第15話 チンピラのアジト

 アジトはまるで、少年の頃に作った秘密基地の様だった。その小汚さや、いかにも手作りという風な構造など、正に秘密基地だ。違いを挙げるとするならその大きさだろうか。


 100を優に超えるだろうチンピラが全員収まりきっている上で、更に狭いと感じさせない広さを誇っている。なるほど。これは確かにアジトだ。


「立派なアジトだな」


「そうだろ。俺の名はアーロン。ここのボスだ」


 いつの間にか俺の隣に、宵闇に消えそうなほど全身真っ黒の格好をした男がいた。身長は俺と同等でかなり小柄だが、俺と違い華奢で男ながら美しさがある。


「俺は千鶴だ。で、なぜ俺を助けた?」


「決まってるだろ。貸し借りの精算のためだ」


「そうか。義理堅いんだな」


「少し違うな。貸したのはむしろ俺たちの方だ。ついてこい」


 俺はこいつらに何かしてもらった記憶がない。借りなど作っただろうか。自分が無神経な事は自覚しているが、それを加味してもこいつらに借りがあるとは思えなかった。


 だが、完全にアウェイなこの場では、アーロンの言う事を聞く以外に生きて帰る道はない。俺はおとなしく彼に同行した。


 そして同行した先で、俺は衝撃を受けた。


「……久しぶりだな」


 俺の目の前には、金髪に赤眼で貴族風な女、つまり先日誘拐した女がいた。椅子に縛り付けられている様で、俺を見た途端暴れ出したが、すぐに無駄だと諦め、必死に俺を睨みつけ始めた。


「お前はこいつが誰か知ってるか?」


「知らないが、貴族だろ。金が毟り取れそうでいいじゃないか」


「貴族なんかじゃない……こいつは……」


 アーロンは頭を抱えながら小さく呟いた。


「……王族だ」


「王族? この女がか? 確かに気品があるし、身なりもよく手入れされているし、スッた財布には大量に金が入っていたが……え? マジで?」


 アーロンはコクリと頷いた。


「この女は何度も城をこっそり抜け出しているらしい。お前はそんな奴に絡んだわけだ。分かるか? ちっぽけなチンピラ集団が今や国家反逆の大罪人だ! こんなの金をいくら積まれても割に合わないぞ!」


「いやいや、俺が口出さなくてもお前の部下が……」


「確かに俺らも悪い。だが、お前も1%くらいは悪いだろ? その1%で俺ら全員極刑になるんだ。だから実質お前のせいだ」


「やっば。めっちゃ逆ギレじゃん。てかその言い分だとお前達は俺の99倍責任があるんだろ。なら四捨五入でもなんでもすれば俺の責任なんて0だろ」


「俺が聞きたいのは正論じゃないんだよ」


「正論って認めてるじゃねーか!」


「いいか、俺が聞きたいのはこの状況の解決策だ。どうにかして穏便に済ませられないか?」


 こいつ、都合が良すぎないか? 事態が事態だから錯乱しているのだとは思うが、その態度はないだろうと思う。


 しかし、思うだけだ。こいつらには利用価値を見出している。これだけ無数の裏道を知っている連中がいれば、闘争も追跡も優位に立てる事だろう。ならこの場で見捨てる選択肢はない。


「……こいつ、頻繁に城を抜け出すと言ったな」


「ああ、そうだが」


「ならまだ誘拐がバレていない可能性がある。普段と同じで抜け出しただけだとな」


「……なるほどな! なら今すぐ帰せば!」


「馬鹿か。この女がチクって終わりだ」


「チッ。ならどうしろって言うんだ!」


「簡単な話だ。こいつが口を開かなければいい」


 俺は静かに女に接近した。距離が縮まるにつれ彼女は怯え出し、体を縮めながら逃げようとする。が、当然拘束されている彼女は逃げる事もできず、叫ぼうにも口も縛られているため声にならない声が溢れるばかりだ。


「んー! んー!」


 最早手が届く距離まで近づいた時、彼女の恐怖はピークに達したのか涙を浮かべた。


 次の瞬間、俺は袖に隠していたナイフを取り出し、切り裂いた。




「悪かった!」


 俺が額を地面に擦り、土下座を見せた後、遅れてナイフで切り裂いたロープが地面に落ちた。


「え?」


 彼女は状況が理解できないと言った風で、数秒虚空を見た後、ようやく俺の方を睨みつけて口を開いた。


「あれ? 自分で言うのもおかしな話ですが、私を口封じのために殺すのではなかったのですか?」


「そんな事したら本格的に詰みだ。流石に国を敵に回せば捕まるのは時間の問題だからな。それくらい分かれ」


「では口を開けなくする、とは一体……」


「お前に許してもらって、口を開かないでもらう作戦だ」


 我ながら完璧な作戦に身震いする。誰も口を開かず静寂が流れるのも、俺の崇高な考えに感服しているからに違いない。


「はあ、なるほど。色々言いたいんですが、一つ伺ってもよろしいですか?」


「なんだ? なんでも答えてやるぞ」


「何故そんなにも上から物を言うのですか?」


「ダメか?」


「ダメと言いますか、許してもらおうとしているのですよね?」


「ああ、そうだ。何度も言わせるな」


 彼女は呆れたようにため息を吐いた。いや、彼女だけではなく、その場の全員が同様のため息を吐いた。


 肥溜の様な最悪の雰囲気の中で、雰囲気を変えようとアーロンは口を開いた。


「まあでも、作戦はわかった。本人に言うのは論外だがそれしかないとは理解した。なら徹底的に媚びるか」


 彼が軽く指を鳴らすと、何人ものチンピラが集まり、女に跪いた。


「俺らアーロン一味は貴方様に完全服従する……ます。なんでも命令してくれ……さい」


 アーロンのあまりに下手な敬語に堪えきれず、鼻で笑ったが気付かれなかった様だ。


「これで満足だろ。許してくれるよな」


「逆に何故これで許すと思われたのですか? はあ、とりあえず財布返していただけませんか?」


「ああ、財布だな……ちょっと待てよ……」


 俺はズボンのポケットを弄った。が、ない。おそらくはキーラとの戦いの最中か、街を駆け回って逃げている最中か、そのどちらかで落としたのだろう。


 俺は半笑いを浮かべて、女を見つめた。


「まさか……」


 彼女は顔を真っ青にしていた。


「まあまあ。これも勉強だ。お前もあまり大金を持ち歩くのは良くないと分かっただろ。ちょっと多額の授業料だと思え」


 もう縄で縛られていた時の方が幾分かマシだったと思わせるほどの悲壮感を漂わせる彼女に、チンピラ共は揃いも揃ってワナワナするばかりだった。


「はあ……さっきからお前お前って仰りますが、私はルカノール=ニールセンと言うお父様から貰った名前があるんです」


「ふーん。"貰った"名前か……それは悪かったな。エタノール」


「ルカノールです」


「ああ悪い悪い、マリノール」


「ルカノールです」


「それでだヨタノール」


「……もうなんでもいいです」


「そうか。俺は綿貫千鶴。よろしくなルカノール」


「聞こえてるじゃないですか! もう、なんなのですかあなたは」


 ルカノールはわざとらしく頬を膨らませた。その姿は、いわゆるぶりっ子を彷彿とさせ、早い話が俺を苛立たせた。


 だがどうする事もできないため、俺は話を続けた。


「早速だが、そろそろ外に出るが、お前も来るか?」


「え? 外に出てもいいなら出ますが、本当にいいのですか?」


 アーロンは待てとばかりに俺の体の向きを変え、ルカノールに背を向けて話を始めた。


「ちょっと待てよ。もし外で姫が口を割ったら俺達は死ぬんだぞ」


「なら延々閉じ込める気か? それで許されると思っているなら俺を殺してでも止めればいい。どうせそんなノータリンどもと一緒に居たところで先は長くないだろうからな」


 アーロンの手を振り解き、ルカノールの方を見る。


「城から抜け出すほどの用があったんだろ? 俺らの事を他言しないなら外出くらいさせてやれるが、どうする?」


 ルカノールは戸惑いながらも、覚悟を決めた顔付きに変わり、


「他言致しません。外出させてください」と頼んできた。


「よし。そこのお前。姫サマを外にお連れしてやれ」


 近くのチンピラ女の肩をポンポンと叩いてそう命令した。


「触んなゲス野郎」


 肩を触れた手を叩かれ、その勢いで股間を蹴り上げられた。


 何故これほど嫌われているのかは分からない。心当たりがないので分からないと言うよりは、心当たりがありすぎてどれが悪いのか分からないが、そんな事を気にも止められない程の激痛が脳天まで衝撃を与えた。


「ウガァァァァァ! つ、潰れた! 絶対潰れたって!」


 蹴られた箇所の上に手を置きはすれど、触れる事はできない。そんな事をすれば耐え難い激痛が襲うのがわかりきっているから。そのため触れるか触れないかのギリギリの位置に手を固定しながら、悶絶し転げ回っている。


 だから生存確認ができない。だが男が感じ得る最高クラスの痛みに、使用せずに戦闘不能になってしまったのではないかと不安を感じずには居られない。


 そんな痛みに身悶えている間、蹴った女は耳障りそうに片耳を塞ぎながらルカノールを外へエスコートしていた。


「チクショウ! アイツなんなんだよ! あんのドブスが!」


「黙れ!」


 突如怒りを露わにしたアーロンの蹴りが、またもや股間に炸裂した。先程の痛みがまだ治っていないタイミングでの追撃により、痛みは足し算ではなく乗算。もはや悲鳴を上げる事すらできない痛み。


 しかし、何故突然攻撃されたのか、まるで見当がつかない。


「俺の彼女オンナを悪く言うのは許さない」


 こいつとあの女、付き合っていたのか。だからアーロンの話を聞かない俺に腹を立てた女が俺を蹴り、その女を罵倒したせいでアーロンが蹴ったらしい。


 なんて自分勝手な奴らだ。愛を盾にすれば何をしてもいいと勘違いしているのだろうか。カップルを見かけると中指を立てずにはいられない衣笠の気持ちが多少はわかる気がする。


 真面目に桜桃園の誓いでも誓おうかと悩む程度には、カップルへの憎悪が心を蝕んでいた。


 やがて痛みが引き、もう十分に立ち上がれる様になった時、ようやくムスコの生存確認ができて胸をなでおろした。


 立ち上がり周りを見ると、すでにアーロンはいなかった。予想はしていたが腹立たしい。


 ルカノールの後をアーロンが付けるのは予想できていた。不安に思ったアイツがこっそり尾行しないわけがない。だからこそルカノールには外出を許可した。


 予想外だったのは、チンピラとは言え集団のボスがあんなにもちっぽけな男だった事だ。すぐ感情的になり、口論も弱く、論理性に欠く。ボスとして最悪だ。


「チクショウ……まだ痺れてくるぞ……お前たちは何故あんな奴の下に付く?」


 近くにいたチンピラ共に聞いてみた。その中には俺と一緒に姫を誘拐した男がいたので、そいつが他の奴らの代わりに口を開いた。


「負けたんだよ。アーロン一人に、俺たちは負け続けた。だから傘下に入った。それだけだ。忠誠心なんざあの女以外持ち合わせちゃいないぜ」


 あの細い腕に、この100人以上の男達が負けたのか。想像できないが、この世界ではあり得る事なのだろう。


「……なら奴のスキルを教えろ」


「魔弾。アーロンの放った弾は自動的に追尾する……奴が銃を手にしたら負けだ」


 俺は激痛に耐えながらアジトを後にした。そんな能力があるとは分からずに姫の監視につけたが、奴が少しでも暴走し、引き金を引いてしまえば、瞬間に姫は絶命してしまう。それは、俺たちの死も意味する。


 外に出てもジェイドや冒険者達はいない。おそらく諦めてギルドに戻ったのだろう。だとしても確認する気はない。不用意に奴らと会い、また追われては堪った物ではないし、俺には時間がない。


 俺の向かった先は宿だった。あの平面野郎と衣笠が待っている宿だ。奴らに報告するために足を伸ばす。

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