第4話 妄想ハイウェイ

 次の日の放課後。私はスカウト部の部室に来ていた。


「失礼します。あ、こんにちわ」

「ええ、こんにちわ柊さん」


 先に部室にいたのは3年生の佐倉さくら昴流すばる先輩だ。スカウト部の部長であることは米澤先輩からすでに説明されていた。


「あの、お話がありまして」


 私には、スカウト部に入部しないという旨を伝える目的があった。昨日は結局、その場の勢いで否定をすることができず、また明日来ますということで逃げてしまったのだ。


「ン、どうした?」

「実は――」


 ドンという強引に扉を開ける音がして、私の言葉は遮られた。 


「部長!今日もお美しい!」


 中に入って来たのは金髪の男子生徒だった。襟元を見ると、2年生ということが分かった。鼻が高く、堀が深い。欧米出身の様な顔立ちだが、綺麗な日本語だったのでハーフなのだろうか。


「当然だ」


 部長は満足そうに胸を張る。そのおかげで大きな胸がより強調された。


 ……私のより大きいなぁ。


「おっと、そこのレディ。君も大変美しい。……1年生じゃないか。まるで睡蓮のようだ!」


 そう言って金髪の先輩は膝を落とし、私の手の甲にそっとキスをした。頬が熱くなるのを感じ、慌てて手を振りほどく。


 別に嫌では無かった。こんなイケメンがキスをくれるなんて漫画だけの話だと思っていた。しかし、実際にやられると恥ずかしい。


 初対面の印象は、タライを持った米澤先輩と比べると天と地の差が生まれた。手の甲にキスだなんて、どこかのプリンスか!彼は『天』だ。もちろん、米澤先輩は『地』の方だ。


「市ノ瀬、やめないか。彼女はスカウト部の新入部員なんだぞ。大切に扱え」

「そうだったのか。これは失礼したよレディ。私の名前は市ノ瀬いちのせとんびだ。これからよろしく頼むよ」


 市ノ瀬先輩はウインクを飛ばしてきた。私はそれを満面の笑みで返す。嫌では無いです。むしろ毎日やって欲しいです。


 でも、新入部員になるつもりは無いんだけどなぁ。


「ところで、僕のmy wifeはどこにいるんだい?」


 my wife……だと!?


 あぁ、短き恋だった。


鷲宮わしのみやならまだ来ていないぞ。米澤を連れてくるように頼んであるからな。しばらく時間が掛かるはずだ」

「そうですか。では、ティーを頂きながら待つことにいたしましょう」

「あのぉ、鷲宮さんって誰ですか?」


 聞きなれない名前を部長に尋ねる。


「彼女は2年生の部員だ。――そうだ、今日は柊のために部員の自己紹介をしようと思っている。もう少し待っていてくれ」

「そっ……、そうだったんですか」


――どうしよう!部活に入るつもりはありませんって、どんどん言いづらくなってきたよ!


 米澤先輩と鷲宮先輩を待っている間に、市ノ瀬先輩にハーブティーを淹れて貰った。香りを嗅ぐと、まるで花園に迷い込んだかのような気分になれた。すっ、と口に含ませれば口の中にも香りが広がり、つい顔が綻ぶ。


「ミス柊、そんなに美味しそうに僕のティーを飲んでくれるのは君ぐらいだよ」


――金髪のイケメンが!……私に向かって!……微笑んでいる!


 ああ、意識が天高く昇り始めそうだ。彼は人妻ならぬ人夫。でも……、絶対に許されぬ禁断の恋。彼には愛すべき妻がいながらも、私というもう1人への愛がある。そんな2人はいくつもの困難を乗り越えながらも逢瀬を重ねていく。激しい愛は加熱するばかり。


『市ノ瀬先輩……』


『琴音……』


2人は熱いキスを交わす。舌がお互いの口を弄り、体は火照り始める。市ノ瀬先輩は私をベッドに押し倒す。あろうことか、妻と体を重ねたベッドの上でだ。


『先輩、ここでヤるだなんて……、悪趣味ぃ』

『フフッ、いいじゃないか。こういうのも』

『――んっ、あぁ!先輩!』

『――琴音ッ!』


「だいぶ厭らしい妄想をしているのね」


 肩を叩かれ、現実に戻ってくる。後ろを振り返れば佐倉部長が険しい顔をして立っていた。妄想がバレたのだろうか。しかし、そんな顔がヤバかったとは言え、中身までは理解できていないはず。そうは思いながらも、全身が冷や汗に襲われる。


「えー、えっ、ちょっと……、何の話ですかねぇ~?」

「誤魔化したわね。まあいいわ」


 佐倉部長は涼しい顔をしてスタスタと自分の席に腰を下ろした。一体何だったのだろうか。


 しばらく考え込んでいると部室の扉が開き、2人の男女がやって来た。


「すみません、遅れてしまって」


 女子生徒の方は疲れきった顔をしていた。彼女が鷲宮さんだろう。


「my wife、ようやく会えぎゅふぉう!」


 市ノ瀬先輩が鷲宮先輩に抱きつことすると、鷲宮先輩が強烈な回し蹴りを披露し、市ノ瀬先輩が床に突っ伏してしまった。


「ちょっと。大丈夫なんですか?」

「ええ、いつものことだから問題ないわ。……それより、あなたが新入部員?」

「……はい」


 もういいや。この部に入ろう。


「米澤。また鷲宮に迷惑をかけたな」

「何のことですかね~」


 佐倉部長からの急なフリに、鷲宮先輩の陰でこっそりとしていた米澤先輩がひょっこりと顔を出した。


 鷲宮先輩はそんな彼の胸ぐらを掴み、前に立たせる。


 なんて握力だ。怒らせたら一番危ない人だな。


「まあいい。今回は見逃してやる。いいな、鷲宮?」

「ええ、いいですよ。後輩の目もありますしね」


 見苦しいとこ見せて、ごめんねと片手で謝罪する。


「それじゃあ、本題に入ろう。まずは席に座ってくれ」


 私は先輩たちが全員座ってから空いている席に座る。米澤先輩の隣で、一番扉側となった。


「スカウト部に新たな仲間が加わった。米澤が知才学園のスカウトのついでにスカウト部のスカウトも行ったようだ」


 うん。突っ込まない。


「彼女の同意の元、私が担当の先生に入部届けを出しておいた。それが今日のことだ」


 …………。


「彼女はスカウト部について分からないことだらけだ。困っているのを見つけたら、きちんと面倒をみるんだぞ。分かったか?」


 私の世話について、まばらな返事で了承された。


「それじゃあ、自己紹介でもするか」


 佐倉先輩は妖しい笑みを浮かべた。


 嫌な予感がする。


「あのぉ……、一体いつまでやればいいんですか?」


 私は自己紹介の一環として、3人の先輩に見守られながらトランプタワーを作らされていた。


「都合よく、ああ。都合よーくトランプを持っていたからな。1セットを使い切るまでやってもらおう」


 都合よくトランプを持っている人などいるのだろうか。絶対に準備してましたよね?と言えるわけもなく、ひたすらにタワーの作成に勤しむ。


「ところで、何でオレはこんな遠くからトランプタワーを見ることになってるんだ?」


 部室のドア付近。いや、部室の外と言った方が正しい場所で米澤先輩がトランプタワーを見物していた。


「あんたのアレで、絶対トランプタワーが倒れるでしょ。当たり前の処置よ」

「my wifeに賛成だ。定家のアレはアレだからね!」

「うっせーぞ鳥夫婦!」


 鳥夫婦?気になるところだが、それよりもっと気になることがあった。


「アレって何ですか?」

「えーっと、部長。教えてもいいですかね?」

「いいえ、ダメよ。後で知った方が面白いじゃない」


 佐倉部長はふふっと小さく笑った。


「部長、それじゃあミス柊が仲間外れみたいで、可哀想なのでは?」

「うーむ。それもそうだな」


 市ノ瀬先輩、本当に優しいな。ますます好きになっちゃう!


「それじゃあ、こいつの才能ってことは教えておこう」

「つまり、私みたいな何かしらの天才なんですか?」

「そういうことになる、よな?」


 部長はなぜか困った顔をして、鷲宮先輩に同意を求める。


「えーっと、米澤のはちょっと特殊でね。天才って言っていいのか教員の間で議論になったこともあるのよ」

「えっ!米澤先輩ってそんなに凄い人なんですね!」

「決して凄くは無いわよ!そんなに期待しない方がいいわ……」


 鷲宮先輩は目を逸らすようにして俯いた。他の先輩を見ると、同じような目をしていた。ただし、米澤先輩はニタニタと笑っていたので含めないことにする。


 これは何かあったな。しばらく沈黙が流れた。私はその間に集中して一気にトランプタワーを完成に近づけた。


「――よし!」


 そして、遂に完成した。トランプ1セット分で最大の高さのトランプタワーだ。


「うむ。手際も良かった。資料にあった通り、本当にトランプタワーを作る天才だな」

「資料って何ですか?」

「スカウトに使う資料のことだ。資料は生徒会からスカウト部に送られてくる。渡された資料の生徒の場所へ実際に出向いて、本当に知才学園にスカウトするべきか決める参考にもなる」

「それじゃあ、スカウトする生徒を決めているのは生徒会なんですね」

「生徒会は天才の噂を聞きつけ、その人物の資料を作成している」


 ただし、と言って部長は足を組み替えた。


「噂を聞きつけているだけだから、スカウト部が実際に出向く必要があるわけだ」

「それなら、生徒会が全部やればいいじゃないですか?」

「それもそうだが、生徒会は学園の行事などで裏方の仕事を多く担っている。校外での活動を行うには一委員会では荷が重い」

「なるほど」


 部長はティーカップに口をつける。説明は終わったということだろう。


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