第23話 開戦前々夜
「衣笠さん! 大丈夫ですか?」
遠くからナンバー3殿の声が聞こえる。
「ナンバー3殿こそ息災でしたかな?」
彼女は緊張を解き何気なく鼻で笑った。
「ふふ。不思議な人ですね。私は死んでも、エマちゃんが呼べば復活するんですよ」
「だとしても苦痛はあるのでしょう? であるならば、仲間を心配するのは至極当然の事ですぞ」
ナンバー3殿は少し頬を赤らめ、よそを向いた。何かおかしな発言をしたかと考えるが、何も思うところはなかったので、次の話に移る事にした。
「にしてもこの状況……どうするべきでしょうかな?」
焦土とかした住宅街には、もはや屍しか住んでいない。天は黒い灰が包んでおり、数メートル先は既に闇だ。
この街を修復するなど、現代技術を持ってしても不可能だろう。これをあの一瞬でやってのけたジェイド殿の実力は、素直に畏怖も尊敬もする。
「どうしようもない、としか言えませんよね……一体何が起こったんでしょうか」
「魔王軍の進撃……とでも言うべきでしょうかな。魔王軍幹部がやってきて、一瞬の内にこうなったのですぞ」
「それを衣笠さんが一人で倒したんですか⁉︎」
「まさか。この寝ている千鶴殿が、一撃で解決したのですぞ!」
「あの、千鶴さんって何者なんですか?」
「千鶴殿……彼の話は、そう明るい話ではありませぬゆえ、それを胸にしまう覚悟はありますかな?」
「覚悟? 私は一応、いつでも死ぬ覚悟はできていますよ」
「ならばお話致しましょう……事の顛末より遥かに昔、全ての始まりについて……」
千鶴殿の両親は、父親が軍人、母親が軍の医療班だった。その間に生まれた彼は両親に愛され……ることはなかった。両者共々、狂気じみた効率主義者だった。我が子に一切の関心を見せず、ただただ淡々と育てていった。
千鶴殿がやりたいと言った事のほとんどを叶え、やりたくないと言ったほとんどを排除し、欲した物の悉くを与えて自由に育てた。
それが悪いとは言わない。が、彼が求める事以外は食事以外与えず、彼への態度も無関心を貫いた結果、彼の知識はとてつもなく極端な偏り方を見せ、更には年を経るにつれてそれは悪化した。
彼には人を殺してはいけないと言う常識でさえ、法を盾にしなければ理解させる事は叶わないだろう。
彼は誰かに興味を持たれた事がなく、誰かに愛された事もなく、誰かを愛した事もなかった。
そんな千鶴殿の危うさを危惧し、小生は彼に付いていく上で彼の人心掌握術に見事にハマり、小生はやがて彼に依存するようになった。
「……と言った風な、要するに危険人物ですな」
「なんだか……言葉が出ないです」
すっかり空気が悪くなってしまった。いやまあ、元から暗雲立ち込める焦土の空気がいいわけはないのだが。
「やめましょうぞ。小生、暗い話は苦手ですゆえ、明るい話題に変えましょうぞ」
『ひたすら燃えてはいるのだから、明るくはあるだろ』
何故か小生の中の声がいきなりそんな事を言い出した。これまで固定されたワードしか言わなかった声が唐突にボケたものだから、軽く吹いてしまう。
「思い出し笑いですか?」
この声は他人には聞こえない。なのであまり声に反応していると変人だと思われてしまう。なるべく無視しよう。
『多分手遅れだと思うぞ』
「うるさいですぞ!」
「ええ? すみません……」
彼女は釈然としてない様子で謝罪した。当然だ。彼女に一切の非がないのだから。
「いえいえ、ナンバー3殿の事ではございませぬ。小生の声など、そう言う鳴き声の生物、程度に思っていただければ丁度良いかと」
「それ、言ってて悲しくないですか?」
「いえいえ。小生のこの言語を介する囀りは元来、耳に入れど頭に入らぬ、そのような物ですので」
「そんな悲しい事言わないでください。私はあなたの話、大好きですよ」
「ハハ。それは嬉しいですな……っと、霧が晴れてきましたな」
黒煙が消え失せ、視界が開けてきた事でようやく分かった。今の惨状が。
何キロも続く焼け野原も、隣町も、その隣までも続いている。
「酷い……ですね」
「そうですな。さて、そろそろ復興しますかな」
小生は身体を鳴らし、軽く運動をした。
「え? そんなに簡単に復興できるんですか?」
「ええまあ、完全修復とは行きませぬが、応急処置としては十分な程度は」
まずは消火のため、水魔法で一帯に雨を降らした。天候操作など、もはや人の行える所業ではなく、神にも近しい力だと自覚している。
『ふふ……もうすぐだな』
今日はやけに煩い。
『どうやら、その指輪の影響で神の声が聞こえ易くなっているようだな』
手を見ると、いつの間にか薬指に指輪が嵌めてあった。店に返さねばとも思ったが、既に店には灰しか残されていない。仕方なく、返すべき人が見つかるまでは小生が保持する事にするか。
それにしたって薬指に指輪があって、小生が既婚者だと思われてしまっては、いずれ作る小生のハーレム作成に支障が出る。なので他の指に嵌めようとするが、透き通ってしまい触れる事ができない。
「ふぅ。厄介な品です……な!」
消火の次は建築だ。と言ってもコンクリートや釘は使わない。
小生の植物を生やす能力により、地面から無数の木が生えてくる。それを無理矢理家の形に変えたら完成の、超簡易建築だ。
「相変わらずでたらめですね……もう復興完了ですか」
「小生は見た目を見繕うのが関の山。こんな時に出会したのが千鶴殿でしたら、中身の復興すら可能にしていたのでしょうが……っと、もうこんな時間になっておりましたか」
空を見ると、既に日が落ち始めている。
色々やりたい事はあるのだが、兎にも角にも明後日にはトップドッグとの戦いが始まる。今はそれに勝つ事が最優先。そのために今は何をすべきか……
「あ!」
「どうかしましたか?」
「いえいえ、ほんの些細な問題を思い出しましてな」
「問題? 何がありましたか?」
「いや、別に大それた失態でもないのですが、我々、普段集まらない方々に集合をかける事に必死で、ジェフ殿等には何も言伝せず、ここまで来ていたなあと、ふと考えただけですぞ」
二人の間に静寂が流れる。火も消え、騒音になり得る物すらなく、完全なる静寂が支配していた。
「……えっと、明後日は3対3の4試合だって話しましたっけ?」
「いいえ。初耳ですぞ。そうなれば我々は9人ですので、一戦は不戦敗。つまり一敗でもすれば勝ちはないと……」
ナンバー3殿は急激に青ざめた。恐らくは小生も同じ表情をしている。
「まずいですよ! 帰るまでに1日かかりますし、明後日は休みな人だっています! ああもう、間に合いませんよ衣笠さん! どうしましょう……」
「仕方なし。主人に頼んでみましょうぞ」
「え? 主人ですか?」
小生の主人に呼びかける。小生を召喚するようにと。
「ほら、行きますぞ。ナンバー3殿」
小生は彼女の腕を掴み、抱き寄せた。
「え⁉︎ きゅ! 急に何するんです…….か……?」
瞬間、風景が変わり、騎士団の拠点に帰っていた。
「おっと、お熱いな。見せつけたいなら他のところに行ってくれ」
抱き合っているのを見て、オーウェン殿は茶化してくる。顔を真っ赤にしたナンバー3殿も離れようと無言で腕をほどこうとしている。
正直な話、小生はロリ以外を恋愛対象として見ていない、つまり女性として考えていないのだ。故に彼女を抱き寄せた時だって、心の中は異常なまでに落ち着き払っており、オーウェン殿に言われるまで、自分が勘違いされるような言動を取っていた自覚がなかった。
「ああ、すみませぬ。幼い頃より配慮が欠如している物でして」
「大丈夫です……大丈夫ですから離してください……」
赤面して泣きかけている彼女を見て、流石にまずいと感じて彼女を掴んでいる手を離す。
「おお、これは失敬」
彼女は勢いよく飛び跳ねると、部屋の端まで逃げてしまった。
周りを見ると、都合よくリウ殿以外の全員が揃っていた。これだけ集まっていれば問題ない。
「で、いきなりどうしたんだ?」
ジェフ殿は少し不機嫌な様子で、椅子に座っている。彼はスキルこそないが、身体能力は軒並み高水準だ。このメンバーではスペックも性格も比較的まともなので、潤滑油として素晴らしい活躍を期待しよう。
「知らないよ。衣笠が呼べって言ったから呼んだだけ」
シルバ殿は怒ったようにそう言う。彼女は身体能力は子供らしい程度に収まっているが、スキルは異常の一言に尽きる。彼女の飼い慣らすスキルテイムにより、大抵の兵士は手も足も出ない程の化け物を出現させ、操る事が可能である。攻撃の多彩さでは彼女が群を抜いている。
「フハハハハ! なに、どんな用事だろうと我がいる限り安心だ!」
ラフィング殿は楽観的な意見を述べる。彼は転生者でもないのに、転生者より腕力が強い。彼の一撃を耐えられるのは、かの魔王くらいな物だろう。ただし、一撃を当てる術を彼は持ち合わせていない。それさえサポートできれば、彼ほど強い男はいない。
「……ぐぅ……ぐぅ」
アイレス殿は論外だ。魔法の才能はあるがぶっちゃけ弱いし、その上で命令されれば誰からでも従ってしまう。ザコ。多分この部隊のお荷物はコイツだ。これは先日の模擬戦でアイレス殿に痛めつけられたから酷評をしているわけではない。彼女の本来の評価がこんな物だ。本当、痛めつけられた事は少しも気にしていない。気にしてはいないが、後でアイレス殿の枕をラフレシアに変えておこう。
「なんでもいいが、早くしてくれねぇか。俺はそろそろ見回りに行きたいんだよ」
オーウェン殿は気怠げな声で欠伸しながらそう言う。彼は長年の経験から自分の結界を張る能力の使用方法に長けている。それによって身体能力も底上げされており、性格もサボり癖以外はまともな部類に入る。全てが高水準だが、人として完成している故に模擬戦で全力を出す事は期待できない。彼は割と色々な事に無関心であり、なるようになる、と言った行動をするために、模擬戦ごときで本気を出さないのだ。
あとはさっき接着剤を飲んでから動かないベン殿。彼は不死という、ほぼ無敵に近い能力を持っている。彼自身、全く持って強くはないのだが、この能力はチートすぎる。
それにさっきから顔を赤くしている、騎士団長様と同格の力を持つナンバー3殿と、転生勇者たる小生。さらにジェフ殿の兄であるリウ殿。このメンバーならば……
「我らは明後日、トップドッグと模擬戦をしますぞ! それに負ければ、我らのトラッシュパンダは解散です! 絶対に勝ちますぞ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます