第18話 そろそろボケたいんだ

 俺は限界を感じていた。理由は能力の使い勝手が絶望的に悪いからだ。


 相手がボケて初めて成立するツッコミ強化能力や、勝手に使われる上、使えば使うだけ自我の崩壊が発生する読む能力。特に後者は思っていたより弱い。


 最初は自我を強く持てばどうにかなると思っていたが、転生時と比べると話し方が明らかに変わっている。それだけではなく、慈悲や愛にも似たくだらない感情まで発露している。


 トランペッターとやらになるのは意外に近いのかもしれない。


 だから俺は、俺の代わりに頭脳となり、俺の代わりに武力となり、俺の代わりに死んでくれる仲間を作る事を優先した。


 そのためにやってきたのは騎士団の建物だ。入り口の前では見覚えのある若い騎士が俺を睨む。


「俺が生きているのが不思議だろ? 俺は実は幽霊なんだよ〜。うらめしやー」


「そうかい」


 つい先日まであれだけ隙が多く、若さが残っていたこの男が、今では幾多の修羅場を掻い潜った風格を携えている。何があったのか……おそらくは俺の一件で自分の愚かさを見直したのだろう。


「なんだよノリが悪いな。ちょっとくらいビビってもいいじゃねーか」


「お前の事を報告したら、騎士団長サマがお前と会いたいってさ」


 ここまで全て計算していたのか、と小さく感心の声を漏らしながら、素直な尊敬の眼差しを俺に向けている。


「え? それは困る」


 対して俺は全くの予想外に困惑していた。俺はてっきりこの男が手柄を横取りすると思って行動していた。横取りして出世したこの男を洗脳し、実質的に俺の戦力にできる事が何よりも都合が良かった。


 と言うか、そうか。人には善意があるのか。俺にはないから失念していた。


「じゃあ俺から断っておくから、用が済んだら帰って」


「それも困る。と言うかなんでお前は俺の手柄で報告してんだよ。出世のチャンスだろ。馬鹿か?」


「なんだか、前回よりウザいんだが……いいから帰ってくれよ」


「今夜は帰りたくない」


「……いい歳したオッサンが何言ってるんだい」


「はぁ⁉︎ 歳は関係ないだろ! 謝れよ。三十超えてもAVとかでこんな感じのセリフ言ってる人全員に謝れよ!」


「なんの逆鱗に触れたんだよ……はぁ」


「どうした? 疲れてるのか?」


「たった今ものすごく疲れたよ」


「やっぱり下っ端のカスは疲れるよな。ほら、やっぱ出世しようぜ」


 俺達二人が楽しく漫才をしていると、騎士団の門が開き始めた。その奥からは明るい髪色で、表情などからも明るそうな印象を受ける。一応騎士らしく重苦しそうな甲冑を着けてはいるが、胸やにの腕など、急所になる部分を露出させたその防具は実用的とは思えない。


「楽しそうだね! 君がゴブリン達を倒したって言う転生者かな?」


「なんだこの馬鹿そうな女」


「騎士団長、エマ・M・ガードナー様だ」


「マジで? Mでガードナーとか、the・誰かを守りますって感じだな」


「アハハ……初対面で名前をいじられたのは初めてだよ」


「そうか。新しい事を経験するのは人生の財産になるからな。俺に感謝しろよ」


「そ、そうだよね! ありがとう!」


 なんだか、こいつは素直すぎでつまらないな。と言うか、こいつは見た目から察するに、20代後半から30代くらいだろうか。年齢と思考力が明らかに噛み合っていない。


 だが、そこら辺の事情は裏がありそうなので口にしない。最近は真面目にやっていた分、そろそろボケたいんだ。


「まあいい。とにかくゴブリン討伐はこの騎士が依頼したことだ。俺はこいつの言う通り動いただけだ。つまりこいつの功績だ」


「何言ってるのかな。100%君の手柄だ」


「謙虚だね二人とも! 相手のことを褒め合って、仲良いんだね!」


「「仲良くない!」」


 奇しくもタイミングとセリフが重なってしまった。


「息ピッタリだ!」


「なんだよこいつ、超めんどクセーよ!」


 俺が心からの叫びを聞くと、騎士が重苦しい雰囲気を出しながら悲しそうな表情をした。


「仕方ないんだ。騎士団長様は魔王との戦いの壮絶さから正気を失われてしまわれた」


 さっきまで底抜けに明るいと感じていたガードナーの雰囲気が、無理に明るく振る舞っているように見えた。言われてみればどことなく影を背負っているような、哀しげな表情をしている。


「あーもう! 俺は浮かれた気持ちできてるんだよ! そんな重い話されたら沈むわ!」


「それは申し訳ない」


「ああ、次からシリアス出すなよ」


「アハハ。君たち面白いね! でも立ち話も疲れちゃうし、中に入って話そうよ!」


「いやだ。入った瞬間、奇襲されて捕まり、そのまま斬首刑になるかもしれないからな」


「アハハ! 何それ! そんな事ないよー。それともそんな事される心当たりでもあるの?」


「ある。指名手配されてないのが不思議なレベルである」


「本当、コイツは性根が腐ってますから、エマ様のように純粋な方が関わるとろくな事が起こりませんよ」


「……言い返したいが何にも反論がなかった。ど正論だったわ」


 軽口の叩き合いをみて、ホッとしたような表情になった騎士団長は、改めて俺の方を見た。


「本当仲良いなぁ……性格も良さそうだし、大丈夫そうだね。えっと、君の名前はなんだっけ?」


「俺は綿貫千鶴」


「俺はジェフです」


「ジェフ君は知ってるよ。千鶴君、君の功績を称えて、君に入団資格、ひいては分隊長の地位を渡すって話になったんだけど、貰ってくれるかな?」


 本意ではない。俺の望んだ形ではないが、これ以上ゴネて何も貰えずに終わるのは困る。


「仕方ない。貰ってやるよ」


 考えてみたら、この世界で初めて譲歩した気がする。普段なら更に駆け引きをして意地でも自分の考えを押し通すが、今の俺にはそんな余裕がないので仕方ない。


 返事を聞いたエマは胸を撫で下ろし、小さく安堵の吐息をついた。


「良かったー。じゃあ紹介するから付いてきてね。あ! あと、これから一応私の部下だから他の人の前では敬語使ってね。うるさい人もいるから」


「俺敬語使えないからうるさい人の前で俺と会うな」


「いい歳したオッサンが敬語一つ使えないのか。呆れるばかりだよ」


「うるせえ。ってか、どこまで付いてくるんだ。門番なら門の前にいろよ」


「あれ? 知らないの? ジェフ君はキミの指揮する分隊の一員だよ」


 俺は恐らく嫌らしい笑顔を浮かべていただろう。


「そ・う・な・の・か、ジェフくぅん。君は上司に向かってなんて口を利くんだぁ?」


「あ、言っておくけどジェフ君のお父さんは国の重鎮だからね! 私より立場は上だよ」


 俺の表情は瞬く間に青ざめた。記憶を見直してみると、彼に突然ドロップキックをしたり、仲間を殺そうとしたり、ひたすら煽ったり、散々な事をしてきた。


「い、いやでも、人間皆平等だからな。どっちが立場上とかないから。お前がどれだけ偉いとか関係ないから」


「先に立場の話をしたのはお前だろ……別にいいけどさ。と言うかエマ様! 俺の家の話しないでくださいよ」


「アハハ。ごめんごめん!」


 二人の関係は単純な上司と部下だけでなく、友人のような物なのだろうか。


「あれ? でも俺の分体って事はナンバー3も一緒ですか?」


「そうなるね!」


「危険じゃありませんか? ナンバー3がこの男の支配下になるなんて……」


「大丈夫! いざとなったら私が止めるから!」


「ちょっと待て。ナンバー3って何だ? 3番目に強いって事か?」


「いや。彼女は恐らく一番強い」


「オイオイ。騎士団長様の前で騎士団長様より強い発言か? 肝が座ってるな」


「いや。エマ様も一番強い」


「は? 一番って意味知ってるか?」


「……まあ見ればわかる」


 二人が突然立ち止まり、前方を確認していなかった俺だけは壁にぶつかって尻餅をついた。


 いや、よく見れるばそれは頑丈に施錠された壁のような扉だ。まるで収容所。だが、この他に道はなく、この扉が目的の場所であったと分かる。


 こんな部屋は分隊の入る部屋ではない。


「え? ここ?」


「ここ」


 なるほど。部外者にでも押し付けたいわけだ。内部の者では確実にやりたがらない仕事。有能なだけが取り柄の部外者は最も都合がいい。


 やらかした。緩い雰囲気に騙されて明らかに不自然な事に気付けなかった。


 二人の手により、重厚な扉がゆっくりと開かれる。


「さあ、ここが千鶴君の職場だ」


 扉の先には4人の男女が、それぞれ自由に行動していた。


 一人の女性は椅子に座り難しい表情で書類を処理している。


「来客ですかあ? ゆっくり……はできませんが、くつろいでくださいな」


 一人の男性は屈強な体を見せつけるよう、パンツ一枚で壁に拳を繰り出し、その壁を砕いている。


「あ! またやってしまった! ガハハハ!」


 また一人の女性は目を瞑りながら……いや、寝ているのか。寝ながら食事をしている。


「…………」


 最後に一人の男性が薬のような者を一気に口に放って飲み込んだ。


「はあ……まだ死ねないか……」


 イロモノ集団。それが俺の率直な感想。だがその中でも唯一の常識人に見えた、書類を整理している女性が目についた。


 容姿がエマと全く同じなのだ。服装こそ普通の鎧を帯びているが、顔や髪型、体型などはまるで同じだ。


「じゃあ後はよろしくね! ナンバー3」


 言うや否や、エマは走り去った。その速度は俺が止めようと思った時には見えなくなるほどだった。


「ナンバー3とか言ったな」


「はい。ナンバー3です」


「お前は何者だ?」


「えーと、三人目のエマちゃんって言えばいいんですかねー?」


「疑問系にされても知らんが」


「見せた方が早いですかねー」


 彼女がパンと手を叩くと、もう一人彼女が現れた。


「この子はナンバー4ちゃんです」


「む? 敵襲かのう」


 ナンバー4と言われた彼女は敵意剥き出しで拳を握っていた。


「なるほどな。分身能力か。しかも分身は分身を作り出せる上、分身は個々の性格や思考がある。と」


「おおー。すごいです! その通りです! よく分かってくれました!」


 もう一度手を鳴らすとナンバー4は跡形もなく消えた。


「何となく分かった。そりゃ一番強いわけだ。じゃあもういいや」


「え?」


「いや謎が解ければなんて事は無かった。もう興味も失せたから書類整理に集中しろ」


「なんだか釈然としませんが、そう言う事でしたら仕事に戻らさせていただきますね」


 彼女は再び難しい表情で書類を捌き始めた。


「次にてめえだ筋肉馬鹿」


「む? 俺か」


 筋骨隆々の男性はその優しい瞳で俺を見ている。発達しきって威圧感を与える筋肉とは裏腹に、どこまでも優しそうな目をしている。


「なんだ自覚はあるんだな。さっきまたって言ってたよな? 頻繁に壁破壊してるのか?」


「そうだ! 吾輩のパワーは凄まじいであろう! フハハハ!」


「凄まじい馬鹿だとは分かった。フハハ。次指定した以外の物壊したらお前を壊す」


「なぬ! 吾輩を壊すとな! いつでも挑戦は受けてやるぞ! フハハハ! フハハハハハハハハ!」


「ダメだこりゃ。じゃあ次に……オイ! 起きろ!」


 寝ていた女はゆっくり目を開けると、睡眠の妨害に腹を立てたのか、嫌な目つきで見てくる。


「……んー……ふわぁー……なぁに?」


「何じゃない。勤務時間中に寝るんじゃない」


「きんむー? よくわかんないけど、はたらけばねていいっていってたよ?」


「誰が?」


「ナンバー3」


「じゃあ寝てろ。だが耳だけは傾けとけよ。できなかったら永遠に寝かせるからな」


「うーん。おやすみ」


「最後に……」


 薬を飲んでいた男を見ると、今は頭を抱えて絶望している最中だった。


「はあ……どうすれば死ねるんだろう……」


「お前はいいや。なあジェフ」


「なんだい?」


「人数少なくないか? 分隊って10人くらいだろ?」


「まあ10人所属はしている」


「何故いない? 死んだか?」


「死んでない。みんな自由人なんだよ。この前いた老騎士……オーウェンと言うのだけれど、彼は見回りに行くと言って既に30時間は経っているな」


「終わってるな」


 俺は頭を抱えて絶望した。

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