第22話 本格始動

「ところでリウ殿はどの様な方で?」


「リウさんは……ジェフさんの兄です。生まれつき体が弱いのですが、体のパーツを交換するスキルがあり、健康的な体を得るために通り魔の真似事をしています」


「なるほど。糾弾しようにも権力で揉み消されると……あ、あの、この組織って思ったより重い事情を持った人ばかりなのですかな?」


「そうですね。優秀な人か、家柄の優れた人しか入れない騎士団で、落ちこぼれが集まる集団となると何かしらの事情はありますからね」


「そうですか……もっとお気楽な感じを考えいたのですが、いやはや困りましたな。ろくに過去のない小生が浮いてしまいますぞ」


 暗い過去ってあったほうがカッコいいし、説教タイムに説得力も出る気がする。何かなかったかと探すが、うちは極々普通の一般家庭。両親の優しさに支えられてここまで育った小生には、不平不満の類は一切ない。むしろ伝えきれないほどの感謝と、先立ってしまった親不孝への謝罪が心を暖かく満たすばかりだ。


「あ、そう言えば小生の実家は暗殺一家で毎日兄弟で殺し合っていたのですぞ」


「あれ? 一人っ子ですよね?」


 そう言えば転生前の話は何度かしていたっけ。


「じゃあ妹が病気で……」


「一人っ子ですよね」


「なら兄がグレて……」


「一人っ子ですよね」


「ぐぬぬ。何故小生は一人っ子なのですかな⁉︎」


「知りませんよ。それより、大丈夫ですか?」


「何がですかな?」


「いや、リウさんを抑えながら会話して、大丈夫かなと」


 小生の下にいるリウ殿は逃げようと体を捻ったり、小生を押したりしているが、力に差がありすぎて全く問題にならない。


「大丈夫ですぞ!」


「大丈夫じゃねェェェ! 離しやがれ!」


「ハハ。これに懲りたらもう通り魔など止める事ですな」


「それ、俺に死ねって言ってんだぞ⁉︎ 分かってんのか?」


「死ねとは言っておりませぬ。もう貴殿の身体は健康体そのもの。病魔に苦しまされる心配もありますまい」


 取り押さえた瞬間、彼に治癒魔法を使った。彼の体にはもう通り魔をする理由など残っていない。


「え……マジだ……もうどこも痛くねぇ!」


 彼の表情は嬉々としたものに変わり、もはや通り魔のそれではなかった。彼を解放してやると、自由自在に動く五体を使って思うように喜びを表現していた。


「それは良かった。して、一つ相談があるのですが」


「相談? お前からの命令なら、俺は何だってするぜ」


「では明後日に催される模擬戦に出ていただきたい」


「ああ! そのくらいお安い御用だ!」


 快く引き受けてくれたすぐ後に、彼は「準備をしなきゃな」と言って人混みに消えてしまった。


「……あの、一ついいですか?」


「なんですかな?」


 何かと聞いたが、大体分かっている。治癒魔法は非常に珍しく、使える者は、小生を含めても世界に3人しかいない。それを使える小生に、治して欲しい人がいるのだろう。


「その治癒魔法で千鶴さんを治せばよかったのではないですか?」


 ………………。


「ち、千鶴殿にゆっくり休んでもらうためですぞ! 決して、決っして忘れていたわけではございませぬ!」


「ですよね! 衣笠さんがそこまで残念なわけないですもんね! 失礼しました!」


 そこまで残念なのである。本当に無駄に面倒をかけてしまって申し訳ない。


「……すみませぬ。お詫びとしては足りぬと思いますが、何か奢らせては頂けぬか?」


「大丈夫ですよ。気にしてませんから。それにお腹も減ってませんし」


『グルルル』と彼女の腹が鳴った。


「こ、これは違いますよ‼︎」


 焦った彼女は機敏な動きで腹を抑える。だがもう遅い。


「そんな隠さなくてもいいですぞ。誰もに平等に空腹は訪れますからな」


「違いますって‼︎ これは……えっと……オナラです!」


「そっちの方がよっぽど恥ずかしいと思いますぞ! と言うかオナゴがそんな事言うべきではありませぬ!」


 彼女は顔を真っ赤にして悶絶している。


「ええ……ああ……ごめんなさい……」


 彼女は顔を抑えながらどこに向かい始めた。そこらを歩く人々にぶつかりまくっていて、今すぐにでも止めたかったが、声をかければさらに羞恥を増してしまいそうなので、今は放置するしかない。


 なんだか、とてつもなく残念な人だ。


 彼女を完全に見失った後で、なんとなく近くにあった店に寄った。


 本当になんとなく、さしたる用事はないが、すぐに帰るのもなんだかなぁと思い立ち寄っただけだった。


 内装を見ると、どうやらアクセサリーショップのようだ。アクセサリーとは言え、ファンタジーなこの世界では立派な防具。小生が適当に眺めていると、一つの指輪が気になった。


 手に取ると妙に馴染む感覚を覚える。買ってもいいかなと値段を確認してみて、あまりの値段に急いで戻そうとしたその時だった。


 小生の目の前に地獄が顕現した。


 地面から噴き出す溶岩。天空を包む暗雲。世界を割らんとする巨大な亀裂。どこからも聞こえてくる阿鼻叫喚。まさにこの世の終焉と言った風景。そこに積み上げられる死屍累々。


 その最中で小生は見た。外で走り回り、魔法を展開する少女を。


「ジェイド殿! 何をしているのですかな⁉︎」


 小生は勢いよく店から出た。


「うわ、チズルの友だちだ……」


 ジェイド殿はバツが悪そうに目を逸らす。


「小生、魔物にも良い人がいるとジェイド殿を見て確信していたのですぞ! なのに何故このような事を⁉︎」


「そんな事言われても困るよ。私だって、自分が一番かわいいんだから。私は人を助けるのが好きだからやってだけど、魔王様からの命令の方が大事だし」


 ああそうか。所詮魔物は魔物。人間とは種族が違う。同じ人間ですら、その間で争うのだ。価値観の違い、性別の違い、色の違い。違いを見つけては戦いの種にする。種族が違うなら、やはり争うしかない。


「あ! そうだ! 魔王様がね、有望な人間がいれば連れて来いって言ってたの! あなたってとっても強いし、そうすれば戦わなくて済むよ」


「ふざけるなァァ!」


 小生は彼女に拳を振るった。千鶴殿の知り合いだろうが、関係ない。こんな生物は生かしておけない。


 しかし、無情にも小生の拳が当たる事は無かった。その前に彼女の拳が炸裂したからだ。


 バカげた威力の拳。この威力があの小さな体のどこから出てると言うのだろうか。


「あれ? 殺せると思ったんだけどなぁ」


「はあ……はあ……こ、この程度ですかな? この程度……幼女にやられた事と思えばご褒美ですぞ……」


 一呼吸するたびに血が喉元までこみ上げてくる。しかし、HP制の小生にはさほど問題ない。


 問題は彼女が強すぎる事。今、明らかに油断していたところへの一撃であり、小生の方が先に出していた。なのに先に当たったのは彼女の一撃だった。


「大丈夫? 今からでも魔王様に仕えた方がいいんじゃない?」


「何を世迷言を! 小生は友のためにも、ここで貴様を倒しますぞ! ウォォォォ!」


 小生は自分を鼓舞するために声を張り上げた。そうしないと恐怖でどうにかなってしまいそうだった。


「うるさい」


 瞬時に彼女は小生の目の前に現れた。いや、よく見れば景色が少し変わっている。小生が彼女の前に現れのだ。


「転移まほ……ウッ!」


 続いて放たれた拳により、小生の頭蓋は砕け散った。その破片が頭の中で暴れ回り、なにやら柔らかい物に刺さった音が聞こえてくる。


「うわ……それで生きてるの? キモいね」


「何度も……言いますが……幼女からの攻撃は全てご褒美ですぞ」


「キモ!」


 ジェイド殿は小生の体を幾度も蹴ると、壊れ切った小生を見て満足げに立ち去ろうとした。


「ま……まだまだですぞ……これだけ褒美を貰ったのであれば、しっかり返さねば……」


 口では強がれても、体はボロボロ。通常の体ならとっくに絶命している傷を負い、骨格はグチャグチャ。正常に機能している臓器は一つもない状態だ。


「もういいよ。あなたを殺すのは命令に入ってないし……それにあなたは魔王様の脅威にならないから」


 軽くあくびしながら小生に視線を戻す事なく去ってゆく。


「ま、まて!」


「待たないよ。待って欲しいならせめてチズルくらい強くなってね」


「俺が、何だって」


 小生は目を見張った。


「チズル……でもこんな場所じゃ何の罠も使えないでしょ」


「確かにな。だが今のお前程度、黙らせるには十分な準備はしてある」


 ダメだ。チズル殿ではどうやっても勝てない。能力も才能も力もない彼ではどうあがいても勝てない。


 瞬間、ジェイド殿は消えた。その次の瞬間にはチズル殿の目の前にいた。


 絶対に生身では耐えられない。死は免れない。ああ、小生は再び親友を失ってしまうのか。あまりの絶対に瞳を閉じる。


「性格変わりすぎだろ!」


 その千鶴殿の声の後、拳がぶつかる音、骨がひしゃげる音、何かが壁にぶつかる音の順で聞こえた。


 恐怖を抱きながらそっと目を開けると、殴った姿勢で固まった千鶴殿と、それを喰らってぶっ飛ばされたジェイド殿がいた。


「あ、あれ? これは夢ですかな?」


「ああ、悪夢みてぇな光景かも知れないが、ちょっと待ってろ。今この馬鹿に責任取らせるからよ」


「ゴホッ……はぁ……はぁ……あれ? えへへ、こんなに強かったっけ?」


 ジェイド殿はもはや虫の息といった感じだ。血を吐き、地面にひれ伏し、もう笑うしかないのだろう。


「どうでもいい。来いよ」


「私はちっちゃい女の子だよ? こんな攻撃されて、戦えるわけないでしょ」


 そう言うとジェイド殿の周辺に魔法陣が展開され、瞬く間にその姿が消える。


 転生勇者である小生ですらかすり傷一つ負わせらなかった彼女を、千鶴殿が追い払った。そんな事実を理解しきれずにたじろぐ。


 小生の怪我は全て治っており、千鶴殿に駆け足で迫った。


「千鶴殿、貴殿は無能力者ではなかったのですかな?」


「あ? 俺の能力はツッコミ強化と本を読む能力だぞ」


 全く理解が及ばないが、そう言えばジェイド殿にツッコミをしていた気がする。


「それにしたって強すぎですぞ! あの化け物を一撃とは……」


「確かに威力はある。今回は特に良かった。だが、ちょっと無理しすぎたな……」


 彼はその場に膝をつく。


「助けに入る時と、お前のピンチを自動で知らされた時、2回も『リード』しちまった」


 小生は千鶴殿の体を支えようとした。だが全く持ち上がらない。まるで岩。いや、今の小生ならば岩はたやすく持ち上げられるのだが、転生前の生身の小生が、岩を持ち上げようとするイメージだ。


 彼の体にヒビが入り、中から黒い何かが見え隠れする。


「ウッ……これが『トランペッター』か」


 トランペッター? 終焉を告げる神のなり損ないになるとでもいうのか。


 そんな事はさせない。


「トランペッターかベビーシッターか知りませぬが、そんな事はさせませぬ!」


 小生は最大出力で治癒魔法を放った。


「む、無理だ。神の力はその程度じゃどうにもならない」


 そんな事は知っている。先程から彼の体の亀裂は広がるばかりで、治る気配がない。


 だけど小生は諦めない。小生は転生勇者であり、何もかも上手くいくはずなのだ。


『覚悟が必要だ。貴様も神になる覚悟をせよ』


 ……小生の心の中で、ナニカが囁く。この世界に来た時から困難にぶつかる毎に騒がしいナニカ。


 目の前には見た事もない植物が生えている。毎回これだ。この植物を食べる度に強さが数段跳ね上がる。だが、食べる度にこの声は大きくなっている。


「……迷ってる暇はなさそうですな」


 小生は植物を口に入れた。


『フフ。そうだ。貴様は神になりうる存在だ』


 声はさらに大きくなっていたが、すぐに消えていった。


 瞬間、小生の治癒魔法はさらなる発光を見せた。目の眩むような光に負けぬように、しっかり千鶴殿を見ていると、彼のヒビは小さくなってゆき、やがて完全に消えた。


「千鶴殿! 千鶴殿! 大丈夫ですかな⁉︎」


「…………ぐぅ…………」


 どうやら寝てしまったらしい。しかし、ここまで深刻な状態の千鶴殿を、もはや頼るわけにもいかない。


 明後日の模擬戦に勝ち、魔王軍も滅ぼさねば、千鶴殿の安息は訪れない。彼の安息は、他の何よりも優先されるべき事だ。

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