第19話 緊急事態発生

 木々に囲まれ視界が制限される中、敵意を肌で感じていた。周囲の人間は6人。敵意を隠せていない未熟者は1人。敵意を隠した事を隠せていない奴は4人。残りの1人は俺を監視するばかりだ。


「いつまで睨み合ってる気だ?」


 言い終わるや否や、筋骨隆々の男、ラフィングと衣笠が茂みから姿を見せた。


 最初に攻撃してきたのはラフィングだ。ラフィングの攻撃は衣笠と違い、力こそあれど速度が足りていない。受け流すのは容易だ。倍以上の体重はあるだろう彼を俺は楽々投げ飛ばした。


「そのパワーは脅威だが、生物相手にはまず当たらないだろうな。評価C」


 投げた方向は衣笠がいる方向。仲間の体を攻撃するのを躊躇った衣笠が一瞬停止したのを見て、ラフィングの体ごと蹴り飛ばした。


「後手に回れば仲間も自分も守れないぞ。評価B」


「隙あり!」


 ジェフが俺の背後から現れ、腰に掛けていた剣を抜こうとしていた。


「隙があったら黙って襲え」


 俺は剣を押さえてから、ジェフの顔を殴った。


「技も筋力も十分だが、咄嗟の判断力が足りてない。評価B」


 次に俺はジェフから剣を奪うと、木から飛び降りたベンに向けて突き刺した。頭部を貫き深々と刺さった姿をみて、誰もがベンの死を疑わない状況だろう。だが……


「ああ、私はどうすれば死ねるのだ」


 彼は剣が刺さったまま俺の腕を握り、へし折ろうとし始めた。俺はすぐに剣ごと投げ飛ばしたが、骨が外れているようだ。


「不死性が一番の長所だが、不死性が一番の短所だな。死なない故に行動が雑になる。評価D」


「いや、不死は長所でない。不幸でしかないのだ」


 一息吐くと、最後にアイレスが正面から堂々とやってきた。まだ眠っているようだが、彼女は寝ながらでも動けるスキルがある。だが、やはり寝ているので判断力はなく、言葉は通じない。簡単な命令を聞く事以外何もできない。


「敵は衣笠、ベン、ラフィング、ジェフだ。そいつらを倒せ」


「……」


 彼女は魔法を使い始めた。周囲に雷が落ち、水が木々をなぎ倒し、噴煙が噴き上がる。彼女がこんなに大量の魔法を使えるのも、彼女のスキルあってのもの。と言うのも、寝ている最中は魔力の回復が早いらしい。


「魔法のセンスはあるが、欠点ばかりだ。評価E。ちなみに俺の評価はC」


「は? 俺は負けたのに評価B?」


 ジェフは不満気に声を上げた。見れば他も不満がありそうだ。だが評価を変える気はない。


「ああ。総合的に考えればBだ。普通にやれば俺に勝ち目はない。だが俺は頭脳と判断力でのみ勝てる。それだけだ。当然、ラフィングの力とアイレスの魔力は評価AかSだ。衣笠とジェフはバランス良く能力が高いから高評価だが、力や魔力ではラフィングとアイレスには勝てない。ベンは身体能力こそ低いが、不死は強すぎるくらいのスキルだ」


「つまりそれを補う訓練をしろと……そういう事か?」


 彼らは勝手に訓練の内容を考え、一人一人絶望した。苦手を克服する修行とは、つまり苦手な事を何度も積み重ねる事だ。そもそも、苦手な理由は嫌いだからと言う理由がほとんどだろうに、それをするのはさぞかし辛いだろう。


「いや、違う。それを補うのは仲間の役目だ。お前は筋力トレーニングと技を磨けばいい。できない事を嫌々訓練したいのか?」


「いいや、全然」


「ならしなければいい。訓練の内容は後で伝える。各個に合った物にするが、不満があればその都度言え。できる限り要求は叶えるつもりだ。意見がある者は?」


 誰も口を開こうとしない。いや、むしろ口は開いているのだから、言葉が出ないと言った方が正しいか。


 今日来たばかりで、いきなり『実践でお前達の実力を測る。殺す気で来い』と言ったのだ。その後の結果がコレ。驚いて然るべきだろう。開いた口が閉まらないと言った感じだ。


「何もないなら解散だ。言いづらい事なら後で俺の宿に来い」


 全員が帰った後、ナンバー3が拍手をしながら現れた。


「すごいですー! 一回の演習であんなに色々な事が分かるなんて、すごいカリスマ性ですね」


「確かに、演習ならすごいかもな。だが今のはほぼ実戦だ。全力を出している奴の全力を見極めるなんて誰でもできる」


 コレは謙遜でも何でもない、素直な感想だった。自衛隊所属であり、その中でも特別優秀な指揮官だった俺の父は当然できたし、俺はそれが普通で育ってきた。人の力も見極められない輩は、人の上に立つ資格がないと思っている。


「誰でもできないから褒めているんですよ! 少なくとも私の知っている限りでは1人もいませんよ」


 ならば彼女の知り合いが無能なだけだろう。そう言う直前、さっきまでの話の内容がポッカリと抜け落ちた。


「そうか……えっと、何の話だったっけ?」


「えぇ……聞いてなかったんですか? 今ちょっと認めかけたんですよ……」


「悪いな。俺は要領が悪いんだ。もう一度言ってくれ」


 彼女はわざとらしく頬を膨らませてから、諦めたようにため息を吐いた。


「もういいです。ほら、皆帰っちゃいましたし、私たちも帰りましょうよ」


 俺は彼女に近づこうと一歩踏み出した。


「ああ……そう……だな……」


 俺の視界が暗転し、力なくその場に倒れた。ナンバー3が騒いでいるようにも聞こえるが、何を言っているのか理解できない。やがてそれも聞こえなくなり、俺は暗闇と静寂に閉じ込められた。




 千鶴殿は病院に運ばれた。小生は自分の無力さを嘆くしかなかった。


 死んではいないらしい。が、この世界の文化基準では細かい状態まではわからない。小生は千鶴殿と違い、医学の知識は全くない。時間と共に嫌な妄想ばかりしてしまう。


「千鶴殿は我々転生者と違い、身体能力向上などのサポートが受けられていない身ゆえ、無理がたたったんでしょうな」


 小生やガードナー殿のように転生特典があれば、騎士団に属しながら調査をする事など容易いが、千鶴殿には多大な負担だったと思う。


 自分基準で物事を考えてしまった。反省しなくては。


「ナンバー3殿は千鶴殿の倒れる姿をご覧になっておられたはず。何か違和感を感じられなかったのですかな?」


「すみません……出会ったばかりの私には、あれが普通としか感じられませんでした。衣笠さんは違和感がお有りだったのですか?」


「まさか。俺がそんな弱みを見せるわけない」


 突然起き上がった千鶴殿は、小生達の会話に割り込んできた。小生は歓喜で打ち震えそうになったが、必死に押さえた。


「ち、千鶴殿! まだ口を開いたりするとお身体に障りますぞ!」


「それより、俺の事、誰かに言ったか?」


「いえ、小生とナンバー3殿しか知りませぬが」


「そうか……良かった。上に立つ物は弱みを見せてはならない。努力、病気、疲労、動揺。その全てが弱みだ。それらを見せるわけにはいかない」


 それだけ言うと再びベッドに体を預けた。寝た振りかと思えば、もう既に夢の中にいるようだ。ともかく、何の心配も無さそうで安心した。


 それにしても、度々千鶴殿の思慮深さは常軌を逸していると思う事がある。それだけ思考を巡らせねば、能力無しには厳しいと分かっていても、時々怖くなってしまう時もある。


「ところで衣笠さん」


「なんですかな?」


「実は既に千鶴さんは隊長なんですよ」


「そうですな。隊全体に指示を出して、立派な隊長だと思いますぞ」


「ですよね! すごいですよね。でもそれのせいでジェフさんは隊長の座を降ろされてしまったんですよね」


「はい。まあそうなりますな」


「で、元から私たちの部隊って落ちこぼれで、解体するって話があったんですよ」


「はい……はい?」


「それをジェフさんが指揮する部隊だからと抑えられてはいたんですが、千鶴さんに変わってそれがほとんど決定してしまいました」


「ハイィィィ⁉︎ 何故そのような事態に⁉︎」


「ごめんなさい! 上の方も一刻も早く私たちを追い出したいらしくて、前から計画されていた事らしくて……あっと言う間に……」


 今にも泣き出しそうな彼女をこれ以上追い詰める事はできない。小生は言いたい事をグッと抑える。それにナンバー3殿のせいではない。強いて言えば、捜査にかまけて騎士団の仕事を怠けていた小生のせい。


「ですが千鶴さんの優秀さを示す事ができれば考えも変わるはずです! なので対戦して頂ける相手をご用意致しました!」


「なんだか既に嫌な予感が……して、その対戦相手とは?」


「トップドックです」


 トップドックは騎士団の中でもエリートか転生者が集まる最強の分隊だ。騎士団長殿が直々に指揮をしているらしく、その力は他国に匹敵すると言われる分隊。


 方や、力はあれど性格や教養に多少の問題を抱えた、イロモノの分隊。指揮者を今失い、千鶴殿1人にすら匹敵しない弱小分隊。


「千鶴殿が指揮をしていれば可能性もあったでしょうが……まあその日まで頑張るしかありませぬな。して、その日程は?」


「3日後です」


 あ、これは無理だ。


「我々はそもそも集まるかどうかも微妙な集団ですぞ?」


「でも仕方ないんですよ……うぅ……トップドックと戦うくらいしなければ解体されてしまうので……」


 彼女が何故落ちこぼれの集団に落とされたのか分かった。追い詰められたら断れない性格や、そもそもの要領が悪いのでいっつも書類と睨めっこ。これで一番優秀な分身らしい。


 あれ? 勝てる可能性、結構あるんじゃないか?


「兎にも角にも、小生はこの部隊の人間を全員知らない故、先ずはそれを知らねばなりますまい」


「私たちトラッシュパンダは千鶴殿を含めて10人です」


「待ってくだされ。トラッシュパンダとは何ですかな?」


「え? 私たちの部隊名ですよ」


「初めて知ったのですが……てっきり上位の部隊じゃないと部隊名がないのかと」


「ああ、私たちはトラッシュパンダですよ。恥なので名乗りませんが。

 話は戻りますが、あなたと面識の無い人は3人です。サボり屋オーウェン。通り魔リウ。テイマーのシルバ。全員住所は分かっておりますので、会いたければ会う事もできますが、どうしましょうか?」


 小生は悩んだ。千鶴殿ならどのような事を考え、どのような手段を講じ、どのように事を運ぶのか。ずっと見ていた小生にはわかるはずだ。


 ……サッパリ分からない。彼は唯一無二が過ぎる。小生は小生らしくするしかない。


「その中で、一番麗しいオナゴは誰ですかな⁉︎ できればケモ耳ロリっ娘が良いのですが」


「ふふ。あなたらしいですね。本人は違いますが、シルバさんのペットで何匹かいるかも知れませんね」


「よし‼︎ 夢の美少女ロリハーレムを作りに、いざ出陣しましょうぞ!」


 こうして小生の地獄の三日間が始まった。いや、千鶴殿がいない時点で地獄でしか無いのだが。

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