第21話 若さと年季
「お前、死んでたよな?」
「ええ、死にましたな。そのおかげで結界に侵入できましたぞ!」
オーウェン殿が目を丸くしている間に、小生は拘束しようと彼に組み付いた。オーウェン殿も結界で防御しようとはしていたものの、小生のスピードに追いつける事はなく、簡単に取り押さえられた。
「クソ! そう言う事かよ畜生が! 畜生に成り下がりやがったな!」
「小生は幼女の畜生になる事は躊躇いませぬぞ」
小生はたった今、シルバ殿の畜生になった。生きるも死ぬも、守るも殺すも彼女の命令次第。
彼女の放った火で死ぬ事により、彼女がテイムしている生物という事で再び生を受けたのだ。
「チッ。野郎の相手は趣味じゃないが……仕方ない」
オーウェン殿は顔をこちらに向けたと思うと、口から土を吐き出した。口内に含んでいたらしい。
一瞬怯んでしまうと、その隙に拘束を外されてしまった。そのまま小生の周りに結界が現れ、身動きを取れなくされてしまった。
「年季が違うんだよ」
そのままシルバ殿に近付こうとした瞬間、小生がその間に立ち塞がった。シルバ殿の能力で召喚されたのだ。
「若さも馬鹿にならないよ」
もはやオーウェン殿のスキルは何の意味もない。だというのに、彼は余裕げにニヤリと笑う。
「そうかもな。若さは馬鹿にならない。だが、若さも年季もない畜生は何ができる?」
何かと思えばくだらない負け惜しみか。確かに小生はシルバ殿ほど若くはなく、オーウェン殿ほどの経験もないが、圧倒的な力がある。
「何ができるか、ご覧に入れましょうぞ」
小生は気絶させる気でオーウェン殿の腹部を殴った。死なないよう手加減しようとはしたが、シルバ殿の命令のせいで全力で殴ってしまった。小生の腕は骨がバラバラになり、不思議な形になっていた。それほどの威力で殴った。
だから、目の前で傷一つなく立っているオーウェン殿が信じられなかった。
「な。何もできないだろ」
次は彼の番だった。彼の拳には何も握られておらず、ガタイだっていいとは言えなかった。
それから放たれる攻撃でダメージを受けるはずは無かった。にも関わらず実際には鈍器で殴られたような痛みが襲ってきた。
ならばと小生は炎魔法で燃やしたり、雷魔法で感電させたりしたが、一切効いていない。
「なるほど。体を結界でプロテクトしているのですな。防御面ではほぼ無敵、攻撃面では徒手ながらも鋼鉄並みの破壊力。確かに魔力を持つ小生にはどうにもなりませぬな」
余談ではあるが、この世界の住民は余す事なく魔力を持つが、この世界の住民ではない千鶴殿は魔力を持ち合わせていない。つまり、千鶴殿にオーウェン殿の能力は一切効かない。
この場にいるのが小生ではなく、千鶴殿であればどれだけ楽だった事か。自分の無力さを知らされる。
いや、千鶴殿を参考にするからこうなるのだ。もう自分のままで行こう。
「ナッ……! ウッ……グガッ!」
突然オーウェン殿は呼吸困難に陥った。明かせば簡単なタネだ。この空間一帯を魔力で充満させた。魔力を含んだ空気が遮断されてしまい、呼吸ができないと言うわけだ。
オーウェン殿はそれに気づき、小生の周りに結界を張るが、それは無意味だ。小生は無呼吸状態でも何時間か過ごせる。HPが尽きるまで死ななのだから当たり前だ。
だが、唐突にシルバ殿の命令によって魔力放出を止められてしまった。シルバ殿を見ると、苦しそうに息を荒げている。
「はあ、はあ、なんて馬鹿げた魔力だ……」
「畜生風情でもこのくらいなら可能ですぞ」
「どうやら……本気でやるしかないな」
瞬間、彼を取り巻く雰囲気が変わった。
「手加減できないからな。後悔するなよ」
小生は何かに吹っ飛ばされた。数メートル飛び、どうにか着地したが、その瞬間にまた吹っ飛ばされた。
何が起きているかはすぐ分かった。結界をメチャクチャに作り出し、それをメチャクチャに動かしているのだ。
すぐにシルバ殿の方を見ると、どうにか防御はしているが、時間の問題と言った感じだ。
早く決着をつけなければ。そう思い、小生は炎魔法を使った。これで、火が不自然に避けた場所に結界があると分かる。
「見えましたぞ! オーウェン殿までの最短ルート!」
小生は結界を足場に、オーウェン殿の頭上まで駆け抜けた。
そして頭上から思い切り拳を振り下ろす。その際にスキルで生やした薔薇を巻きつけて。
「ウラァァァ‼︎」
オーウェン殿はガードをしたものの、ガードした腕に深々と薔薇のトゲが刺さる。薔薇はスキルで生やしたもの。魔力は関係ないので、オーウェン殿のスキルは無意味である。
「ふふ。小生も学びましたぞ」
腕に巻いた薔薇を、身体中に奔らせる。小生に触れるなら薔薇のトゲが襲う事になる。
「人の技術を
「そうかい。俺は全く面白くない……な!」
オーウェン殿は蹴りを繰り出した。瞬間、地面から大樹が生え、オーウェン殿の蹴りはそれに命中した。
「これが小生なりの結界ですぞ!」
彼が痛がり足を抑えた隙に、小生は次の手を打った。
地面から薔薇が生えてきたと思うと、それは段々と人の形に変わる。そうしてできる薔薇の人形が、10体。
「これが小生なりの分身ですぞ!」
分身はオーウェン殿の結界を容易に超え、殴り蹴りの攻撃をひたすらに加える。威力もスピードも小生ほどではないが、それでもトゲが刺さるので相当なダメージにはなる。
「最後にこれが……」
大木が生え、それが生物のような形をとる。まるでドラゴンのようになった大木が口を開くと、その中から火が発される。口の場所に燃えやすい木を置き、発火させてるだけの簡単な構造ながら、その姿形はまさにドラゴンそのもの。戦闘力だって引けを取る気はない。
「これが小生なりのテイムですぞ!」
ドラゴンはオーウェン殿を飲み込んだ。オーウェン殿も無理だと気づいたようで、抵抗すらせずに飲み込まれた。
彼が気絶した事により、結界が解けたようだ。ナンバー3殿が小生のところまで駆け寄ってきた。
「すごい! すごいですよ衣笠さん! 最強ですよ! 衣笠さん一人でだってトップドックに勝てますよ!」
「トップドック……? あ、そう言えばそそんな話もありましたな。すっかり忘れてましたぞ」
「……衣笠さんってなんだか残念な方ですよね」
「……どうやら、そんな無駄話をしてる暇はないようですな」
ドラゴンは勝手に体内でオーウェン殿をすり潰そうとしている。
「シルバ殿! やめてくだされ! オーウェン殿が死んでしまいますぞ!」
シルバ殿は怒りを宿した形相で、殺意を帯びた視線をドラゴンの体越しのオーウェン殿に向けている。
「なんで? 私は殺されそうだったのに、なんで私は殺しちゃダメなの?」
純粋な子供故、影響を受けやすい。可愛がられたのなら可愛がり、助けられたのなら助け、殺意を向けられたら殺意を向ける。実に子供らしい考えだ。
そして彼女は、その殺意を実現しうる力を保持している。小生はそれを止める事もできない。身体は動かず、スキルを解除する事もできない。
「いい加減にしなさい」
ナンバー3殿はシルバ殿の頬を叩いた。
「人殺しなんてどんな理由があってもダメなんですよ。子供らしいなんて言葉で片付く事ではありません!」
次の瞬間、ドラゴンは内部から崩壊した。その中から無数のナンバー3殿と、ナンバー3殿に抱えられたオーウェン殿が現れた。
「なんで邪魔するの⁉︎」
「邪魔じゃないです。反省の手伝いです。あなたはわがままし過ぎです」
「わがままって……私殺されるところだったんだよ⁉︎」
「ですが死んでいませんよね? 相手は死なないように加減していたのに、あなたは殺すんですか?」
「手加減?」
「だって、オーウェンさんはあれだけ応用できる能力を、一番基本になる使い方しかしてなかったんですよ。それって殺さないように手加減したとしか思えないではないですか」
それは小生も感じていた。彼はあんなにも色々な攻撃方法があるにも関わらず、小生が到着するまでに使っていたのは閉じ込める結界だけ。本気でやっていれば、到着前に終わっていたはずだ。
「じゃあ本当に私を殺しにきたんじゃないの?」
「ええ。そんな人、この場に一人だっていませんよ」
シルバ殿は大きく息を吐きながらその場に座った。一気に緊張の糸が解けたのだろう。
「さて、あとはオーウェンさんですよね……起きてください‼︎」
オーウェン殿は体を揺らされると、ゆっくり目を開いた。
「ん? あぁ、騎士団長様。俺は除隊か? したけりゃしろよ」
「そんな事はしません。なのでせめて、何故こんな事をしたのか教えてください」
彼の顔からこれまでの余裕が消え、どこまで冷徹な表情で彼女を睨んでいる。
「……そいつが俺の家族を殺したからだ。そいつの操るドラゴンが、俺の嫁と娘を殺した。だから一言、たった一言でもいいから、謝って欲しかった……それだけだ」
「そんな事したんですか?」
一瞬シルバ殿はビクッと驚いた。
「ひっ! わ……わかんない。やられたらやり返してだけど、それだけだよ? それに、女の人を殺した記憶はないし……」
「そうですか……それっていつ頃の話ですか?」
「大体……5年前の話だ」
「5年前? じゃあ私じゃないよ。だってその頃はまだ転生してないもん」
「つまり、オーウェンさんのご家族を襲ったのは、シルバさんにテイムされる以前のドラゴンだったと」
そう告げられるとオーウェン殿は自嘲気味に笑い始めた。
「そうなのか。ハハ。シルバちゃんごめんな。俺は君の力を見た時から復讐の事しか考えないで生きてきた。ある意味、君は生きる意味だった。それがなくなった今、俺は生きる意味がなくなった」
彼は何か不思議な手の動きを見せた。瞬間、嫌な予感がした。
気づくと小生は走り出しており、オーウェン殿を殴り飛ばしていた。次の瞬間、小生の腕が結界によって潰された。
「馬鹿! なんで俺なんか庇った⁉︎」
「生きる意味がなくなった? 調子のいい言葉ばかりつらつらつらつら。それはオーウェン殿が探していないだけでしょうに。小生なんて、毎日キモいだの、ロリコンだの、うちの子変な目で見てましたよね? だの、ちょっと署までご同行願えますか? だのと、散々な目に遭ってきましたが、小生は友人のために一生懸命に生きましたぞ。千鶴殿が悲しまぬ様、再び孤独に身を震わさぬ様、必死に生きましたぞ。オーウェン殿にはそう言った人物がいないのですかな? オーウェン殿を必要としている人物は」
「……いる。俺を必要としてる、どうしようもないボンボンの若僧が1人な」
「ならばそれが生きる意味ですぞ」
「そんな簡単に言うな!」
「ならば貴様も死のうとなんてせぬ事ですぞ。どうしても死にたいのでしたら好きにすればよろしい。小生も好きに止めさせていただくまでですからな」
再び緊張が蘇る。極度の緊張からその場の全員が息を止めた。
「……やめだやめだ。こんな化け物相手に隙を見て死ぬより、生きる理由探す方が楽そうだしな」
「それが賢明ですな」
緊張は解け、ようやく全員が戦闘姿勢を解除した。これにてようやく
「一件落着ですな」
「あ、ちょっと締める前に一つだけ。今度他の部隊との模擬戦闘があるので、いらしてくださいね」
すっかり忘れていた。そう言えば模擬戦のためにここまで来たのか。しかし小生はそれを忘れていた事を悟られない様に、表情には出さなかった。
「うん! いいよ!」
「俺もいいぞ」
これで本当に一件落着だ。
……一件落着だよな?
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