第14話 女神
「さ、再会してまたそれですか」
女神は頬を抑えながら冷静に言った。さっきまで床に倒れていたのが嘘の様に、体は自由に動いてくれる。
「まだまだ足りねえぞクソ女神。俺の脳みそにどんな細工しやがった」
「ええっと、その前に一つ確認なんですが……」
「ダメだ。全部話してからなら質問は許す。じゃなきゃ
「ええっ……なんて自分勝手な……ならいいますけど、あなたに施したのは少しの状態異常耐性だけです。覚えありませんか?」
俺は女神をまたもや殴り飛ばした。
「質問するなって言っただろ!」
俺はそのあとゆっくり思考を巡らせ、記憶を辿った。
そうだ。確かあのスイカイチゴの事を村長はこう言っていたはずだ。
『紅い宝石のように綺麗な果実を成す植物があるらしいのですが、それを口にすると、一週間の間、死んだ方がマシと言うほどの腹痛に襲われるらしいのです』と。
だが実際の所はもう痛みなど忘れていた。腹痛が無くなった時も気づかない程度の痛みだった。死んだ方がマシなんて事はなく、活動になんの支障もなかった。
「それの影響で毒殺や呪殺などを多少防げます。私の干渉は以上です」
「そんなはずねえ。なら俺の頭に知らない知識があるのは何故だ」
「それはあなた自身のチートスキルです。あなたはツッコミのチートスキルの他にも、本を読むチートスキルがあるんですよ」
「本を読む? 俺は読んだ覚えのない知識があって困惑してるんだ」
「あなたのはチートスキルですよ? ただのスキルではありません。あなたの本を読むというのは、その気になればオムニバース上全ての本を知識として理解できる能力なんです。そして、能力が必要に応じて自動で知識を与えてくれるんです。それがあなたの知らない知識の正体です」
なるほど。それは紛れもなくチートスキルだ。それも俺が想像しうる中で最高の能力。それだけの能力が俺には隠されていたのか。
「それで、それはどうやったら発動できるんだ」
「その前に忠告……をすると殴りますよね。じゃあ教えますが、手を軽く開いて『
「じゃあ早速、『
瞬間、俺の周囲には大量の本棚が現れた。
「次はどうしたらいいんだ?」
「あとは知りたい事を言うだけで、それに関する全ての知識が手に入ります」
「そうか……なら手始めに……女神!」
俺の頭に知識が流れ込んでくる。しかしそれに違和感や嫌悪感はなく、まるで最初から知っていたかのように記憶に溶け込んでゆく。
やがて俺の頭には完全に彼女に関する……いや、オムニバース上の全ての女神の知識が脳に刻まれた。
「……凄いな……」
俺の語彙では表現できずに言葉が詰まってしまう。
「その能力の欠点はそれです。ヒトの身には余る強力な力……精神が保てなくなるだけの知識を取り入れた瞬間、あなたは人間ではいられなくなります」
「……お前みたいに、神になるのか?」
「……私は運よく女神になりましたが、そうなるのは稀です。大半は
それは困る。日本に戻れた時に正気でいなければ、日本に利益をもたらせない。このチートスキルの使用は必要な時だけにしよう。
「ところで、チートスキルを2つ持っているのは珍しいのか? 俺の知っている限りでは俺しかいないんだが」
すると女神は黙って下を向いた。
「どうした?」
「……先に言いますが、あなたはイレギュラーです。3つもチートスキルを持ち、その一つ一つが世界をどうにかできる力なのですから」
「ちょっと待て。チートスキルが3つ? 俺のチートスキルはツッコミと本を読む能力だけだぞ。まさか、まだあるのか?」
「……あります。ですが、あなたには教えられません。3つ目は真の意味で神すら倒せる能力です。それは人の身にはあまりにも巨大です」
俺はナイフを構えた。これまでのツッコミとは違い、明確な殺意を向けている。
「教えろ。その力」
「力尽くでは無理だと分かっていますよね」
俺は彼女の全てを知っている。だから、今までのツッコミは、彼女の戯れで当たっていた事を知っている。
彼女のチートスキルは守護。守り、守れる力を与え、守られる。それが彼女の力。その気になれば守れる力を与える力で自己を無限に強化し、守られる力で物質を操る事ができる。最強に限りなく近い彼女に、俺が勝てる確率など万に一つもないだろう。
だが彼女はこう言った。俺の能力は神すら倒せる能力だと。
無意識に、その力の一端でも発動できたのなら、勝ち目がある戦いだ。そしてそれだけのリスクに見合ったリターンもある戦いだ。ならばやるしかない。
「リード、女神」
俺は女神に関する本の中でも、未来に執筆された本を読んだ。
「あ、ズルい! 卑怯ですよ!」
……卑怯はどっちだ。未来では全ての並行世界において、戦えば確実に俺が殺されていた。3つ目の能力など嘘なのではないかとすら思えた結果だった。
「降参だ。今日は何も詮索せずに帰るとする。はぁ、帰ったらまたキーラと戦闘か」
「それなんですが、あなたはあの世界で平穏に過ごす気はありませんか?」
俺は大きくため息を吐く。
「日本のない世界でか? いやに決まっている」
「あなたは勇者じゃないんです。ただの生まれ変わりとしてあの世界に送られるはずだったあなたが、これ以上世界の核心に触れるなんて……ましてや世界を滅ぼすなんて……」
彼女は震え始め、顔を両手で覆った。
その両手の隙間から滴が零れ落ちる。
「か、彼が許してくれません……」
瞬間、空中に魔法陣が現れた。また異世界に戻るのかと思い目を瞑った時に、すれ違う様に、誰かが魔法陣から現れたように見えた。
気付けば俺はキーラの家にいた。あの誰かが『彼』だったのだろうか。真実が近づいた気もするが、離れた気もする。だが存外近いかもしれない。
なぜなら、目の前にいるキーラには、彼がやったと思われる凄惨な傷跡が残っているからだ。
「おいキーラ! しっかりしろ!」
彼女の肩を掴み揺らすが、返事がない。脈はあるようだが、呼吸をしていない。危険な状態だ。
まず俺は気道を確保してから、胸骨圧迫をした。すると呼吸を始め、すぐに意識を取り戻した。
「ガハッ……! あ、ありがとう。チズル」
消えそうな声で感謝を告げる彼女に、俺は謝罪の気持ちでいっぱいになった。
俺が知識の正体など知ろうとしなければ、女神と俺が話す事もなく、彼も訪れなかっただろう。
「勇者が来たんだ……勇者は別格だった……」
かつての仲間になんて事をするんだ。狂っている。そんな者が勇者でいいはずがない。
俺が憤慨していると、キーラは自嘲するように笑った。
「ハハ……勇者との約束……守れなかったか……」
「もういいだろ。そんな奴なんて」
「ダメだ。唯一の仲間なんだ。彼との繋がりが無くなれば私は真の意味で孤独になってしまう」
彼女は孤独を恐れていたのか。俺も分かる。孤独への恐怖。孤独はやがて自分がこの世界に存在しないのではないかという錯覚に変化する。だから俺は孤独が嫌で、とてつもなく恐ろしい。
だが、彼女は同時に裏切りも恐れているのだろう。勇者や、同じ街に住んでいた住民が行った裏切りが、彼女の胸に傷痕を残したのだろう。
だから、彼女の発言が許せなかった。
「孤独だと? ふざけるな。俺がいるじゃないか」
俺を友と呼んでくれたのに、その友がいてなお孤独と嘆くなど、贅沢にも程がある。その姿勢が堪らなく許せない。
「だって、君はこうして私を倒そうとしていたじゃないか!」
冷静なキーラが珍しく怒りを露わにする。
「だったらジェイドがいるだろ。あいつは友達じゃないのか」
キーラは黙って考え込む。少し待つと、彼女は涙を流し始めた。
「ジェイドも……友達だ」
「一人でもそういう奴がいるなら忘れるな。そして二度と孤独なんて口にするな」
キーラは涙を拭き取り、普段の微笑みを見せた。
「そうだな……彼女には悪い事を言ってしまった」
「なら謝りに行くか」
「え?」
「悪いと思うなら謝るしかないだろ」
「でもここを離れるわけには……」
「もうそんな約束いいだろ。大抵の事はごめんで許すのが仲間だ。それで許してくれなければ、そんな奴最初から仲間なんて呼ばない」
「そういう物なのか?」
「そんなもんだ」
俺は立てないキーラを背負い、ジェイドのいる所に向かった。キーラには寝てもいいとは言ったが、彼女は顔を赤らめながら「こんな状況で眠れるわけがない」と拒否された。
冒険者ギルドに着くと、見事に全員坊さんのようになっていた。まるでどこかの寺だ。
「あ、チズルさん! どこ行ってたンスか……って女⁉︎ しかも傷だらけだがかなりの上玉ッスね……まさか、誘拐!」
「してな……」
俺は言葉が詰まった。誘拐はしてないが、協力ならした事があった。だから言い切る事ができなかった。だから目を逸らし、額に汗を流しながら黙った。奥でジェイドが「またかぁ」と呟く。
「勘違いして欲しくはないが、私はチズルを殺しに来たのであって、誘拐なんてしないよ」
俺はキーラの口を塞ぎ、
「間違ってないがもっと言い方あっただろ!」と小声でツッコんだ。
「あれ? キーラだ!」
奥からジェイドの声が聞こえたと思った瞬間、彼女はキーラに飛びついていた。
「あ」
俺とキーラとジェイドの声が共鳴した。次にはジェイドが吹き飛び、天井にぶつかっていた。
「いてて」
「ふふ。相変わらずだな」
「そんな事ないよ!」
二人の仲の良い姿を見て、俺が邪魔してはいけないと思った。
「良かったな。じゃああとは任せたぞ」
そうしてその場を離れようとした時、ジェイドと坊さん……じゃなかった。冒険者が俺の肩を掴んだ。
「あ、ちょっと待ってよチズル」
「チズルさん。ちょっと話があるンスけど」
「止めてくれるな。俺にはやる事がある」
俺は爽やかな雰囲気を出しながら、両手を払いその場から離れようとした。
「キーラに酷い事したんでしょ。許さないよ」
「俺もジェイドちゃんと同じッスよ」
さっきまでの穏やかな雰囲気が嘘のように、殺気が俺に突き刺さる。
俺は走り出していた。彼らに捕まればどんな事をされるのか分かった物ではない。
脱兎の如く疾走している最中、後ろが気になり振り向くと、坊さんが10人に増えていた。
「まてゴラァ!」
「逃すな! とっ捕まえろ!」
「ブッ殺せ!」
酷い掛け声が、早朝の街に響き渡る。
「そんな言葉使うから犯罪者だと思われるんだよ!」
それを聞いた坊主どもは心なしか失速した。これなら逃げ切れると前に向き直した。
「おりゃ!」
瞬間、顔にジェイドの拳がめり込んだ。衝撃でぶっ飛んだ後、着地時に受け身は取ったのだが、現状は絶望的だ。先回りされてしまい、前方にはジェイドが、後方には坊主集団がいる。この道に横道などなく、詰んでいた。
「もう逃げられないよ。今度こそちゃんと反省してね」
にじり寄る彼らから逃げようと、壁の方に後退りをした。
背中に壁が当たり、少しずつ距離が縮まり、いよいよダメだと思った瞬間。
「こっちだ!」
壁は半回転し、景色が一変した。そこにいたのは、いつぞやに誘拐を唆した不良グループだった。
「何を惚けてやがる! その壁も奴らなら壊すのは時間の問題だ! 早く来い!」
俺は腕を捕まれ、更に奥へと連れて行かれた。その通路にはまるで忍者のような仕掛けがいくつもあり、地下を行ったり、水の中を進んだりした先には、
「ようこそ。我らのアジトに!」
彼らのアジトがあった。
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