にもその空気はあって、どんよりとした雰囲気があった。


「いいじゃないか雨で。平和だよ」


 ニコニコとしている米澤先輩には、梅雨が来ていないのではと思わせられる。


「ジトジトしてて、私は嫌いです」

「そうか?面白いものを見れるから俺は好きだけどな」

「面白いものって何ですか?」

「例えば、相合傘をして喧嘩する鳥コンビ」

「え、何ですかそれ!めっちゃ見たいんですけど!」

「運が良ければ、な」

「私に神の御加護があらんことを……」


 七不思議の一件以来、2人の関係性は大きく前進したはずだ。だが、余計に夜乃先輩の対抗心に火を付けてしまった。あの三角関係は決着が着くまで見届けたい。あれほど心躍らされる出来事は、ラブコメ漫画の中でしかお目にかかれないのだ。


 トントン、と控え目なノックが部室に響いた。


「ん、誰だろ?」


 私がドアを開けると、目の前には一人の女子生徒が不安そうな表情をして立っていた。長めのスカートの隅をぎゅっと片手が握っている。襟元のバッチにはⅠのマーク。同級生だ。


「スカウト部に何か用事ですか?」


 こんな部に用事があるわけないか、と思いながら尋ねる。


「米澤先輩に用事があって……」

「えっ」


 自然と、声が出てしまった。米澤先輩を見ると、彼も不思議そうに首を傾げた。

百歩譲ってスカウト部に用事があるのは分かる。だが、米澤先輩に用事があるとは、頭の片隅にも思考が及ばなかった。


「米澤先輩ならこの人だけど……」

「どうも、米澤です」

「み、水無瀬です」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……あの、水無瀬さん、どういったご用件で?」


 何故か私が無言の空間に耐え切れなくなり、彼女に尋ねた。


「えっと、調査の依頼というか、なんというか」

「ふむふむ。調査か。いいだろう。なんかよくわからなんけど調査してやろう!」

「先輩、もう少し話を聞いてからの方がよくないですか?」

「何を言ってんだ。困ってる女の子がいたら助けるのは当然だろ」


 真面目な顔で私の目をじっと見る。


――ドクン。


 心臓の脈打つ音が耳まで聞こえてきた。


 どうして?


 そんなことは――


「……どうした?」

「なっ、何でもないですよ。米澤先輩が市ノ瀬先輩みたいなこと言って驚いただけです!」


 なんだコイツと言って米澤先輩は首を傾げた。


「そんじゃ、その調査の詳細を聞かせて欲しいな」

「はい、と言いたいところなんですけど、今日は用事があるので、後日でもいいですか?」

「わかった。俺は放課後いつでもここにいるから、好きな時に来てくれ」

「わかりました。ありがとうございます。また、お願いします」


 彼女は礼儀正しくお辞儀をしてから、部屋を小走りに去っていった。


「なんでしょうね、調査って」

「天才に関する調査だろうな」

「うん?それって調査を依頼する意味ってありますか?」

「お前は【リスト】のこと言ってるんだろ?」


 【リスト】とは生徒会が保有する学園内の生徒が、どのような天才なのかを記した名簿のことだ。


「だが、あれには管理者権限ってものが存在する」

「生徒会だけしか見れない、とかですか?」

「いや、この学園の生徒なら全員に閲覧権限はあるさ」

「どういう事ですか?全然わからないんですけど」

「ま、心当たりがあるから、お前は気にすんな」

「そう言われると気になるじゃないですか」

「近いうちに教えるさ」


 そう言った米澤先輩の視線に合わせて、私は窓の外を見た。いつの間にか、空から光が差していた。


「雨、止みましたね」

「さて、俺は帰るかな。柊はどうする?」

「私と――」


 二人で一緒に――


 喉にまで出かかったその言葉をゆっくりと飲み込む。


「い、いえ、私はもう少ししたら帰るので……」

「ん、そうか。じゃあな。戸締り忘れんなよ」

「はい、お疲れ様でした」

「おつかれー」


 部室から出ていく米澤先輩を目で追ってから、私は机に突っ伏した。


「どうして意識しちゃうかなぁ……」

「何を意識してるんだ?」

「――――なっ!ぶっ、部長!?どうしているんですか!?」

「ここに来ては悪いか?これでもスカウト部の部長なんだかな」

「もちろん来てもいいに決まってるじゃないですか!」

「それならいいんだがな」

 部長は笑みを浮かべながらか部長専用の椅子に座った。

「なっ、何ですか!」

「いや、何でもないよ」


 部長はニヤニヤとしている。こうなった部長ほど面倒なことはない。


「もう帰りますよ!」

「ほう。今帰えるということは、米澤と一緒に帰るってことだな。仲良く帰るといいさ」

「っもー!絶対に分かってますよね!」

「はて、何のことだかさっぱりだ。柊が教えてくれるか?」

「くぅ~!何でもないですから!」

「そうか。何がとは言わないが、止めておいた方がいいかな?」

「そうしてください!」


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