第25話 それは想定内だ

 始まった最終戦。先程とは両者共に力の質が違う。騎士団長殿以外の2人も力としては小生らと同等以上、更には経験もオーウェン以上の、所謂幹部と言われる存在だ。普通の人間の放てるオーラではない。空気が淀み、背景が歪んで見える。


 とっくに銅鑼はなり終えたと言うのに誰も動き出せずにいた。


 当然、作戦はあった。むしろ他よりも入念に練っていたし、その作戦は速攻を仕掛けるために初動が大切だったので今すぐにでも動きたかった。


 だが、それすら本能が許さなかった。もし動いた場合の数瞬後、小生の体が二度と動かない肉塊になる事が予想できてしまうのだ。理性が本能にかなわないと分かると、もはや停止するしかなかったのだ。


「……よしましょうぞ。時間の無駄ですぞ」


 腹の探り合いはあまり好かない。どうせ死んだってHPがあれば何度でも復活できる。そんな軽い思いで口を開いてしまったのが失敗だった。


「そうだね。じゃあね」


 次の瞬間には体をバラバラにされていた。もう何が起こっているか全然理解できなかった。体の一つずつのパーツがバラバラになり、もはやひと繋ぎになっている部分がなかった。


 地面を見れば十数人の騎士団長殿が切り裂き、個々が別種の魔法を使い、小生の肉体をバラバラにしていたのだ。実力が小生以上の存在がそれだけの数、小生に殺意を向けている。


「これだけの女性に取り合われるなんて、これがハーレムと言う者ですかな? 少々偏りが酷いですがな!」


「でもこんなにカワイイんだから、構わないでしょ?」


「ハハ。自意識過剰、自信過剰、役不足も甚だしですな! 小生はロリ以外ヒロインとは認めませぬぞ!」


 そう言うと右隣の騎士はギョッとした顔で、地面激しく踏みつけた。


「ナッ! 騎士として不潔すぎる! ダメだ……粛清せねば」


 地面に落ちていた小生の体が宙に浮き始めると、次には頭部目掛けて全てが集まってきた。彼は重力を操る能力者であるとは聞いていたが、これはまずい。ブラックホールになりかけている。


「ガハッ! し、死ぬ……」


 もうHPは少ししか残っていない。


「し、死ぬと言ってますか……」


「大丈夫! 彼はベンくんと同じ不死者だから!」


 自信満々に言っているが、小生は不死ではない。HPが切れたら確かに死ぬのだ。だが彼女は勘違いしているようで、小生を完膚なきまでに叩きのめせば、全員引いて誰も殺さずに済むと思っているらしい。


 マズイ。本当に死んでしまう。


『力、いるか?』


 小生は迷わずに"その実"を口にした。


『フッ。これで形勢逆転だ』


 そんな声が聞こえた瞬間、重力を操る能力者の背後に植物が現れた。それは成長しては内側に収縮されていき、大きさを変えずに、だんだんと重さを増している。


 そうしてめちゃくちゃな比重を帯びた木の塊は、万有引力の法則に則り周囲の者を引きつけ始めた。


「な、なんだ⁉︎」と困惑しながらも、重力を操る事によって均衡を保っている。


 だが、騎士団長殿の分身の1人が地面にしがみ付けずにその木へと引き寄せられ、触れた時、メギメギ、と言った風な、硬いものが砕かれていく痛々し音が聞こえてきた。


「ギャァァァ‼︎ ごめんなさい! ごめんなさい! 許してください!」


 復活できるからと命を軽んじている騎士団長殿の分身が、あそこまで悲鳴を挙げる程の激痛。その時点で誰もが気付いただろう。アレはヤバイ。


 そうしてやがて悲鳴すら聞こえなくなった時、全員が戦慄した。


「衣笠さん! 死人を出す気ですか⁉︎」


「能力制御が上手くいかないのですぞ!」


 さっきから能力解除を繰り返しているのだが、一向にあの圧縮が治らない。


「ッ! オーウェンさん! 結界を……」


 小生は場外のオーウェン殿に向かって電撃魔法を使った。能力以外は普通に制御できているのだ。


 外部からスキルを使われては我々の不戦敗になる。そうなれば千鶴殿は落ち込まれてしまわれる。


「お前らの安い命と、千鶴殿の心地よい居場所。どちらが重要かは天秤にかけるまでもない……ですぞ」


 小生は呼吸するように、なんの違和感も考えもなく自然とそう口にしていた。


 そうしている間にも引力が強まり、木刀を地面に刺して耐えていたジェフ殿の限界が見え始める。この場で最も力のないのが彼なので仕方ない。


 やがて限界を迎えた彼の木刀は無情にも地面から抜けてしまい、木の塊に引き寄せられて彼の体が宙を舞う。


「死なせてたまるか。俺の大事な息子を」


 それをもう1人の敵が受け止める。そうして体制を整えたジェフ殿は、再び地面に木刀を突き立てる。


 しかし、木刀は唐突に腐り始めた。中腹あたりでミシミシと音を立てながらゆっくりと曲がってゆく。


『植物を操る能力……木刀だって植物由来だ』


 そんな力、これまでは確かになかった。それに、これで確信できた。この声の主が敵であり、コイツが小生の能力であるのだと。


「ふざけるな! 小生の中から一刻も早く出ていくのですぞ!」


『何故だ。貴様は神を宿したのだぞ? 喜ぶべきではないか』


「残念でしたな。小生、神を語る勧誘には耳を貸さないようにしているのですぞ」


『いくら強がれど、お前の能力はもう我の能力だ。どうしようもない』


「やれやれ。小生如きの力が、あの御方に……小生の神に敵うとでもお思いですかな」


 小生らの眼はもはや誰一人として木を見ていなかった。


 我々には、ここに居るはずのないその人の存在しか見えていなかったのだ。




「リンドブルム。燃やせ」


 俺が命令すると、横で暇そうに欠伸していたリンドブルムは、小さな炎を一つ木に向かって投げつけた。すると激しく燃え上がり、外側から少しずつ灰になっていった。流石に灰になったところから新たに成長する事はないようで、その体積や重量を減らしてゆく。


 そうして、ギリギリのところでジェフ供の命は助かった。


「何かと思えば能力すら与えられなかったとるに足らない人間風情か。もはやこの体の支配は我の物だ。だが、元の持ち主が散々世話になったからな。貴様だけは側近に残してやってもいい」


「やってみろよ衣笠。そういえばお前とやり合うのは初めてだっけか?」


「よかろう。その愚かさを死んで償うがいい」


 衣笠の周囲に、以前とは比べ物にならないほどの量のルーン文字が展開される。そうして奴の手が一瞬光ったかと思うと……何も起きなかった。


「チクショウ怪我人の扱いが雑なんだよ!」


 会場の外から結界を張るオーウェンが文句を言っている。アイツにはあらかじめ客席でも警戒を怠るなと言っていた。


「ほう。スキルで行動を封じたつもりか?」


 魔法を防いだと同時に、衣笠の拘束までしてくれたようだが、彼はそのまま動き出した。それは想定内だ。


「我が魔力制御すらできないと思ったか? 魔力が通れない結界なら、魔力をなくせばいいだけだ」


 次の瞬間に、目の前には土塊でできた5メートルほどの巨大ロボットが現れた。これがゴーレムとか言う奴か。これは魔力がほとんど使われていない機械生物らしい。そのため結界など無視して行動できる。


 当然シルバに召喚させた物だ。ゴーレムは即座にその巨大な拳を衣笠に向けて進めるが、衣笠はそれに殴り返すとゴーレムはバラバラになってしまった。それは想定内だ。


 砕けたゴーレムの腕が落ちてくる場所まで走り、その腕に向けて俺の腕を突き出した。すると俺の腕はポトリと落ち、代わりにゴーレムの腕がついた。リウの能力だ。


 さっきゴーレムを殴った衣笠はまだ防御体制を整えておらず、俺の攻撃は直撃以外あり得なかった。


「しまっ!」


 衣笠は持ち前の瞬発力と身体能力だけで無理矢理防御体制を取ろうとした。それは想定内だ。


 しかし、アイレスに魔力強化のバフを喰らってしまった彼は、オーウェンの結界に引っかかり身動きができない。


 そんな衣笠に、俺の拳は近づく。


「性格変わりすぎなんだよ!」


 俺自身のチートスキルが加わったゴーレムのパンチは、衣笠の顔面を打ち抜いた。


 オーウェンの野郎が『何があっても砕ける事はない』と言っていた結界が、ガラスのような甲高い音を立てながら砕け、壁のにぶつかった衣笠は力なくうなだれている。


「え……倒せたの?」


 エマはボケっとした顔で聞いてきた。


「倒せてはいないが、気付にはなったんじゃないか」


 倒すとなると、もっと大掛かりな下準備が必要になってくる。生憎とそんな時間はなかった。


「ええと、ね。色々言いたい事はあるけど、とりあえず、いつから居たの?」


「分身一人が死んだ時」


「そんな短時間でこんな作戦を立ててみんなに伝えたの⁉︎」


「ん? まあそうだな。普通に知らない奴とかもいて正直焦ったが、どうにかなってよかった」


「は、はは。私たちの完敗だね……」


「負けていません!」


 重力操作の爺さんが会場の中心に立ち、演説を始めた。


「部外者が入ってきて出場者を負傷させた! これは立派なルール違反です! それに今回の一件で分かったはずです! トラッシュパンダ供の力はもはや制御できない危険物です! 即刻、騎士団から除名するべきです!」


 それを聞いた観客も口々に「そうだ! 消えろ!」と言い出し、しばらく俺が黙っていると始まる消えろコール。俺はそれを聞いて首を縦に振って見せた。


「確かにな。一理ある。ならこれは俺らの負けでいい。だが、俺が居るんだ。元の予定は4回戦まであったんだろ? 予定通り始めようじゃないか。誰がやるんだ? 騎士団長様はもう一回出場するだろ? 一番強いんだ。あとはそこのオッサンだってやるんだろ? そこまで御託並べて逃げるわけはないよな。あとは今野次飛ばしたバカタレからも一人だろ。いいぞ。俺は3対1でも一向に構わない」


 俺がそう脅すと、エマも爺さんも観客も、全員が真っ青な表情で黙ってしまう。俺はすかさず追撃をする。


「やらないならお前らの不戦敗でいいだろ。それで俺らの勝ちだ。それでも俺ら辞めさせるって言うなら、次は実戦だ。どうする?」


 もはや誰も意見できなくなったところで、ゆっくりと衣笠が起き上がってきた。


「悪い衣笠! 顔面がグチャグチャになっちまった!」


「失敬な! 元からこんな顔ですぞ!」


 どうやらあの偉そうな奴はすっかり消えているようで、普段通りの知能の欠けた衣笠がいた。


「さて、お前らの選択肢は2つだ。戦って追い出そうと試みるか、俺らみたいな超戦力を手に入れるか。好きに選べよ」


 そう騎士団長に言い放つと、しばらく彼女らは見つめ合った後、全員が諦めたような素振りを見せた。


「……分かった。でも期限は一週間。その内に問題行動も起こさず、成果を挙げられたら解体の話はもう二度としないよ」


「ああ、構わない。なんてったって、俺たちは魔王討伐に行くんだからな」

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