第3話 異世界への転生

大声で怒鳴ったのなんて何年ぶりだろう?そもそも僕が大声で怒鳴った事なんて、生まれてこの方あっただろうか?勇悟は普段、こんな失礼な口の利き方はしない。


何故なら母が口の利き方には小さい頃からうるさかったからだ。中学に上がってから他のクラスメイトとの言葉遣いのギャップに気がついた。ただ勇悟にはこの喋り方がすっかり定着していたので、特に意識もせずその後も丁寧な言葉を好んで使ってきた。


おかげでお店の女性常連客(特にホステスさん)にすこぶる評判が良いのは怪我の巧妙か……?


「では、改めてもう一度聞きます。僕は本当にもうこの精神世界から出られないんでしょうか?」


「う、うむ」


(それにしてもころころキャラの変わる奴じゃのう、まあ礼儀正しい方が話し易くて良いがな)


「おほんっ、厳密にいうとこの精神世界からお主が出ることは多分出来るのじゃ。ただ出られる場所にちーと問題があってのう」


(ホっ)


「なんだ、やっぱり出られるんじゃないですか〜。ちょっとぐらいの問題なら僕は大体大丈夫ですよ、意外としっかり者なので」


同世代の友達と比べて圧倒的に大人としか絡みがなかった為、こう見えて社交性や行動力そしてコミュ力は鍛えられていたんだと思う。同世代に対してはド級にコミュ障だけど……


「そうか、そうか。それを聞いてひと安心じゃわい、近頃の若者にしてはしっかりしておるんじゃのう。そもそも何故違う世界で封印されたワシの本が、お主の世界に顕在化したのかというと、すべての世界の神は同じ創造神なんじゃろな。


もっともそれに気が付いたのは偶然で、お主の精神がこの空間に来て初めて感じた事じゃがな。そうでなければ説明が出来ん。


ここで問題になってくるのがお主が元いた世界の事をワシは何も知らん。何も知らん世界の事はワシにはどうにも出来んのじゃ。即ちワシが干渉できる可能性があるのはワシが元々いた世界だけ、という事なのじゃよ」


「という事はつまり……」


「そうじゃ、〈仮に〉お主がここから出られるとしてもワシが元々いた世界だけ、という事じゃ」


ガーーーーーーーーンっ!!


「そそそそそんな!まだ僕にはやり残した事が沢山有るんですよっ!高校生活だってまだ始まったばっかりだし、人並みに彼女だって欲しいし、それにバーテンダーという初めて本気でやってみたい仕事にも出会ったんですっ!」


サーーーっと血の気が引いた瞬間、急に冷静さを取り戻した僕は先程のトマス爺の言葉が気になった。


(えっ、今この爺さん〈仮に〉って言ったよね!?)


「ももももしですよ、もしその世界にだけは行きたくないと言ったら僕はどうなっちゃうんですか?」


「そもそもワシのいた世界に出られるかどうかも、言ってみたら可能性の話じゃ。そうじゃのう、何せ初めての事なんで何とも言えんが……恐らく、ワシ同様本の中からは出られなくなるんじゃなかろうか?永遠に。しかもそう時間のある話でも無いかものう、のんびりしとると精神がこの本に定着してしまうぞ、ワシみたいに」


「余計にダメじゃないですかっ!ダメ元でも良いから今すぐ異世界転生しますっ!!一生こんな小汚いじじいと一緒に過ごすなんてまっぴら御免ですっ!!!」


「お主、もはや心の声が表に出とるぞ……」


「ごごごごめんなさいっ、つい取り乱しちゃいました」


「まあ良いて、そもそもこの世界にお主を呼び込んでしまったのはワシの責任だしのう。よく見てみい、ワシと比べてお主の身体はまだぼんやり光っておるであろう?」


確かにこの深淵の闇にあって、トマスの姿はクリアに見えてはいるもののごく普通だ。一方勇悟の身体は明らかにぼんやりではあるが白く光っていた。


「それこそが恐らくお主がまだ、精神そして肉体共に生きておるという証拠じゃて。仮に生命エネルギーとでも言おうかの。さらに先程ワシが感じた通り、全ての世界は創造神の元に繋がっておる。


ただ創造神も忙しいんじゃろうな、すべての世界は恐らく大体同じような登場人物で構成されているのじゃろう、マイナーチェンジこそされてはおるがの。異世界のワシの呼びかけにお主の魂が反応したのが何よりの証拠じゃ。


その世界ごとにいちいち全ての命を作り込むのはたとえ神とて大変な作業じゃろうからな。じゃがしかし、そこにこそお主の活きる路が残されておるのじゃ」


「えっ、まさか異世界での僕の立ち位置が貴方だって言うんですかっ?」


「ほほほ、それでは時系列がおかしかろう。恐らくじゃがワシの子孫に当たるお主と同い年の誰かが、その立ち位置に当てはまるのじゃろうな。それが原因でお主はこの場所に呼び出されてしまった、そう睨んでおる。


轢いたワシが言うのもなんじゃが、まあ交通事故としか言いようがなかったの」


「良かった…もしこれで異世界の爺さんに転生するしか無いとなったら正直もう立ち直れなかったです」


「ほうこやつめ、もう軽口を叩けるくらいには落ち着いたのか、立ち直りの早い奴じゃて。それじゃああまり時間もない事じゃし早速始めるかの?」


「す、すいませんっ。また心の声がつい……お願いします!」


「良いか、まず目を閉じてワシから発せられるエネルギーを感じ取るのじゃ、ワシの精神エネルギーを全て使えば恐らく異世界のことわりに再び干渉する事が出来るじゃろう。そこにお主の生命エネルギーを重ねればその先の扉を開く事が出来よう。


抜かるなよ、気を抜けば魂ごとワシらは吹き飛ぶぞ!短い間じゃったがな、孫に会ったようで中々に楽しかったぞい。それでは用意は良いか!」


「えっ、えっ、ちょっ、爺さん消えてなくなっちゃうの?えええっ!ワンチャン僕吹き飛ぶのっ!?」


「早よ目を閉じろっ!長くは保たんぞっ!!」


「は、はひーーっ!」


目を閉じると同時にトマスの身体が金色に輝き始めた。目を瞑っている勇悟にもはっきりと感じ取れるその光は、この世界に呼び出された時と同じあの強烈な光だ。


そしてトマスの放つ金色の光と、勇悟にまとわりつく白い光がひとつになった瞬間、前回よりも更に強烈な光の渦に飲み込まれ、勇悟は再び意識を失った。


そして次の瞬間、その空間から全ての光が消え失せた。ただ青いスリッパを片方だけ残して。

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