第26話 士気向上会議Ⅰ
俺がいない間は衣笠が上手くやっていたらしく、俺の部隊のほとんどはアイツの命令だったら命すら賭ける心構えだ。だが衣笠は今回の事で精神を病んでしまったらしく、当分は現場復帰できないらしい。それを聞いて残念な顔をしたら途端に、
「小生、もう既に回復しましたぞ!」と定まらない視線でベッドから飛び起きようとしたが、俺はすぐに止めた。
つまり、何が言いたいかと言えば、俺の部隊トラッシュパンダは俺の言う事を少しも聞かないと言う事だ。
そもそもコイツらには秩序と言う物がなく、協調性と言う言葉を知らない。
このままでは流石に収拾がつかないと思い、俺の知っている人物を片っ端から集めて、近くのギルドで会議を開いたのが現状だ。
「さて、魔王討伐の先駆けともなる会議だ。何か言いたい事のある奴はいるか?」
「なんで私まで呼んだの?」
魔王軍幹部のジェイドは呆れたように訊いてきた。
会議の最初にそんな事を聞かれて、少し出鼻を挫かれた気分になった俺だが、見ればそれに疑問を持っている人がほとんどだったために渋々話し始めた。
「呼ばれて嫌だったら来なきゃいいだろ。来たからには会議に参加しろ」
「嫌じゃないけど、私、一応魔王軍幹部だよ? この前だって、村を襲ってチズルに退治されたでしょ?」
「それはそれ。これはこれだ」
ジェイドは大きくため息を吐きながら項垂れる。
「……もし私がここで暴れたら、どうするの?」
ジェイドが戦闘態勢に入り、手足や牙を狼の物へと変容させた。
それに反応したのは他のメンバー全員と、店員として働くキーラ。全員獲物を目にした狩人の瞳になった。それに加えてギルドメンバーだって戦おうと思えば十分な戦力になる。つまり、彼女は完全に包囲されているのだ。
それに気が付き、彼女は戦闘態勢を解除する。
「って事で、監視の意味も込めて当分は俺らと行動しろ。分かったか」
ジェイドが黙った後、しばらくして武装を解き、会議が再開するなりアーロンが口を開いた。
「……事情は理解した。装備を集めてた理由も分かった。つまりお前の手下にやる気を出させれば良いんだろ? 俺の魔弾で小さな的を撃てば、俺の仲間は盛り上がったけどな」
そう聞いて確かにいいなと思った。凄技と言われる物はどの世代でも気に入られ、観衆の心を奪ってきた。そうして魅了できれば自然と士気が上がり、仕事にやる気が出るだろう。
ただ一つ、疑問があったが。
「あれ? 魔弾って使い切ったら死ぬんだよな?」
「いやまあ、使い切らなきゃいいだけだし……」
彼は視線を逸らしながらそう言う。
「ちなみに弾丸はいつくあるんだ?」
訊いてみると、手の上に弾を広げて数えた。
「あと……7発」
「最初何発あった?」
「666発……」
「命懸けでやる事じゃないだろ! はあ。却下だ。ただ盛り上げるってのはいい案だな。次の意見は?」
次に手を挙げたのは小笠原だった。その薄っぺらさに思わず笑ってしまう。
「お前ッ……女神に姿戻してもらったんじゃないのかよ……ププ!」
「……女神は話をしただけで何もしなかったんだ」
その代わり変なスキルを付与された、と言う彼の額にはどんよりとしたマークが浮かんでいる。より二次元らしくなった彼に、思わず笑いが込み上げてくる。
「……不本意ではある。本当に不本意極まるけど、アッシがこの姿で何かすれば笑いが取れるんじゃないかな」
「そりゃいいな。俺にちょっと笑われたくらいで青筋立たせて、後一歩で戦闘になるってくらい怒り心頭ってなら、さぞかしいいショーを繰り広げてくれるだろうな」
そう皮肉たっぷりに言ってやると小笠原は黙った。俺は争いは好きだが内乱は嫌いだ。あまり無駄に戦力を削って欲しくはない。
「なら料理なんてどうだろうか? 料理はいいぞ。栄養は体を作り、味は心を作る。これは私の言葉ではないが、私のモットーにしている」
「料理って……このカレーの事か?」
そう言って指差したのは俺の目の前に置かれたスープカレーだ。
「ん? カレー、嫌いなのかい?」
「嫌いじゃないが、流石に飽きるだろ」
「ふむそうか……だが、私はこれしか作れないんだ」
一種類をいつまでも与えていれば不満が出るだろうし、カレーは割と栄養があるとはいえ、毎食となれば体を壊してしまう。そもそも俺はカレーが好きだが、嫌いな奴もいるだろう。
そう考えていると、ジェイドが手を挙げた。正直コイツには期待なんかしてない。そもそも魔王軍の人間を誰も信用していない。
「ねえ。歌とかどう?」
聞いた瞬間、子供らしいバカでメルヘンチックな話だと思ったが、何回も反芻して考え続けると、それが子供らしい柔軟で理にかなった物だと分かった。
「歌だぁ? ふーん。なるほどな。軍歌の重要性は歴史が雄弁に語っている。ジェイドにしてはいい考えだな」
俺は素直に褒めたつもりだったが、ジェイドは嫌な顔をした。
「褒めるかひどいこと言うか、どっちかにしてよ」
「歌となれば、とりあえずは楽器だな。お前ら何かできる楽器はあるか?」
そう訊くと口々に自分のできる楽器を自慢し始めた。
「アッシは生前シンセサイザーをやっていたね」
「電気がねぇよ」
この世界には電気はない。つまり電子楽器など当然ない。まあ転生者なら仕方ないか。
「俺は魔弾とボイパが特技だ」
「楽器って言ったよな?」
ボイスパーカッションか。若者らしい物ではあるのだが、俺はもっとオーケストラ的な物をイメージしているのだ。
「ふっふっふ。みんなダメだね。僕はカホンができるよ!」
「聞いた事ねぇよ!」
カホンってなんだっけな? たしか箱みたいな物で、叩く事で演奏できる楽器だったか。
「私は楽器はできなくてね。カルシュだったらできるんだが……」
「ルーマニアの踊りじゃねーか! 誰が分かるんだよ!」
俺は盛大にため息を吐いた。コイツらマジで戦闘特化のステータスしてるんだな。俺は歌声には自信があるが、楽器は管楽器しかできない。しかも歌はオペラ調でしか歌えない。
そう頭を抱えていると、ジェイドは俺の肩を叩いて励ましてきた。
「……とりあえずピアノとヴァイオリンはできるよ。魔王軍幹部ならこれくらいできなさいって教わったの」
「……ジェイド! やっぱお前は最高に都合のいい奴だよ! 割となんでもできる上に、ちょっと頼んだら割となんでも聞いてくれるもんな!」
「ありえないくらいクズだね。どうしたらそんなに爽やかにひどい事が言えるの?」
「ん? どうせ何言ってもお前が反抗できないっていう絶対の自信があるからだが?」
「うわー……ちょっと引くよ。私が言うのもアレだけど、人間のしていい発言じゃないよ」
この場の全員が引いているがよく分かった。だが俺は気にしない。
「とりあえず今回は歌で決定だ」
「今回は?」
「ん? ああ、言ってなかったな。当然一回の事で全て終わるなんて思っちゃいない。急速に仲を深める気ではあるが、それでも何回も繰り返しが大切な事くらい知っている。だから、お前らは毎日ここに来て会議に参加しろ。毎日毎時毎分毎秒、お前らは俺の事ばかり考えていろ」
そう言うと、みんな本気で嫌そうな顔をする。まあ当然の反応だが。
しかしキーラは申し訳なさそうな表情で謝罪して来た。
「悪いが私は明日休みなんだ」
「へぇ。だから? 店員として来れないなら客として来ればいいだろ」
「はあ。君は強引だな。まあ私はやる事も趣味もないから構わないが、彼らはそうではないのだろう? 少しくらい気を回してやれないか?」
最近、俺は性格が変わっていたのをしっかりと自覚していた。だから昔のような残酷非道に生きることで、トランペッターになりかけている事から目を逸らそうとしていたのだが、どうやらやり過ぎだらしい。
「そう……だな。悪かった。色々急過ぎた。謝るよ。本当に、すまなかった。ごめん」
俺が頭を下げると、全員が黙って淀んだ空気が流れた。許す許さないと言う雰囲気ですらない。何か、恐ろしい物を見ているような……いや、それとも違うか。居心地が悪いというか、違和感と言うか、とにかく変な雰囲気になっていた。
「あ、え? ごめんね? チズル。僕が何かしちゃったかな……」
「ごめん! アッシは別に嫌がったわけではないんだけど、ただちょっと強引だったからね……いやごめん」
「え? ど、どうしたの? チズルが反省して謝るなんて……熱でもあるの?」
「お、俺は悪くないぞ。い、いやあの……悪かった」
「申し訳ない! そこまで追い詰める気はなかったんだ!」
全員が俺に謝って来た。何が起きているのか分からないが、そう言えば俺が反省しての謝罪をしたのは、この世界に来て初めて……いや、生まれて初めてかもしれない。生まれてこのかた、相手を負かして黙らせる事しか考えず、生前は自分の非など一度だって認めた事はなかった。
なるほど確かに異常事態だ。多分宇宙の記憶アカシックレコードにすら俺の謝罪はなかったのだろう。
これまでになかった事が起きる。それはつまり……いや、こんな事を考えるのはやめよう。
「反省したならもう二度と口答えするな。分かったらジェイドは俺と歌の準備だ。他は解散。明日また同じ時間に集合だ」
そうして全員分の代金を机に叩きつけると、ジェイドを連れて出て行った。多分、普段の俺はこうだった。
店を出た瞬間、ジェイドは一瞬悩んだかと思うと、次には俺を一直線に見ながら意を決した表情になった。
「……チズル、ちょっとおかしいよ」
俺はその言葉に恐怖した。即座にそれを否定するために恐怖を怒りへとすり替え、反撃を繰り出す。
「俺のどこがおかしいって言うんだ! 俺は変わらない。何故かわかるか? 俺が世界を変える存在だからだよ。俺が世界に合わせて変わるんじゃない。世界が俺に合わせて変わるべきなんだよ!」
「それだよ。チズルっていつも冷静で、何考えてるのか分からなかった。でも今は感情のままに動いてるでしょ? 今の話だって、何の説明にもなってないよ」
彼女に冷静に諭されれば諭されるだけ『自分』と言うものが侵されている事に気付く。彼女にそんなつもりはないのだろうが、そんなつもりはないからこその第三者視点から見ての違和感が、否定しようもない事実として俺を責め立てる。
「黙れ……」
「辛い事があるなら言ってよ。この世界でチズルと一番付き合いが長いのは私なんだから」
更には赤の他人ではなく、多少の縁のある者からの指摘。そこに反論の余地は残されていない。
「…………」
「利用できるならなんでも利用するのがチズルでしょ。だったら私も利用してよ。チズルが変だと、私も変になるよ……」
まるで罪状を読み上げられる罪人の気分だ。もう耐えられない。
「うるさい! もうウンザリだ。俺が変わってる事なんて知ってんだよ! 教えてやるよ、なんでこうなっちまったのか! 俺はな……!」
俺は喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。弱みを相手に教えるなんてどうかしてる。それこそ俺がしない行為の代表だ。俺が一度だけ深呼吸すると、彼女は諦めたように語り始めた。
「そっか。そうだよね。ねえチズル。私ね、魔王様からあなたを殺すように命令されてるんだ。今回だけはそんな事忘れるけど、次に会う時は絶対に敵同士なんだよ」
唐突な告白に、俺は……楽しくなっていた。何を置いても最優先すべきは戦争なのだ。戦争は全ての邪念を断ち切ってくれる。
「……ハハ。そうか。ようやく俺の事を脅威と認めたのか。魔王……前回舐めた分、しっかり返してやるからな」
俺が不敵な笑みを浮かべると、ジェイドは鏡のように俺の表情を映した。
見つめあってしばらくすると、頬を赤らめながら恥ずかしそうに口を開く。
「チズル。私はチズルの事、好きだよ。殺しても心が痛む事はないし、殺せば次期魔王は私。それにスキルの使い方だって全然だし、簡単に殺せそう。だからあなたが大好きだよ」
「俺も好きだぜ。お前が街一個潰したおかげで、魔王討伐の名目を掲げただけで何人も参加したいと志願しだ。費用だってかなり出る。お前らのおかげで大戦争が味わえるんだ。俺はお前が大好きだ!」
「アハハハハ! やっぱり変わらないね! チズルはチズルだよ。戦争が好きで好きでたまらない、私の大好きなころしたいチズルだよ!」
「お前こそ、最初と変わりなく馬鹿でどうしようもない畜生なんだな。わざわざ負けが確定している方オレのてきに着くなんて、最高過ぎるどうかしてるぞ」
その後、俺たちはまるで愛し合うように、競い合うように、殺し合うように演奏した。
素晴らしいクオリティの軍歌が完成し、部隊全体の士気が向上した。
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