第16話 虚勢勝負
「間に合った……のか?」
衣笠と平面野郎を呼んだ俺の目の前には、怪我を負ったアーロンがいた。身体中にアザや傷が目立ち、目も当てられないようなやられ具合だ。
「大丈夫ですかな? 小生の治癒魔法がようやく役に立ちますな」
衣笠がアーロンに近づいて手をかざすと、優しい緑の光がアーロンを包み込み、目で見てわかる速度で怪我が塞がった。
その最中もアーロンは無反応で俺を見ている。
「ありがとう。助かった、チズルの知人。最後に名を教えてくれ」
視線が合っていない事と、最後、という言葉に難色を表しつつも、衣笠は素直に名乗りを上げた。
「小生は衣笠寛之と申しますぞ!」
「そうか。ヒロユキ、悪かったな」
アーロンが衣笠に触れた瞬間、衣笠はその場で倒れた。
最初は転倒でもしたのかと思ったが、起き上がる様子がない。
衣笠の強さは分かっているつもりだ。転生者であり、複数の特典を持っている彼が弱いはずがない。
それが一瞬の内に倒されたのだ。俺は即座に戦闘姿勢を取った。
「……何をした? お前のスキルは必中の弾丸だろ」
「殺し合いの最中、わざわざタネ明かしするとでも思うか?」
「まあそうか」
俺は情報を整理した。事前情報では魔弾だけだったが、俺の例もある。スキルは複数有っても不思議ではない。
不思議な事はチンピラ共が、二つ目のスキルについて何も言わなかった事だ。単純に使っていないだけなのか、もしくは……
そこまで考えると、アーロンは拳銃を構えた。銃口は真っ直ぐ俺を向いている。
身体能力は一般人と変わらない俺にとって、銃撃は致命傷になる。
「まあ待て。お前のスキルの名前は魔弾だったよな」
「それがどうした?」
「名前の元は魔弾の射手だろ? ならば話は早い。その弾、弾数に限りがあるんだろ」
「……だったらなんだ?」
「いや、ちょっとした……」
瞬間、アーロンの隣には突如として平面野郎が現れた。横になって隠れて近づいたので、俺からすれば丸見えだったが、アーロンからすれば湧き出たように見えただろう。
「ちょっとした時間稼ぎだ」
完全に不意をついた攻撃に対応できずにアーロンは取り押さえられる。俺はそう思っていた。
だが、アーロンに動揺した様子はなく、即座にその手で平面野郎に触れた。その結果、平面野郎は無様に倒れた。
「残念。俺も時間稼ぎだ」
彼は右手を前に出して開いて見せた。そこには弾丸が握られていて、その弾丸は彼の掌で少しずつ動いている。それはやがて手から落ち、平面野郎に当たると挙動を停止させた。
「あくまでもスキルは魔弾。弾丸のスキルであって、銃は加速させるための物って事か」
「そういう事だ」
アーロンは弾丸を拾い上げながら肯定した。
「俺も本気で行かなきゃヤバいか」
「手加減なんて舐めた事してると痛い目見るぜ」
俺の場合、本気で戦うにはデメリットが酷すぎて、使うタイミングを考えなければやってられない。
ここが使うタイミングか分からないが、衣笠と平面野郎がやられたとなれば、流石に俺単体で勝てるとは思えない。
「仕方ない……『リード』アーロン」
瞬間、対峙する敵の知識が全て頭の中に溶け込んだ。
彼のスキルは3つ。必中の魔弾、記憶操作の魔手、透視の魔眼。どれも悪魔との契約による産物であり、実はスキルとは少し違うらしい。
あの二人が倒れた理由は筋肉の使い方を忘れたからだ。記憶操作は消去と複製が可能だが、逆に言うなら記憶を作り出したりなどはできない。
「リード完了。さあ来い」
「何か変わったようには見えないが……行くぜ!」
彼は銃を撃ちながら、俺の視線が弾丸を向いている間に接近を試みた。
だが俺はその行動を"読んで"いた。
俺はナイフを取り出し、自分の左手首に突き立てる。
「い……ッ‼︎」
悲鳴を押し殺しつつそのまま切り離す。こんなにも痛いとは思っていなかったが、何とか手が切り落とせた。それと同時に、すぐさま弾丸の方へと手を投げた。
弾丸は軌道を変え、左手に命中した。
弾丸の狙いは俺。ならば、俺の一部を切り離して投げつければそっちを狙う。
続いて迫ってきていたアーロンの攻撃は、うまく手に触れないように投げて対応した。
「身体能力なら俺が勝っている。そしてお前の小細工は一切通用しない。お前の負けだ。諦めろ」
「無理だ……俺が負けたら俺に付いてくる奴は一人もいなくなる。お前が負けろ」
アーロンが襲って来た理由は、彼の失態の記憶を消すためだ。彼自身、自分が支持されていない事は分かっている。なので弱みを見せれば、組織は崩壊すると分かっているのだ。
だから負けるとわかりながらも戦うしかない。
そうなれば俺が不利になる。
さっき手を切った時の出血が思いの外多く、もう意識が朦朧としている。止血しようにも、その間にアーロンに触れられてしまう。長期戦になって不利なのは俺だ。
俺もそれを悟られまいと虚勢を張り続ける。ここからは虚勢の張り合い勝負だ。
「ほら、負かしてみろ」
俺が挑発すると、易々と引っかかったアーロンは突進を仕掛けた。俺はそれをかわしつつ、足払いで地面に叩きつけてやった。
「チックショウ! 当たれェ!」
横転したままの姿勢から拳を振り回すが、俺は素早く一歩下がる事で射程外へと逃げ、そこから腕よりも射程に優れる足での反撃を加える。
「グハッ!」
アーロンは血を吐いた。内臓へのダメージではなく、ただ口を切っただけだろうが、それでも彼の動揺は想像に難くない。
「どうした? まだ戦えるだろ」
正面戦闘では勝てないと悟ったか、彼は銃を握り、適当な位置へと放った。
俺は近くにあった腕を弾丸に投げた後、アーロンの腕を蹴った。骨を砕いた感触が足を伝う。彼は力なく銃を落とした。
「まだ片腕がダメになっただけだ。これで条件は同じだろ」
強がってはいるが、先程からさほど動いてもいないのに過呼吸になり、もう時間がないと分かる。
早く終わらせなければ俺が死ぬ。だが最悪な事に、アーロンはまだまだ闘志たっぷりといった風に銃を持ち直し立ち上がった。
「その通りだ。これからが本番……だぜ!」
分かってはいたが、彼のあまりのタフさに疲れを覚えた瞬間、体は俺の命令に反して力なく倒れた。
すぐさま起き上がりはしたが、アーロンは俺の弱みを見逃しはしなかった。
「ハハ。相当無理してるようだな」
「馬鹿か。お前なんざこのくらいのハンデあって丁度いいんだよ」
「そうかよ! じゃあ死ぬまでやってろ!」
アーロンは激しい踏み込みから、俺の懐へと潜り込んだ。そして1発の銃声が鳴る。
即座にもう片方の腕を蹴り、反撃はしたが、腹に焼けるような熱さを感じる。
力なく銃を落としたアーロンの銃を奪いつつ、距離を取る。
「ハッ! スキルが弾丸にあるとは言え、魔弾は俺が使わないと発動しないぜ。それともお前が撃つのか? 立つのもやっとなお前が、正確に射撃ができるのかよ!」
確かに射撃はできない。俺は銃から弾を抜きながら語り始めた。
「昔の話だが、患部を焼いて止血する方法があったらしい。へー。焼灼止血法って言うのか。今知った。ああそう。俺の能力は必要な時に必要な知識が手に入る能力でな」
そこまで言ってもピンと来ていないのか、アーロンはアホ面で考えている。
「あれ? 知らないのか? 銃弾には薬莢ってのがあってな、そこに火薬が詰まってるんだぜ。ちなみにこの会話は時間稼ぎだ」
ようやく理解したアーロンは、俺の焼灼止血法を止めようと駆け出した。
「バーカ。この距離なら外さねーよ」
瞬間、銃を握り、1発のみ残していた銃弾をアーロンに向けて撃った。
この距離なら外さないと格好つけたが、頭を狙った弾丸は狙いを大きく外れ、腹部に当たった。
「ああ言えばお前が近寄ると思ってな……って、もう意識ないか」
止血しながら説明していたが、どうやら気を失っているようだ。致命傷になる部位には撃てなかったが、撃たれたと言う衝撃から失神したのだろうか。
……そう言う俺も、もう立っている事が辛い。止血はしたが血を失い過ぎた。それに腹部に受けた弾痕も痛む。
もはやここまでか。そう思った時だった。
「あ、あの、そろそろ小生の出番ですかな?」
「あ?」
声の方に目をやると衣笠が立っていた。
「いや小生だけHP制でありますゆえ、状態異常も時間経過で治るんですぞ。大概のRPGがそうであるように」
「え、じゃあいつから記憶取り戻してた?」
「小田原殿が気を失ったその刹那、小生の意識が戻りましたぞ!」
「なんでその時言わなかった?」
「千鶴殿が負けそうになった時、お待たせした! とでた方がカッコいいからに決まっとりますぞ!」
「あれ? お前ってそこまで馬鹿だったか?」
衣笠は豪快に笑いながら俺に治癒魔法を使った。手が生え、失われた血液はどこからか補充される。そんな奇妙な感触にも関わらず、不快感を感じないどこか、何故か快楽すら感じる。それが気持ち悪くて仕方ない。
数分としない内に全ての怪我が治り、戦闘が嘘のように疲れも消えていた。
「どうですかな! 小生の治癒魔法は!」
「めっちゃキモいな」
俺はアーロンの方を見た。こいつでなければ平面野郎を治せない。あいつは仲間では無いが利用価値がある。
とにかく、アーロンの服を脱がし、その服で手足を縛ってから衣笠に治癒魔法を使わせた。
「……あ……ん! クソ!
「まずあそこにいる平面野郎を治せ」
「……チッ! これで満足かよ」
平面野郎はゆっくり起き上がった。
「よし、次に俺達が着いた瞬間にお前が怪我を負っていた理由を話して貰おうか」
俺がリードでわかる事は、そいつがこれまでに何をして、どうなったのかだけだ。誰に何をされたのかまでは分からない。
「……話たって信じやしねぇよ」
「それは俺が決める」
アーロンは観念したように語り始めた。
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