第5話 まるで隠し芸大会
「さて、柊の天才ぶりを実際に見たところで、私たちの自己紹介もしていかなくてはな」
トランプタワーを崩し、米澤先輩が机の近くまで椅子を持ってくると、自己紹介タイムが始まった。
「では、鷲宮から頼んだぞ」
「私ですか!?いいですけど…‥」
鷲宮先輩は席を立ち、自己紹介を始める。
「2年B組、
鷲宮先輩はそう言って着席しようとした。
「おい!何席に座ろうとしてるんだ!何の天才か言えーっ!」
すると、米澤先輩が不満気にブーイングをする。鷲宮先輩はキッと睨むが、ブーイングは止まない。
「言えー!言えー!」
米澤先輩は立ち上がって鷲宮先輩の周りをウロチョロしている。
「うるさいわね!……分かったわよ。やるわよ。別に米澤がやれって言うからじゃなくて、柊ちゃんが見たそうにしてるから見せるんだからね!」
「でたなっ!鷲宮のツンデレ!」
「うっさい!」
「ふごごがぁぁっ!!!」
鷲宮先輩が米澤先輩の腹にグーパンチを入れた。米澤先輩は腹を抑えながらその場に崩れ落ちた。痛みを堪えているのを見ると、しばらくは立ち上がれなさそうだ。
「鷲宮」
部長が綺麗な笑顔で呼びかける。
「……はい」
「あなたがどのような天才なのか、見せてあげるのよ」
「……分かりました」
ティーカップの中身を飲み干して、台所(なぜ部室にあるんだ……?)の蛇口を捻る。カップから零れそうなぐらいに水で満たすと、それを片手で手のひらに乗せた。そして、小走りで自分の座っていた場所まで戻って来た。
「先輩、走ったら水を溢しちゃいますよ!?……って、零れてない!」
鷲宮先輩が通って来た道には一滴たりとも、水は零れていなかった。
「私は『液体をカップから溢さずに運ぶ天才』なのよ」
先輩は、ため息交じりでどのような天才なのかを明かした。
トランプタワーを作る天才よりはとても使える才能だと思う。レストランで飲み物を運ぶ時、絶対に溢さないのだから有能なアルバイトとして働けるじゃないか。
「……ちょっと、感想を言いなさいよ!」
鷲宮先輩が頬を赤く染めて指摘する。咄嗟に思いつく言葉もなく、頭の中に浮かんだ一語を伝える。
「えっはい。――凄いです!」
「……それだけ?」
「はい!凄いです!」
「あなた語彙力が無いの?……まあ、いいわ。次ですよ部長。次に行きましょう!市ノ瀬に行きましょう!」
そう言ってビシッと市ノ瀬先輩を指さした。
「まぁ、僕になるよね。いいよ。ミス柊のために自己紹介をしよう!」
満更でもない顔をして、さらさらの金髪を掻き上げる。
「改めてだけど、僕の名前は
「柊さん、私は何とも思ってないから。あなたにあげるわ」
「是非!市ノ瀬先輩、私と婚約を!」
私の発言は8割ほど本気だった。
「ちょっと、柊さん何を言っているんだい!?君はとても美しいから婚約をうけたいが――しかし!僕には心に決めた鷲宮奏という女性がっ!くそっ、僕はどうすればいいんだ!ああ、神よ!なんと厳しい試練をおおおおぉぉぉぉっ!!!」
市ノ瀬先輩は米澤先輩同様、その場に崩れ落ちた。
「ちょっと」
鷲宮先輩は、倒れた市ノ瀬先輩を足でちょこんと触れる。しかし反応がない。
「仕方が無いわね。市ノ瀬がどんな天才なのかは私が説明するわ」
市ノ瀬先輩を思いっ切り蹴ると自分の席に戻った。その時に悦ぶ声がしたのは気のせいだろう。
「……市ノ瀬はスイカ割りの天才よ」
「夏に砂浜でやる、アレですか」
「スイカを割る、アレよ。実際に見るのは夏になるでしょうけど」
未だに倒れ込む市ノ瀬先輩を見下す。
「スイカ割りの天才ってことは、目隠しの状態で百発百中で当たるんですか?」
私の疑問には席を立った部長が、市ノ瀬先輩の上に座って答えた。
「その通りよ。百発百中だなんてふざけているわよね。――この豚!」
部長は市ノ瀬先輩の頭に拳をぐりぐりと押し込む。さすがに理不尽な仕打ちではないか。と思ったのが、やられている本人が喜んでいるように見えたのは気のせいだろうか。
「はははっ、そりゃまぁ部長に恨みを持たれてるわな!」
やはり米澤先輩はげらげらと笑ってそれを見ている。
このままでは自己紹介が終わる気配が無い。
「さて、全員の自己紹介を終えたことですし、そろそろ帰りましょうか」
だが、自己紹介はこれにて終了のようだった。この部活には私の様な使いどころのない才能を持った天才たちがいることが分かり、少し安堵した。この学園には似たような人が案外多くいるのかもしれない。
しかし、何か忘れている気がしてならなかった。腕を組んで考えていると、鷲宮先輩が冷えた声で部長を呼んだ。
「部長」
「何かしら?」
平然とした顔だ。
「ご自身の自己紹介をなさってませんよね?」
そういえばそうだ。丸く収まった感じになっていたのだが、部長の自己紹介を行っていなかった。
「私はすでに自己紹介をすませているわ。そうよね、柊さん?」
「はい、たしかに昨日されました」
『私の名前は
と、とても簡潔に紹介されていた。
「へー、そうですか。それじゃあ柊さん、部長がどんな天才なのか知っている?」
「……いえ、それは聞いてないです」
「へぇー、そうなんですかぁー。私達には言わせといて、自分が何の天才なのか言わないんですかぁー」
「はいはい、分かっているさ。やるよ。私がどんな天才なのか見せてやる。――じゃんけんするぞ」
「……はい?」
「私は『じゃんけんで7割の確率で勝利する天才』なんだ」
「それはまた、変わった天才ですね」
「お前に言われたくはないがな」
「その通りです……」
「さて、じゃんけんだ。10回やるわよ――じゃーんけーん、ぽん」
私はぐー。部長はぱー。部長の勝ちだ。
「じゃーんけーん――」
こうしてじゃんけんは続き、計10回目。
「――ぽん。あ、私の勝ちですね。ってことは、本当に7割ですね」
10回中、部長が7勝。私が3勝。本当に7割の確率で勝利できるようだ。
「って、そういうことですね」
「何がだ?」
「部長が市ノ瀬先輩の上に座っている理由です。市ノ瀬先輩は100パーセントの確率なのに、部長は70パーセントなので羨ましく思ってるんですね?」
「……ああ、その通りだよ」
部長はどこか寂し気だ。今のことは言わなかった方が良かったのだろうか。考えていたよりも落ち込んでいる様に見える。
「あの、すみません。……気にしてますよね?」
悪いことをしたなと思って謝ると、部長は薄く笑みを浮かべた。
「ふふっ、別に構わないさ。100パーセントでスイカを割れるよりも、70パーセントの確率でじゃんけんに勝てた方が、得する場合が多いからな」
こうして無事に自己紹介は終了した……と思われたのだが。
バタンと乱暴に扉が開く音がして、自然とそちらに視線が向く。スカウト部の部室に入って来たのは、小学生ぐらいの小柄な女の子だった。しかし、知才学園の制服を着ているので、彼女は高校生なのだろう。
「失礼する、生徒会長だ!今日もすんばらしい天才を見つけ……た……。きゃああああああああああ!!!」
小さな生徒会長はその体型に似合わない雄叫びを、学園中に響かせた。
「あら、生徒会長。叫び声なんて上げてどうかしたのかしら?」
「あっ、あんた!どうして男子生徒を椅子みたいにしてるのよ!」
生徒会長は部長をびしっ、と指差す。それに対して部長は平然と答える。
「何か問題でも?彼は椅子になっているだけなのよ?」
「それが問題なのよ!そんなプレイをしているから――」
「プレイ?何を言っているのかしら。貴女の頭の中では、ただ椅子に座っているだけがそういうプレイになってしまう変態なのね」
「あっ、ひゅあ、ちゅがう、違います!そんなことを考えてたわけじゃないもん!」
「ふふっ、明日には【変態生徒会長】なんて通り名が付いたら大変ね」
「そんな名前が広まるわけないでしょう!知才学園で今まで私がやってきた数々の栄光を見ていれば、そんな名前を広める生徒は1人もいるはずが無いわ!」
「数々の栄光、ね。それは【始業式代表挨拶 生徒会長パンチラ事件】のこと?それとも"【球技大会 生徒会長ノーブラ事件】のこと?あるいは【生徒会室 生徒会長すっぽんぽん事件】のことかしら?」
「やああぁぁめぇぇてぇぇぇっ!!!」
生徒会長はその場に崩れ落ちた。事件の名称を聞く限り、全くその内容を知りえない私でも彼女にとって随分な屈辱だということは察することはできる。
「部長、生徒会長がそろそろ泣き始めちゃいますよ?」
鷲宮先輩も生徒会長が哀れと感じたのか、部長を止めに入った。
「ふん。今日はこれぐらいにしておくわ」
そう言って市ノ瀬先輩から降りると、自分の椅子に腰を下ろした。
「さて、柊さん。そこの小さい存在について説明をしてあげるわ。彼女は知才学園生徒会役員会長、
「一応じゃなくて、きちんと先輩なんだけど!」
生徒会長はむくりと立ち上がって反論した。
「はいはい。分かったわよ。……それで、生徒会長さん。スカウト部に依頼をしに来たのよね?」
「あ、そうだった。すっかり忘れてた。って、あんたのせいだからね!」
部長をぎろりと睨むと、制服のポケットから四つ折りにされた1枚の紙をテーブルに広げた。その紙を覗き込むと、何やら堅苦しい文章がびっしりと書き込まれていた。
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