第20話 二度目の死
「あ、ひさしぶり!」
目の前の美少女は太陽のような眩しい笑顔を小生に向けていた。
スポーティなショートヘアと、活発的や爽やかと言った印象を与える緑色の髪色。それは彼女のエネルギッシュな内面を物語っているようだ。
服装は白いポンチョのようなシャツに、スカートではなくショートパンツを着る事によって足回りを見せつつ、より元気なイメージを作り出している。
当然顔もかわいらしく、体型も幼さを保っている。つまり小生のドストライクだ。
そんな美少女が小生に笑顔で声をかけているこの状況。面識がないとは言え、細かい事を気にしている場合ではない。
小生は駆け寄ってくる美少女に対して、腕を大きく広げる姿勢で返した。小生の立派な胸にその身を任せてくる事を夢想し、目を瞑って体の感覚を研ぎ澄ます。美食家は味覚に集中するために目を瞑るが、まさに今の小生はそれだった。
彼女の柔らかく細く繊細な、しかし決してか弱くはない感触を、余す事なく味わうために神経を集中させる。ほかの全て情報は、たった今無意味と化す。
まずは足に少し湿った柔らかな肉の質感を感じた。遊んでいたので、少し汗を掻いていたのだろう。
続いて不思議な匂いが鼻についた。土臭いと言うか、塩や生臭い匂いが混ぜ合わさったような匂いだ。どんな場所で遊んでいたんだろうか。少しくさい。
だがいくら待てど次の感触が訪れない。痺れを切らして目を開くと、驚くべき景色が広がっていた。
暗黒。何もなかった。さっきまでいた少女も、一緒に来たナンバー3殿も、地面すらない闇が無限に広がっていた。
小生は魔力探知で周囲を見る事を思いつき、すぐに見ると、何やら巨大な蛇の口内にいるという事は分かった。だがサイズが異常だ。100メートルはあるんじゃないかと言うサイズ。これを小生は見逃していたのか?
「衣笠さん! 大丈夫ですか!」
「え? いつもの生贄じゃなかったの?」
「生贄⁉︎ 小生を生贄にする算段だったのですかな! そんな事させませぬぞ!」
小生は火炎魔法を使った。瞬く間に蛇は火ダルマと化し、焼けこげて灰になった部分から崩れ落ち光が訪れた。
「フヘヘ……フアハハハハ! ウキャキャキャキャ! 小生に勝てると思わない事ですな!」
「笑い方キモ!」
少女は小生の笑い方をみてドン引きしていた。ナンバー3も必死に隠してはいるが、嫌悪感が隠し切れていない。
「人にキモいなど……人を傷付ける事を口にしてはならぬのですぞ! お仕置きが必要ですな!」
小生は彼女の背後に移動した。小生の移動は目に追える速度ではなく、気付かれない内に背後に回る事ができた。
「凄い衣笠さん! まるでゴキブリみたいです!」
「グハッ!」
小生のメンタルに、ナンバー3殿の言葉が突き刺さり吐血した。
その吐血で少女に気付かれてしまった。咄嗟に捕まえようとしたが、瞬間何者かに手足を拘束された。
ヌメついた長い触手に多数の吸盤が付いた物、つまりタコの腕が絡み付いている。しかもさっきの蛇と同様、めちゃくちゃデカい。
「へへーん。分かったよ。殺処分でしょ? 私を殺す命令がまた出たんだ!」
「違いますよ! ちょっと話を聞いてください!」
小生はタコの足を力ずくで千切り、騎士団から支給された刀を抜いた。
「違いませぬぞ。貴女のその立ち振る舞い、如何ともし難い。貴女の悪意を介錯仕りますぞ」
小生の頭上に雷が落ちた。小生は電力を魔力へと変換し、自分の中に蓄えた。
10秒ほど雷が落ち続け、収まった時には目の前に金色のドラゴンがいた。どうやら少女は逃げたようだ。
このドラゴン、魔力量からすれば神獣クラスの化け物だ。それが何故こんなに唐突に……
グギャォォォオオオッ!
ドラゴンのあげた声は、まるで空気を焦がしたようにバリバリと鳴り響いた。
小生は持っていた刀を鞘に収めた。ドラゴンはそれを見て今だと口を開いて襲ってきた。
「衣笠さん!」
瞬間ドラゴンはバラバラになって吹き飛んだ。今行ったのはただの抜刀術。超音速で刀を振り回す事により、ソニックウェーブを起こして超破壊を引き起こした。
だが武器に魔法でコーティングした甲斐なく、鞘も刀も粉末状になってしまった。
「す、凄すぎです……エマちゃんより強いかも」
「小生、転生勇者であります故、普通の転生者より強いのですぞ」
小生は刀に手を掛けてカッコいいポーズを取ろうとした。が、刀は壊れていて体制を崩して転びかけた。
「でも大丈夫ですか?」
「全然大丈夫ですぞ! この程度なら数百匹同時でも相手できますぞ」
「いえそうではなく、騎士団から貸与と言う形になっている刀を壊して、お財布は大丈夫かなと」
大丈夫ではない。小生の財布は千鶴殿が勝手に使うため、常に金欠だ。
「一応刀って貴重な品なので、弁償になると高いですよ」
「ナンバー3殿の手腕でなんとか……」
「なりません」
「かくなる上は小生の治癒魔法で治すしか……」
生物以外に治癒魔法が効くのかは疑問であるが、治すしかない。
小生の手が緑色に輝くと、手のひらに微かに残っていた鉄の粉に引き寄せられるように、飛び散った鉄の粉が集まった。
「おお! これならいけそうですね!」
「ちょっと黙ってくだされ! 集中が切れますぞ!」
人を治すよりよっぽど集中力も、魔力も必要だ。だがようやくまとまったサイズになり、やっと治癒が完了した。
「できましたぞ……!」
「ええ、できましたね。鉄の塊」
刀と言うより鉄の棒、それに持ち手ができただけの物。
「いや、まだですぞ! 等価交換の魔法を使えばまだ……」
小生の手が紫色に光る。すると鉄の棒は瞬く間に姿を変え……
「銅貨2枚……」
「まあ材料費としては等価ですね」
「い、いいやまだ……!」
「もうやめましょうよ。逆わらしべ長者って感じです」
「ぐぬぬ……こうなればあの少女をとっちめて弁償させるしかありませぬな」
小生らは少女の探索を始めた。あの小さい体だとどこでも隠れられるだろうし、あの運動神経なら逃げる事だって可能だろうから見つかる可能性が低いのは分かっている。おまけに彼女は何故か魔力探知に反応しない。
そんな状態に嫌気が差し、十分ほど前から口数が多くなっていた。言い換えるなら、飽きて駄弁っているとも言える。
「そういえば、あの少女がシルバでいいのですかな?」
「そうですね。紹介が遅れましたが、彼女がテイマーのシルバさんです。スキルはテイムと言って、倒した相手や、契約した相手を飼い慣らすスキルです」
それでドラゴンやクラーケンを操っていたわけだ。分かりやすい強スキル。
「彼女は転生者ですかな?」
「どうなんでしょうね。実は騎士団も彼女の事、よく分からないんですよ。家族はいくら探っても見つかりませんし、何故あんな強力な魔物を飼い慣らしているのかも把握しきれていない現状でして」
「はあ、確かに正体不明とは畏怖して然るべき存在ですな。だから殺処分など降ったのですな」
小生らは殺しに来たわけでも、ましてや命令されてきたわけでもない。が、他は違ったのだろう。
彼女は先の戦いの最中に、『殺す命令がまた出た』と言っていた。つまり何度か本当に殺されそうになったのだろう。
「……そうです。だから彼女は他人が信用できなくて……あの、怖いのでしたら今から帰って頂いてもいいですよ」
「はは、まさか。むしろ可愛らしいとしか思えませぬな」
「保持する戦力も未知数な彼女が恐ろしくはないのですか?」
小生は豪快に笑い飛ばした。
「失礼ですが、ナンバー3殿は交際相手が糞尿をするからと嫌いになるのですかな?」
「なるわけないじゃないですか。そんな当然の事ですから」
「小生も同意見ですぞ。子供は遊んで当然、子供は加減を知らなくて当然、子供は影響を受け易くて当然。寧ろ殺しに来た大人に笑顔で対応する子供などいたら、小生はそっちの方がよっぽど恐ろしく感じますぞ」
ナンバー3殿は納得したような表情をした後、すぐにクスクス笑った。
「それに、幼女からの仕打ちは全てご褒美ですからな!」
その時、魔力探知に大きな魔物の気配がかかった。これだけ強力な魔物を瞬時に召喚できる者はそういない。
「発見しました! 急ぎますぞ!」
「はい!」
魔力を辿り着いた場所は、山奥にある小さな洞窟だった。中は暗くて見えないが、魔力の反応はこの中から来ている。
それに先程から聞こえている破壊音が気になる。いや、破壊音そのものよりもむしろ、音こそすれど魔力がほとんど感じられない点が気になっていた。何かと争っているのだろうが、一体何と? 小生らは急いで洞窟に入った。
奥に進むにつれて破壊音はさらに大きくなる。途中で魔力の発信源であるクラーケンの触手が見つかり、疑問はさらに深まった。何故この触手だけしか魔力を放っていないんだ?
更に進むと、少し開けた場所に出た。そこにはシルバ殿と、シルバ殿に襲いかかる老騎士がいた。
「オーウェンさん⁉︎ 何してるんですか」
オーウェン……確かサボり癖のある老騎士だったはずだ。
「見ての通り騎士団の仕事だろ。危険勢力を退治してるんだよ」
シルバ殿は自分の腕にドラゴンの腕のみを召喚した。そのドラゴンの腕を振り回し、地形をめちゃくちゃに破壊するが、洞窟が狭いせいで思うように動けないらしく、オーウェン殿に攻撃が当たっていない。
一方オーウェン殿は、岩陰に隠れて隙を窺っては奇襲を仕掛ける事で、シルバ殿が召喚する明らかに格上の魔物を倒している。
小生は止めようと接近を試みた。しかし、見えない壁があるらしく、少しも前に進めない。
「無理です。オーウェンさんのスキルは魔力を断絶にする壁を作る能力があるんです」
「そういうことだ」
通りで魔力探知に反応しなかったのか。
「なるほど。では、魔力ではないスキルではどうですかな!」
小生の手から伸びた木々が見えない壁を擦り抜け、中へと侵入する。
瞬く間に成長する気を見て、オーウェンは舌打ちをした。
「チッ。こうなりゃ俺の方が不利か」
オーウェン殿は空中を足場にすることで、立体的に逃げ回っている。そのせいで速度では優位な小生の植物が翻弄され、なかなか彼の体を捕らえられない。
しかし、植物が伸びた分、彼の逃げ場が失われていく。時間をかければ勝つのは小生だ。
「えい!」
そんな甘い考えは、一瞬にして灰と化した。
シルバ殿が真紅の竜を召喚し、木々を焼き払ったのだ。すっかり灰となり、体積を萎ませてしまったせいで、またオーウェン殿に逃げ回るスペースを与えてしまった。
そう。彼女は小生を仲間だと思っていない。オーウェン殿と同じ、敵として認識しているのだ。
「シルバ殿! やめてくだされ! 小生は敵ではありませぬぞ!」
「うるさい! 私の仲間はこの子たちだけなの! この子たちはあなたたちみたいに裏切ったりしないの!」
こんなになって当然だ。同じ騎士団の仲間から襲われ、命まで狙われているのだから。自分に絶対服従の者にしか心を許せなくなるほど、強大な被害妄想を患っても仕方ない。
「……ところで、この壁の強度は如何程ですかな?」
「破る気か? 無理だ。魔力さえ篭ってりゃ神だって破れない」
「それは良かった。なら小生も本気が出せそうですな」
小生は自分を殴った。一回ではない。何度も何度も、数十回は殴った。それも手加減は一切無く、気を抜けば殴った部分が貫かれそうなパワーで殴っていた。
「何してるんですか! 落ち着いてください!」
ナンバー3殿は静止しようと腕を押さえるが、小生の方が力強く、全く影響なく自傷を続けた。
「待て! 死んじまうぞ!」
オーウェン殿も焦って壁を配置し、攻撃を止めたのだが、小生はその壁を掴み、頭を勢いよくぶつけて自傷を続けた
当然、見る見るHPは減っていき、残り少しになった時、自傷を止めた。
「はは。小生、もう虫の息ですぞ。もはや軽く小突かれただけで死ぬレベル。あと少し……」
小生はさっきの残火に向けて木を伸ばした。火は木に移り、小生のところまで登ってきた。
「吐いたばかりの火は防げても、しばらく経って魔力の消えた火はもう化学反応。魔力断絶など関係ありませぬな」
そのまま小生は燃え始めた。瀕死の現状にはこの程度の火ですらダメージになる。
やがてHPが0になり、小生は力尽きた。
「そんな……そんな……冗談でしょ衣笠さん……衣笠さん!」
「クソッ! なんだったんだあの野郎は⁉︎ 胸糞悪いぜ……え?」
その時見た物に、オーウェン殿は驚愕していた。
何故なら、今死んだばかりの小生が目の前で復活していたのだから。
「ふふ……フハハハハ! これでようやく戦えますな!」
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