第4話 「ミスターP」


 公園で部員たちと別れた後、佐倉は【ミスターP】を一通り探して、路地裏にある喫茶店「Alcyone」で休憩していた。店内に自分以外の客がいないことを確認すると、スマホを取り出し、連絡先から随分と古い宛先に電話を掛けた。


「もしもし、私だ」

「……私だって言って電話を掛ける人は私の知る限り一人しかいないんです。ヘンテコ部の部長さんですね?」

「ああ、スカウト部の佐倉昴流だ」

「そういえば、そんな名前でしたね」

「…………」

「…………」


 奇妙な間が生まれる。お互い信用はしていない。米澤という男を介して成り立っている関係だけでは、世間話の一つも出来やしない。云わば、二人は敵同士。


「どういったご用件何ですか?」


 沈黙を破ったのは、彼女の方だった。


「生徒会からスカウト部に来た例の依頼、もっと情報が欲しいのだけれど」

「そちらに提出した分がすべてですよ」

「なるほど。あなたの嫌がらせってわけね。そんなんじゃ、米澤に嫌われるわよ?」

「彼はこんなことで、私のことを嫌いになりません。むしろ、好感を持ってくれるんですよ。あなたも、これぐらいご存じですよね?」

「勿論。過ごした時間が長いからな」

「何を仰っているんですか?私の方が何年も――」

「…………」

「…………」


 再びの沈黙。今のは、彼女の自爆だ。可愛らしいところもあるらしい。


「この件は置いておきましょう。――あなたの言う通り、犯人の特徴は掴んでいました」

「フン、最初からそう言えばよかったんだ。アイツの為だと言って遠回しなこと、やらなければ良かったんだ」

「出来ないからやってるんじゃないですか」

「ふっ、恋する乙女は大変だな」

「う、うるさいですよ!もう切りますから!」


 その言葉通り、電話は一方的に切られてしまった。


 彼女は米澤の為ならば、何でもする女だ。今回は彼が喜ぶだろうと思い、あえて情報量を少なく伝えたのだろう。生徒会長は彼女のことを信用しているから、中身をろくに確認せず、依頼書をスカウト部に届けたという訳だ。


「困った女だ……」


 小さくコーヒーを啜ると、スマホに、メールの通知を知らせる振動が響いた。


 内容を見れば、期待通りのことが記載されていた。


「……素直じゃないな」


 内容は米澤だけに送信する。恐らく、これで米澤は事の真相に辿り着くことになるだろう。


 佐倉は休日の午後を満喫するように、コーヒーを口に運んだ。


     *


「今回の依頼、何か裏があるとは思わない?」


 鷲宮は日傘をくるくると回しながら、商店街を歩いていた。市ノ瀬は優雅に歩く彼女の後を追いながら辺りを見渡す。それらしき人物はいない。


「そんなこと言ってないで、君も少しは探す素振りぐらいしたらどうだ?」

「嫌よ。どうせ見つけなくても、最後は米澤に収束するんだから放っておいても問題ないでしょ」

「そうは言ってもなぁ」

「それに、今回は人為的な流れがあるから、あんまり関わりたくないのよ」

「人為的……ね。それが裏ってやつ?」

「そうよ。まず、依頼が来た時点でおかしかった。珍しく生徒会長が直々にこっちへ来たのよ」


 スカウト部への依頼は基本的に生徒会の誰から送られてくる。会長が自らというのは、稀なことだ。


「それに、ここに来た時だってそう。部長はわざと米澤と柊ちゃんのペアをつくって、部長は一人で何処にいるのかしら」

「どうせサボってるんだろう。いつものことじゃないか」

「部長を追う気はないのね」

「どうせ米澤が――」

「……そうやって面倒なことはいつも避けようとするわね」


 鷲宮は振り返って、市ノ瀬の顔を覗き込む。


 彼女の美しい美貌に、思わず息が止まる。怒っていても凛々しい顔つき。思わず引き込まれそうな瞳に心臓が強く脈打つ。ドキドキと木霊すその音が、鷲宮に聞こえていないのか不安になる。思わず顔を背けると彼女は不服そうにして前を向き、再び歩き始めてしまった。


「……わかんないなら、いいわよ」


 不機嫌そうな声には、呆れが半分。もうひとつは照れ隠しが含まれていた。


「どういう意味か教えておくれよ!」

「そういうところがダメなの!」

「…………」


 市ノ瀬は渋い顔をしすると、諦めたように静かになった。


「市ノ瀬」

「なに?」

「私が先に答えを出すって言ったら?」

「えっ」

「市ノ瀬がどうして他の女子と比べて、あたしへの扱いが違うのか。何となくわかって――」

「鷲宮!後ろ!」

「何よ!あたしの話を最後まで聞く気ないの!?」

「そんなことより――」

「そんなことよりぃ!?」

「――あいつが【ミスターP】だ!」

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