第5話 ドッペルってる?

「それで、逃げられたと?」


 部長は呆れた表情で、ベンチにもたれかかる市ノ瀬を、見下すように仁王立ちしていた。


「すみません、体力、の限界……でしたぁ…………」


 市ノ瀬は今にも死にそうな顔で声を絞る。


 鷲宮先輩から【ミスターP】発見の報告を受け、最初に集まった公園に全員集合していた。


「ところで、鷲宮先輩はどこに行ったんですか?」


 辺りを見渡しても、日傘を差した女子高校生が見当たらない。


「あ、あれぇ、おかしい、さっきまでいたのに……」

「アイツなら帰ったぞ」


 米澤先輩は、来る途中に買ったアイスクリームを食べながら平然と答えた。


「すんげえ機嫌悪かったぞ」


 部長の鋭い視線が市ノ瀬先輩に突き刺さる。かなり怒っているようだ。


「ほぅ、また痴話喧嘩か。部活中の痴話喧嘩はやめろと、釘は何度も打っておいたはずだ。もしや、本物の釘を打たれたくなったのか?私はそれでも構わんぞ」


 ゴゴゴゴゴゴゴという音が聞こえてきそうなほどに、殺気立った部長。怯える市ノ瀬先輩、アイスクリームを美味しそうに頬張る米澤先輩。


 なんという混沌。


 ラヴクラフトもびっくりではなかろうか。


 とにかくこの状況をどうにかしなければならない。こんな所で躓いていたら、【ミスターP】など捕まるはずがない。


「米澤先輩、どうにかしてくださいよ!」

「オレかよ。まぁ、どうにかは出来るけどさ」

「えっ!?出来るんですか!」

「そんな反応すんなら、どうにかしろとかいうなよぉ」


 アイスクリームの最後の一口を頬張ると、ポケットからおもむろにスマートフォンを取り出した


「何するつもりなんですか?」

「【ミスターP】を確保しに行くんだよ」


     *


「はっ、はっ、はっ……」


 いつまで付いてくるつもりだろうか。何度も後ろを振り返るが、その女との距離は一向に離れない。


「いつまで逃げるつもり?」


 女は息切れもせず、平然と質問を投げかけた。


 一時的ではあるものの、確実に彼女からは逃げきった。しかし、いつの間にかどうして、再びの逃走劇が始まってしまったのだ。


「うっ、うるせー、おばさん、つ、ついてくんな……」

「おばさん?」


 女の手が伸び、ついに捕獲される。


「ぐへぇ!」

「おばさんじゃないでしょ、ガキ。おねえさんって言いないさい。分かったわね?」


 鬼の形相が迫ってくるので、必死に何度も頷き謝罪して助けを求めた。


「ごめんなさい!許してください!助けてください!何でもします!」

「……ふーん、何でもするのね」

「な、何でもってのは俺の出来る範囲のことだからな!」

「勿論、わかってるわよ。――という訳で、これからは私の命令に従ってもらうわ」

「はぁ?そんなことするわけねえだろ!」

「それじゃあ、今までやって来たことを警察に言うけどいいのかしら?」

「けっ、けいさつ?」

「そうよ。警察が来ればあなたは逮捕ね」

「たいほ……」

「死ぬまで牢屋で生活することになるかもね」

「ろうやで……いっしょう……」

「さぁ、選びなさい。私の命令に従っていればいいだけの生活か、牢屋で孤独に生活するか」

「ぐぬぬぬぬぬ…………」

「俺は断然、牢屋だな」


 答えを出したのは、思わぬ人物だった。


「よっ、米澤!?どうしてここが分かったのよ!」

「工作部特製の発信装置が、鷲宮の背中についてんだよ」

「はぁ!?」


 鷲宮が背中に手を回すと、小さな金属が背中にくっついていた手に取ると、一円玉ほどの丸い金属だった。これが発信装置らしい。


「レディになんてもの付けてるのよ!」

「まぁ、いいじゃねえか。どうせ追いかけっこになったらお前が捕まえるってのが分かってたんだ。でも人前じゃ、その運動神経は見せたくないもんな。――ってのを予測して付けたんだよ」

「ぐぬぬ……、部長に言いつけるわよ!」

「あのなぁ、別に持ち前の身体能力ぐらい、他人に見られても良くないか?ましてや、スカウト部の連中だ。それなりに気心知れてるだろ」

「……それでも…………嫌なものは嫌なのよ」

「……わかったよ。とりあえず、みんなには【ミスターP】を捕まえたって連絡しておくからな」

「ええ」

「――いい加減、手を放しやがれ!」


 【ミスターP】と名付けられた小学生が突然騒ぎ始めた。


「こういうの、なんていうのか知ってるぜ。誘拐だろ!誘拐!」

「それじゃあ、一つだけ約束してくれれば解放してあげてもいいわよ」

「約束?なんだよ、それ」

「最近、ここら辺で女の子のスカートを捲ってるわよね?それを止めてくれたら解放してあげるわ」

「最近って、僕は今日が初めてだよ!」

「嘘ね!犯人の特徴だって聞いてるのよ。小さな小学生で、帽子を被ってね、そう!まさにあんな子!」


 そう言って鷲宮は横断歩道の反対側にいる小学生の男の子を指さした。


「あぁ、確かにあんな感じだな。この子そっくりじゃないか」

「そうね」

「……」

「……」

「君、双子の兄弟はいるのかい?」

「一人っ子だけど……」


 男の子はこちらの視線に気づいたのか、じーっと3人を凝視する。そして、自分の容姿そっくりな存在がいることに気づいたらしく。目を丸くさせた。


「鷲宮」

「なによ」

「この子見といてくれ。俺はあの子に要件がある」


 米澤は横断歩道に向けて走り出した。同時にドッペルゲンガーなあの子も走り出した。


「ちょっと!待ちなさいよ!」


 鷹山の制止など意味はなく、米澤は目の届かないところまで行ってしまった。


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