第13話 冒険者ギルド

 冒険者ギルドは、スラム街の酒場を思わせるみすぼらしい内装だった。中の人もそれに似合ったイカつく小汚い連中が揃っている。


「汚えな。ここで食べるのか? 食欲無くなるんだが」


「シー! そんな事言っちゃダメ!」


 俺は素直な感想をジェイドに話すと、それが耳に入ったのか男たちがギロッと睨み、一人が接近してきた。おそらく、彼の太く立派な腕から放たれる拳が擦りでもした途端、俺は死ぬ事になるだろう。


 だが、俺の隣にはジェイドがいる。彼女の力ならどんな暴力からも俺を守ってくれる事だろう。


 しかし、俺は余裕のある表情を少し崩していた。というのも、男の表情があまりに険しく、図体もあまりに巨大だったからだ。身長だけで見れば俺の倍はある。俺の身長は150センチ程度しかなく、自他共に認める低身長だ。それを踏まえても、その倍ならば相手は3メートルの巨人という事になる。


 遠目に見ていた時は分からなかった。というよりは、この場の全員がほとんどその体躯なので、まるで違和感がなかったとでも言えばいいのか、とにかく彼のサイズは抜きん出ているようには見えなかったのだ。


 その事実が何を示すのか。それはつまりこの場の全員が3メートルを優に超える巨人だらけだという事実を示す。


 冷や汗をかくし、チビりそうになる恐怖だが、それより強いジェイドがいるという安心感が俺にはあった。彼女は言わば命綱だ。


「ここ、未成年入店禁止はいれないないッスよ」


「あ、ごめんなさい」


 命綱は呆気なく消え去った。


「お兄さん。ちょっと一緒に飲もうか」


 男が険しい顔を崩さないで俺に迫ってくる。


「い、いやぁ。俺は酒はあんまり飲まなくてな……」


「飲もうか」


 威圧が更に険しい物に変わった。


「は、はい」


 俺は恐怖に負け席についた。すると目の前に酒が提供される。


 ギルド全員が『飲め!』と視線で威圧してくる。


 毒でも入っているのかと疑ったが、入っていても飲まなければ即座に殺されそうな雰囲気だ。


 腹を括り、酒を口に運ぶ。実は本当に酒をあまり飲まない俺には、これがいい酒か悪い酒か、はたまた毒の味が混じっているかそうでないか、皆目検討がつかない。


 ただ、子供舌で甘党の俺からしたら、辛いし苦いし、飲めた物ではない。だが、それを押し隠し、一気飲みした後、真っ青な表情で吐きそうになりながら、


「うまかった」


 と言うしかなかった。周囲では大男達が歓声を上げている。その声が頭に響き、ストレスとなって体に溜まる。


「うるせぇよッ!」


 気付けばそう叫んでいた。俺の声に全員がシンと黙った。俺自信、自分が何をしているのか分からなかった。だが、体が暖かく、妙に気分か高揚していて気が大きくなっているのは分かった。


「おうその調子ッスよ! このギルドの悪い所をジャンジャン言ってください!」


 大男は怒るでもなく、唐突に俺を褒めた。それに気を良くした俺は、更に言葉を紡ぐ。


「まず汚え。豚小屋かってくらい汚え。こんな汚くちゃ衛生面が心配になって食欲も湧かねえだろ」


「ああ言われてみればそうッスよね! おらお前ら! 今から清掃だ!」


 大男の半分が箒や雑巾を持ち出し、片っ端から掃除を始めた。


「掃除した所歩いて汚すんじゃねえよバカ野郎! まずはテメェらの靴を綺麗にしてこい……ってか、お前ら身なりが汚すぎるんだよ。だからギルドの雰囲気も悪くなってんだろ」


「えー、でもカッコよくないッスか? アウトローって感じで」


「カッコいいってのは服装で出るもンじゃねぇ。着てるやつが出すもンだ。が、清潔感はある程度服装で出せる。つまりそう言う事だ。あとは髭も剃って髪型は7:3分にでもしとけ」


「あの……ハゲはどうすれば?」


「袈裟でも着とけよ。ある意味一番清潔だぞ」


「ッ! 分かってきたッスよ! 聞いたかみんな! ハゲに袈裟が一番清潔らしい。今スグ全員分の袈裟を用意しろ!」


 なんだかあらぬ方向に勘違いされた気もするが、彼らの熱意を無駄にはできない。俺は笑いを堪えながら、持っていた大剣で唯一の個性とも言えるモヒカンを斬ろうとしていた男に質問した。


「ところで、これは何なんだ? 何で俺に悪口を言わせる? お前たちの噂を聞く限りでは、悪口言った奴はブチ殺しそうな話ばっかり聞いていたんだが」


「……そうッスよね。俺ら、こんな身なりだから犯罪者集団だとか、グレーな仕事も請負ってるとか、色々嫌な噂があるンスよ……」


「だからその噂を払拭するために誰かの意見が聞きたかったのか。酒を飲ませたのだって、酔わせて遠慮のない意見を聞くためってわけだ」


 元モヒカン男は、申し訳なさそうに静かに頷いた。


「なるほどな……ならいい作戦がある。来い! ジェイド!」


 俺が叫ぶと、扉越しに聞いていたジェイドが入ってきた。


「こいつが店員でもすりゃ、多少はまともになるんじゃないか」


「いやいや、雰囲気よくしたいって言ってもここ酒場ッスよ。こんなちっちゃい女の子、危ない目に遭うかも……」


「大丈夫だ。こいつ以上に危ない奴はいない。試しに、ここで一番の力自慢は誰だ?」


「俺ッス」と手を挙げたのは、一番最初にジェイドを追い出した男だった。


 その上げた手と、ジェイドの小さな手を取り、合わせて机の上に腕相撲の形で置いた。


「これで左に押し合って机に手が付いた奴の負けだ。分かりやすいだろ?」


「お嬢ちゃん。かるーくやるだけだから怖がらないでね」


 大男は優しい声で怯えないように声をかけている。見た目に似合わなすぎて、逆に不気味だ。


「うん。よろしくね」


「準備はいいな。レディ……ゴー!」


 瞬間、大男は宙を舞った。腕は曲がってはいけない方向に曲がり、机には拳の跡として穴が開いている。


「あ、ごめんなさい。強そうだったから半分くらい力出しちゃった」


「とまあ、こんな感じだ。馬鹿みたいに強いから安心しろ」


 ジェイドは俺の話も聞かないうちに、自分の袖を噛み千切り、相手の腕に巻きつけて応急処置を始めた。何か固定する物がなければあんなのは縛って痛めつけているだけだが、まああれが彼女なりの優しさなのだろう。


「い、いてぇ。でもこれなら安心……ッスか? むしろお客様が心配なンスけど」


「まあそうだが、多少むさ苦しい雰囲気も治るだろ?」


「そういうものッスか。でも、本人の意見がまだ……」


「いいよ。みんなの役に立ちたいし、それに冒険者になりたいと思ってたところだったし」


「マジっスか! 本当助かります! お礼に、何か好きな物を奢らせて欲しいッス!」


「じゃあカレーが食いたい」


 唐突に彼の表情が曇った。何かおかしな事でも言ってしまったのだろうか。 



「カレー……? カレーってなンスか?」


 カレーを知らないのか。キーラがよく作るのでメジャーな食べ物だと思っていたのだが。


 ……いや、よく考えればそんなレベルではない。毎度毎度作る物はカレーに似た物か、カレーだった。来たばかりの時から違和感を持っていたが、これはもしかしたら……


「分かったぜ。あいつの攻略法!」


 俺はそう叫び、スグにギルドを出た。


「それにしても、この街にあんな酒豪がいたなんてな」


「ちょっとマスター。何飲ませたんだよー」


「これは異世界人が持ってきた品でな。スピリタスって言うんだ。スグに酔わせたいって言ってたから一番強い酒を飲ませたが、帰る時はふらつきもしなかった。いるもんだな。酒豪って」




 街を出た時はもう夜だった。キーラの家に着いた時刻は0〜1時頃だろうか。少し眠気が襲ってくるが、まだ抗える程度だ。


 音も立てずに家に入ると、椅子に座っているキーラがいた。


「ハハ。来ると思ってたよ。なんとなくだけどね。じゃあやろうか」


 最低限の会話が終わると、彼女は静かに構えを取った。


 それと同時に、俺も構えた。今回の構えはボクシング。威力は能力でカバーできるので、スピード特化のこの構えが最善と判断した。


 もし俺が来なかったらどうしたんだ、とツッコむか考えたが、おそらくそれは正しくない。彼女は武に関する野生の感があり、命の危機などを自動的に教えてくれるのだ。


 正しくないツッコミは、イコールで鋭くないツッコミだ。それでは満足な威力が出せず、更には俺の能力がバレてしまう。そうなれば二撃目は当てさせてもらえないだろう。


 一撃で倒す。それ以外に勝ち筋はない。だからこそ、下手に手出しできずに戦いは硬直していた。


「来ないなら……私から!」


 彼女の踏み込みは床板を変形させるほどの威力。それを速度に変換しているのだから、俊足なんてレベルではない。文字通り、目にも留まらぬ速さだ。


 そして移動の勢いも併せた、最速の拳。観てから防げる速度はとっくに超えていた。


「シュッ」


 俺は短く息を吐きながら、その拳を避けながらボディにカウンターをした。残念な事に能力は上乗せできなかったが、鋭いカウンターがボディに入って無事な人間などいない。


「な、何故……」


「視線や筋肉の収縮から次の攻撃は予測できる。動作が見えなくとも、俺はリハーサルでもしたかの様に先読みして反撃できる」


 キーラは自嘲気味に笑いながら、ゆっくり立ち上がり、再び構えた。


「タネを明かさなければ、君が勝っていただろう」


 これでキーラは俺の手の内が先読みだけだと勘違いしたはずだ。


「タネを明かしたところで、お前にはどうしようもないだろ?」


 口ではそう強がったが、内心は違う。彼女ほど優秀な戦士なら俺程度の技は二度も通用しないだろう。


「ハァ!」


 キーラは再び拳を繰り出した。俺は再びカウンターを顎に当てた。


 脳震盪で立っているのがやっとなはずだ。そのはずなのだが……彼女は受け流したり避けようともせず、真正面から受け止めた。


 次に俺の手を握り、


「ウガッ!」


 小指から指を折り始めた。


「負けを認めてくれ。君をこれ以上傷つけたくない」


 彼女の顔面に拳を叩き込もうとするが、俺の掴まれている手で防がれてしまう。結果として、俺にばかりダメージが及ぶ。


「そ……それはこっちのセリフ、だぜ。ハァ……ハァ……俺は次に必殺の一撃を放つ……頼むからここで引いてくれ……」


 俺の精一杯の強がりを聞き、ため息を吐いたキーラは、俺の腕を高く掲げ、素早く下に下ろした。その先には彼女の膝が構えてある。腕ごとへし折るつもりだ。


 すかさず俺も、残っている手で必殺の拳を繰り出す。そして俺の用意したツッコミは……


「カレーなんてどうやって作ってるんだよ‼︎」


 突然のツッコミに一瞬反応してしまったキーラは、視線を腕から俺の顔に移した。


 その瞬間に命中する顔面へのパンチツッコミ。威力、当たりどころ、鋭さ。どれを取っても最高クラスの一撃ツッコミはまさに必殺。


 キーラは後方の壁まで飛ばされて気絶した。


 闘いが終わると、その安堵感から痛覚が復活した。折られた指が痛いと感じた瞬間、俺は勝利を再確認できた。


「勝った……俺が……俺の勝ち……だ!」


 痛覚と共に復活した疲労に体を任せ、俺はその場に倒れた。


 …………瞬間、俺の脳裏には、何故かあの言葉が過った。


『スキルは、先天性以外にも努力でも習得できるんだ』


 努力でスキルが手に入るなら、これまでひたすら侵入者を倒してきたり、それに伴った努力をした人物には当然スキルが手に入るはずだ。


 つまり……


「君……には、負けられ……ない! まだ勝負は決まってない!」


 キーラは再び立ち上がった。今思えば彼女の異常な呼吸量なども、身体能力上昇か何かのスキルによる物だったのか。


 俺も慌てて立とうとするが、指一つ動かない。


 万事休すか。そう思った時、俺の体は光に包まれた。


「なん……だ? これ」


 俺は一瞬の眩い光に目を瞑った。


 次に目を開くとそこは暗闇の中だった。そしてその暗闇の中には痴女のように肌を露出させた女がいた。金色の髪に、青い目。立体的な顔立ち。完全に外国人の顔立ちだ。


「お久しぶりですね。綿貫千鶴さん」


 忘れもしない。この顔は……女神だ。


「久しぶりだな……女神様。そして……」


 俺はまるで街灯に引き付けられる羽虫の様に近づいた。狂信的に、無心に、か細く、力弱く、ゆっくりと近づいた。


「俺の能力だけ適当過ぎだろ!」


 そして思いっきり殴ったツッコんだ

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