第24話 ちょっとやり過ぎたと反省しています
「フンッ!」
ラフィング殿の拳により地響きが発生し、会場に亀裂が入る。
足場が不安定になっている隙を見て、オーウェン殿は全員が一対一になるように結界で会場を三つに分けた。
「トラッシュパンダ風情が! 一対一なら勝てると思ったか⁉︎」
激怒した敵は斬りかかるが、余裕綽々にオーウェン殿は結界で受け止める。
「いやいや。全然。全く。ただ三対三では勝てないと踏んだだけだ」
彼らは即興で作ったチームであるため、連携が取れている敵と戦った場合は絶対に負ける。なので開幕直後に分離する作戦を立てていた。
「フハハハハ! 腕も足も、まるで枝のようだな!」
「うるさいぞ! その体じゃ剣もまともに使えないだろ!」
腕を組んでいるラフィング殿に、敵の剣撃が近づく。当然、模擬戦であるため木刀ではあるが、弘法筆を選ばずと言う言葉がある。一流の剣士ともなると、峰打ちだろうが木刀だろうが、剣の形さえしていればなんでも切れるのだ。
「ハァァッ!」
ラフィング殿に突き立てられた刃は、瞬間に彼の筋肉の内側へと入り込んだ。
だが、骨や内臓までは達しない。甲冑より強固な彼の筋肉に受け止められてしまう。
「フハハハハ! そんな物か!」
ラフィング殿は拳を握り高く掲げた。それを警戒して剣を引き抜こうにも、肉に圧縮されていて抜けなくなっている。
ならば離して逃げればいいと思うかもしれないが、其れも無理なのだ。一流の剣士にとって剣は魂。それを離す事など、優れた剣士であるほど思いつかない物だ。
そうして逃げられない敵に、絶体絶命の拳が迫る。
「ヒィ!」
咄嗟に体を翻す事で避けたが、地面には巨大なクレーターが完成していた。
「そんな威力でやったら死んでしまいますぞ!」
小生は観覧席から注意した。流石に人死は出したくない。
「なにッ! それはすまなかった!」
どうやらラフィング殿は本気であの威力では死人が出ないと思っていたらしく、彼は素直に敵に頭を下げた。
深々と90°まで頭を下げている物だから隙だらけなのだが、敵は心此処にあらずと言った感じで何もする気配がない。
「い、いや。もう俺、降参するよ……」
「いいやそれでは気が治らん。この木刀で好きなだけ殴ってくれ!」
彼は木刀を高く掲げ、敵を追いかけ始めた。
「いやほんと勘弁してくれよ!」
敵は全力で逃げている。当然だろう。筋骨隆々の半裸男が木刀片手に追いかけているのだから。
それを見ながら、小生ら観覧席で出番を待つ間に他愛の無い話をしたり、ヤジを飛ばしたり、声援を投げかけたりなどをしていた。
その中でも小生と騎士団長殿、更には何名かの重鎮は特別な席が用意されていた。
「どうですかな騎士団長殿! 貴殿らが廃品トラッシュと嘲た我らの力は!」
「むしろ強すぎるから怖いんだけどなぁ」
彼女は開幕より余程困った表情をしている。どれだけ我らを疎ましく思っているのだろうか。
そんな会話をしている間にも戦闘は進んでいる。
「あっちは楽しそうだよなぁ。俺たちに関しちゃあ、もう決着が読めてっからなぁ」
オーウェン殿はやる気がなさそうに独りごちる。
「クソッ! 何で当たらないんだ!」
何故当たらないかなど簡単な話であり、オーウェン殿が攻撃に合わせて防御しているからである。
「うーん。多分だが、訓練サボってる俺はお前さんに一回切られただけで死ぬんだよなぁ。だから、一撃も当てさせてやれない。ごめんな」
そうだ。本来の実力が離れすぎている。そのため、敵の攻撃が当たらずとも、こちらの攻撃も当たらない。
オーウェン殿は何度も木刀を振っているが、それの全てが回避されてしまう。
「チッ! ラチがあかねぇ……スキル発動! 聖剣生成!」
敵が指を鳴らすと地面から大量の剣が溢れ出した。突然の事に避け損なった幾つかが当たってしまった。
……小生は人の大怪我と言う物を初めて見た。普段から花の選定などで怪我は多かったが、オーウェン殿の怪我はまるで違う。足の怪我から捻った蛇口のように血が流れている。
それを見て気分を悪くした小生を尻目に、観客席からは興奮の雄叫びや狂気じみたヤジが飛び交う。小生は久しぶりにこの世界が異世界であると認識した。
「騎士団長殿⁉︎ 真剣の使用はルール違反ではありませぬか!」
「うーん。危ないけど、スキルの使用だからねー……どうする?」
彼女は自分の後ろに控えている幹部に訊くと、裏でその幹部同士がヒソヒソと会議を始めた。
その間にも会場では激痛が襲っているだろうオーウェン殿が眉一つ動かさず、いつもと同じ気怠げな表情で敵を見据えている。
小生の価値観からしたら狂気でしかないが、この世界、特に騎士としては普通の事なのか、誰もそれに反応していない。
「これはちょいマズイな」
「分かったか! トラッシュパンダ風情に我らが遅れを取ると思うな!」
「そうだなぁ。思ったよりも実力が均衡してだからなぁ。悪く思うなよ。手加減できなくても」
今度はオーウェン殿が指を鳴らした。瞬間、敵の両足に穴が空いた。続いて腹に2つ。両手に一つずつ穴が空く。しかし不可解な事に傷口からの出血はない。
「アガッ! な、なにを……」
「お前さんのマネだ。まあ急所は外してるから死にはしないだろうし、治療すればまたすぐ使えるようになる。止血は結界で完璧に終えてるから、安心して寝とけ」
模擬戦でそこまでするのかと驚愕したが、とりあえずは勝ちだ。あと1人はリウ殿。彼は右手にシャコ、左手にタコの触手を装着している。タコの吸盤で敵を捕らえながら、シャコの力でぶん殴っているのだ。
だが敵もかなりの実力者。動物の力では善戦はできても、勝ちきれるほど楽な敵ではない。力は五分と五分だ。
戦いが均衡しているのに誰も助けようとしないのは、千鶴殿との戦いを経験しての作戦だ。個々で強い我々が下手に共闘すると、それを逆手にとられて逆に弱くなる可能性がある。だからあくまでも1対1でしかやらない。
「やるじゃないか。親のコネ野郎の割にはセンスは抜群だ。通り魔なんてやってなければ我々と肩を並べる事もできただろうに」
「うるせえ! やってなきゃ俺はとっくに死んでンだよ。てか、てめえ本気じゃねえな」
「よく分かったな。そう言う君だって、腕以外取り替えていないじゃないか」
「こっちは殺さないように衣笠さんから命令されてンだよ」
「僕らも同じだ。一方的過ぎて客が飽きないように、決して本気は出すなと言われている」
「イヤー敵が弱いと大変だぜ」
「君も同じ事を考えていたのか。いやはや、君とは仲良くなれそうだよ」
「「アハハ、ギャハハハ! ワハハハハハ‼︎」」
二人とも高笑いを共鳴させながら無限にトーンを上げていく。
「「ブッ殺す」」
唐突に冷静にな声で言い放った二人は、即座に各々の武器を取り出した。
リウ殿の武器は小瓶……その中に入っている動物の体のパーツだ。アレを入れ替える事で多彩な攻撃パターンを生み出す事ができる。
それを知っている敵は、木刀を宙で振った。まるで射程が足りていない斬撃だった。それなのに、何故かビンはバラバラに砕け散った。
「俺のスキルは必中攻撃。どんな距離だろうと見えてさえいれば当たる」
そうして砕け散ったビンをたリウ殿は一瞬驚きこそしたが、瞬時に切り替えてそれを上空に蹴り飛ばした。
まるで雨のように動物のパーツが降り注ぐ中で、リウ殿はニヤリと笑う。
「さァ。ヤりあおうぜ!」
敵が木刀を構えた時、リウ殿の脚にはバッタの脚が触れた。瞬間、彼の足は人間の脚サイズのバッタの脚に変わり、その超強力な脚力で瞬時に距離を縮めた。あの間合いならスキルを使われる心配もない。
シャコのパンチ力を繰り出そうとする最中、空中にあった蟷螂かまきりの鎌を手に着け、その鋭い切れ味と、これまでの加速を含めた斬撃を見舞った。
敵は寸前で木刀を盾にしたが、それをまるで抵抗とも思わないかのように、無情にも鎌は木刀を真っ二つに切り裂いた。
だが敵もかなりの実力者。実は木刀で防ぐと同時にスキルを使い、リウ殿を弾き飛ばしていたのだ。故に軌道が外れ、敵の頬を少し切っただけで済んだ。
「……今、殺す気だったろ」
「イヤイヤまさかァ? 騎士団最高の実力者集団なら余裕で防いでいただけると思ってたでございますぜぇ?」
リウ殿は悪びれる様子もなく、ニヤリと下品な笑顔で答える。
「分かった。ならこっちも本気だ」
そう言って木刀を構えた瞬間、彼の腕は床に落ちた。
代わりについていたのはオレンジ色の細いムカデの足だった。
「だぁれが付け替えられるのが自分だけっツったよ!」
敵は新たな腕に困惑しながらも、腕と一緒に地面に落ちた木刀を取ろうとするが、手がないからうまく拾えない。
そこに追い討ちとばかりに、リウ殿は飛び蹴りを繰り出す。
「実力だけで駆け上がれるエリートサマには分からんだろうがな! 俺たちゴミ供トラッシュは力で敵わない時は卑怯にも手を染めるんですよぉ!」
騎士とは思えない最低発言が出たところで、試合終了の銅鑼が鳴り響く。
会場は盛り上がる事も忘れ、ただザワザワしていた。それほどまでの受け入れ難い緊急事態だ。
これまで落ちこぼれと馬鹿にし、ゴミ供トラッシュパンダと揶揄していた者が、自分たちの憧れを完膚なきまでに叩きのめす様は、恐らくはヒーロー番組で悪役が勝ってしまう程の禁忌。
しかし……
「よく頑張ってくれた! あの害獣供から俺たちを守ろうとした、トップドックに賛美を!」
1人の騎士がそう言ったのを皮切りに、トップドックへの称賛がまるで濁流のように押し寄せてくる。そうなると自然と次には我々への非難が始まる。
既に次の試合のために出場しているアイレス殿、シルバ殿、ベン殿に対して、観客席から無数のゴミが投げつけられる。
それだけではない。ゴミと一緒に心ない罵倒も投げつけられている。
「卑怯な手を使って勝って、恥ずかしくないのか!」
「お前らが勝って喜ぶ奴なんていないんだよ!」
言っている事はそんなところだ。
小生はため息を吐きながらこう言った。
「オーウェン殿、始めて下され」
「りょ」
会場に飛び交うゴミ。それが空中で跳ね返され始めた。
「な! 出場者でもない奴がスキルを使うなんて卑怯だ! 今すぐ反則負けにしろ!」
そう叫ぶ群衆に向かい、小生は出来る限りの大声を振り絞った。
「黙れ卑怯者ども! 口を挟むなら自分で我々の前に足を踏み出してからにしてもらおうか! そんな度胸もない卑怯者どもから、そんな罵倒を受ける謂れはありませんぞ!」
小生の一言で、その場の全員が静まり返った。何かしらの反論を受けると思っていただけに少し拍子抜けしながらも、度胸のない卑怯者ならこんな者かと思い、それ以上は何も言わなかった。
そうすると次に騎士団長殿が口を開いた。
「スキルの使用はギリギリ会場内には干渉してないし、何より君たちが出場者に攻撃してたからね。本当ならこっちが反則負けだけど、そんな事したらこの試合の意味がないから、仕方なくこの試合を続行するよ。それでいいかな?」
騎士団長殿は、全ての決定権をこちらに委ねているようで、試合の意味なんて口に出したからには、これを断ればまた実力が疑われる、と暗に言っているのだろう。
我々に選択肢などなかった。
「え、ええ。それなら何の不服もございませぬ」
「ふふ。それは良かった。じゃあ再開だね。と言っても、二回戦はまだ始まってすらいないけどね」
そうして試合開始を告げる銅鑼が鳴り響いた。
それと同時にアイレス殿は魔法の詠唱を始め、シルバ殿はドラゴンを降臨させ、ベン殿は遺書を書き始めた。
敵も何かを察したのか接近を試みたがもう遅い。
アイレス殿の魔法により会場一帯が火の海と化し、ドラゴンが口を大きく開けながら火を吹き出し、ベン殿は燃え尽きるのと再生を繰り返す間に「フェニックスのモノマネ」と訳のわからない事を口にしていた。
問題は敵側だ。不死者でも何でもない彼らは、開始と同時に全身に重度の火傷を負ってしまった。当然戦闘どころではなく、すぐさま銅鑼が鳴らされた。
小生は彼らに水魔法で消火した後、治癒魔法で怪我を消した。一般人であれば既に消し炭となっている火力だったため、彼らが無事で本当に良かった。
そうして、全ての治療を終えて、最終戦が始まった。
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