第2話 捕獲作戦


「ふ~ん、ふふふ~ん♪」


 キッチンで軽やかな鼻歌が聞こえてくる。自作のエプロンを身に着けた彼女は、定家の幼馴染である泉崎小町だ。


「定家、今日の夕食何だと思う?」

「カレー」

「せいか~い。流石だね」

「匂いでわかるだろ」


 スパイシーな匂いが、リビングまで届いていた。


「そっちに持っていくね」

「ああ」


 小町は、僕の両親が居なくなってから、ほぼ毎日のように僕の家に来ている。半同棲と言われてもおかしくはない。。


「定家、今日会長に会った?」

「来たよ。変な依頼を引っ提げてな」

「ヘンテコ部に頼まなくてもいいのに……」

「ヘンテコ部は、生徒会の手に負えない仕事をしてるんだから、間違ってはないさ」

「でも……」

「新入部員ちゃんも入ったし、何の問題もないよ。任せておけって」

「……うん、わかった。定家のことだかから、解決はできるんでしょ」

「勿論だとも」


 定家はカレーを頬張りながら、笑顔で答えた。


「ところで、新入部員ちゃんって、女子?」

「そうだけど?」

「ふーん、そうなんだ」

「なんだよ」

「なんでもないよ」


 小町も席に座るとカレーを食べ始めた。


「新入部員ちゃんって何が出来るの?」

「トランプタワーを立てられる」

「へー、定家が好きそうな才能だね」

「好きそうってなんだよ」

「好きでしょ?」

「好きだね」

「ふーーーん」


 小町は訝しい顔をして、定家を見る。彼女が不機嫌なのは明らかだった。


「何かやったか、俺?」

「自分の胸に手を当てて、よく考えてください」

「難しい問題だなー。分からないなー」

「ごちそうさまでした」


 いつの間にかカレーを食べ終わっていた小町は、キッチンに食器を持っていく。彼女の食事の速さは異常だ。小町の前に置かれた食べ物は、瞬く間に胃袋へと収容される。初めて見る人は度肝を抜いてしまうほどだ。


 そして、食べる量も異常だ。本人は、定家にはバレていないと思っているが、とんでもない量の食事をしている。今だってキッチンで食器を洗っているように見せかけて、カレーの残りをバクバクとこっそり食べているのだ。


「まったく」


 女心は難しい。


 なるべく音をたてないようにキッチンへ行くと、予想通りカレーの残りを物凄い勢いで食べていた。


「小町」


 名前を呼ぶと、咄嗟にカレーを隠してこちらを振り返った。


「どうしたの?」


 動揺を全く感じさせない声のトーン。何事も無かったような振る舞いだ。だからこそ、動揺させたくなる。


「小町、好きだよ」

「……ばかじゃないの?」


 彼女は動揺という言葉を知らないのか、平然とした顔で冷たい視線を返されただけだった。


     *


「さて、本日はスカウト部全員の力を持って【ミスターP】の捕獲を完遂する。各位全力を尽くすように!」


 【ミスターP】という名前が決定してから一週間が経過した土曜日。珍しく休日に部活があるなと思ったらこれだ。


「部長、なんで私まで呼んだんですか?米澤だけで十分だと思うですけど」


 明らかに鷲宮先輩は不機嫌だった。それもそのはず、収集が掛かったのは昨日の夜だ。どこかへ出かける予定でもあったのだろう。


「まぁまぁ、そう怒っても仕方がないだろう?僕とのデートだったらいつでも行けるんだからさ!」

「うっ、うっさい!違うんですよ部長!私はこんな変人とデートだなんて!」

「そうなのかい?君から誘ってくれたからてっきりデートだと……」

「あああああっ!あんたが喋ると話がややこしくなるから黙ってなさい!」


 そう言われた市ノ瀬先輩は肩をすぼめてから、口にチャックのジェスチャーで

「もう喋りません」とアピールする。

「デートに行きたかったけど、市ノ瀬が部活に出ようっていうから鷲宮は無理にデートに誘えなかったってことろだな」


 米澤先輩はニヤニヤと笑って火に油を全力投下する。その代償は鷲宮先輩の足への踵落としだった。机がドンと揺れてから米澤先輩は足を抱える。


「痛ってええええ!!!力加減考えろよ怪力女!」

「当然の結果よ」


 フン、とご機嫌をより損ねる。


 ここで部長が席を立つ。さすがに止めに入るのだろう。こういうところは部長を務めているだけあるなと感心する。


「さて、宴もたけなわだけれども――」

「どこに宴の要素があったんですかぁ!?」


 こんなの寒心だ!


「まぁ、前日に呼び出してしまったのは申し訳ないとは思っているわよ。だけど相手が強大で凶悪な敵よ」


 凶悪だけれども。


「一度も顔を見られてない頭脳犯だわ」


 ラッキースケベが頭脳犯ですか。


「それに、早く捕まえないと新たなる被害者を出しかねない」


 依頼が来てから一カ月経ちそうですし、私という被害者出てますけどね。


「なんてことはどうでも良いんだ」


 結局どうでもいいんですね。


「報告されている被害の日付と日時をまとめた結果、土曜日の昼前後に一番被害が多いことが判ったんだ」

「……というのが判明したのが昨日の夜だったってことですね、部長」


 未だに足を抱えている米澤先輩は納得したように頷いた。


「思い立ったら即行動が部長のモットーですもんね」

「――という訳だ。出発するとしよう!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る