第5話 異世界の家業
この世界での欠落した記憶を埋めるように父ジョージと過ごした一週間。
何故か言葉が普通に通じるので助かったが、当然知っているはずの事を知らないというのはかなりしんどい。誤魔化し続けるのに、恐らく一生分の脳みそを使った。
この世界では義務教育がない為、基本的な脳のスペックは現代日本よりも平均して低い。今までに本で学んできた無駄知識が話の辻褄を合わせるのに初めて役に立った。
とりあえずこの一週間で分かった事。まずこちらの世界の成人は16歳で、お酒も飲んで良いらしい。
父は宿屋兼酒場を営んでおり、僕は後を継ぐべく修行中の身だ。もし見習い研修期間じゃ無かったら流石に誤魔化しきれなかったと思う、正直助かった。どうりで自室のマットレスがこの時代にしてはしっかりしていたわけだ。恐らくお客様用のマットレスは交換する前にまず自分達で試してから購入しているのだろう。凝り性の父らしい。
文化レベルはそれほど高くなく、あまり詳しくは無いが恐らく中世ヨーロッパぐらいの水準か。暦は何ら現代日本と変わらなかった、恐らく知的生命体の生存し得る条件がかなりタイトで、地球と似通った環境になるからだろう。
父は昔そこそこ優秀な冒険者だったらしく、宿の屋号 《飛空亭》はその頃の異名から取ったものらしい。僕が生まれたのをきっかけに冒険者を辞め、以前から得意だった料理のスキルを活かして宿を始めたそうだ。もしかして二つ名持ちだったのだとしたら胸アツである。
当然電気はまだ発明されて無い様だったが、魔導コンロなどの魔導具がある事から、間違いなく魔法も存在するのだろう。そして予想していたとおり、地球以上に様々な人種?もとい種族が存在しているようだ。
余談だがスリッパーはこの世界では普通に生活に馴染んでいた。飛空亭でも部屋履きはスリッパーであり、青の草木染めの技術はトマス商会のパテントになっているらしい。恐るべしジエリ・トマス。
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「ユーゴ!交代で賄い食べちゃえよー、終わったらすぐオープンするぞ、今日は満室だからな。お前も手伝ってくれないと手が足りねえ!」
「了解!《アイラ》さんと替わるねっ!」
飛空亭にはバイトが何人かいてアイラさんの本業は冒険者だ。元一流冒険者にしてイケメンの父に憧れて、ここで働き始める女性スタッフは求人をしなくても定期的にいるらしく、ヤキモチ焼きの母が出て行った状況もなんとなく江尻家と似ている。そう、齢45にして父さんはリア充でなのである。父で無かったら爆死して欲しいところだ。
「あーお腹空いたーっ、ジョージさんの賄いは本当に美味いから、コレだけでもバイトしてる甲斐があるよね〜」
本日の賄いはサンドイッチだ。
パンを焼く窯は飛空亭には無いらしく、毎日朝と夕方にパン屋さんが届けてくれる。パンの文化はフランスのそれを退化させた様な感じで、全粒粉のカンパーニュのようなパンが主流だ。
この世界の食材は見た所大体同じだ。本日のサンドイッチの具は、豚肉らしきローストしたお肉のと酢漬けのオニオンスライスがたっぷり。バターを塗って軽く焼いたパンで挟んであった。隠し味は多分蜂蜜と粒マスタードかな?
ジューシーな肉の旨味に玉ねぎの辛みとマスタードの酸味がアクセントになっており、パンから染み出る溶けたバターと蜂蜜の甘味がめちゃくちゃ後を引く。今の日本でも普通に商品として成立するクオリティだった。
ちなみに僕はこれに近い味を知っている。向こうで父譲治が作ってくれた〈キューバサンド〉の味にそっくりだからだ。
ーーーーーーもぐもぐもぐ
「しかしアイラさん本当に美味そうに食べますよね〜。じゃ、僕は先に戻ってますね!」
「ふぁーい」
一緒のシフトに入るのは今日が初めてだが、アルバイトスタッフに関しては父さんからある程度の情報収集をしてある。アイラさんはその整った容姿と裏腹に食いしん坊な18歳だ。
初級冒険者は稼ぎが少ない為、彼女はクエストがない時はうちでアルバイトをしていてもう一年ほど経つ。剣の才能があったらしくパーティではいわゆるアタッカー、職業は戦士だ。
名は体を表すとはよく言ったもので、アタックの強いシングルモルト・ウィスキーの産地〈アイラ島〉と同じ名前だったのですぐ覚えてしまった。
夕方以降の僕らの仕事は主に酒場のホール係だ。
バーテンダーの基本はまず掃除と接客から始まる。もっともこの時代にはまだ現代の様なバーは現れてないが居酒屋もバーも本質は何ら変わらない。全て父譲治からの受け売りだ。
飛空亭の酒場は宿泊客以外もテーブルチャージを払えば利用する事が出来る。普通の宿だと宿泊客以外はほぼ誰も来ないのだが、やはり父の料理が評判らしく結構忙しくなるのだ。
そしてアルバイトは基本チップを貰わないと稼げないので、接客が非常に大事になってくる。
この世界には無いみたいだが、キャバクラとか作ったらめちゃくちゃ儲かるんじゃ無いだろうか?
そんな事を考えていたら早速三人組のお客さんがやって来た、初めて来たらしい様子とアイラさんの雰囲気からしてどうやら〈一見〉さんのようだ。
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