第12話 WIN-WIN-WIN
それから俺は、観察を始めた。気配を消し、キーラの生活を四六時中見張る。まるで行き過ぎだストーカーの様だが、俺のスキルはツッコミだ。ボケを見つけない事には、スキル使用すらできない。なので仕方ない事だと割り切って観察を続けた。
結果、何もボケなかった。彼女は真面目な性格で、人に優しく、ものすごく強い事は分かった。そんな完璧な物だから、ツッコミを入れる様な事がない。
日も暮れかけ、やはり一人では無理かと諦めた時、俺は妙に腹の空く匂いを嗅いだ。気付けばキーラは夕食を作り始めており、大きな鍋を取り出し、火にかけたと思うと、細かく切って適当な素材を無造作に中に放り込んだ。
そして大量の水を入れた後、これまた大量のスパイスを投入する。この一連の動作で彼女が作ろうとしている物が分かった。
カレーだ。それを見て腹の減った俺は、昨日貰ったカレーの余りを一口食べた。カレーは二日目の方が美味しいというが、今日のカレーはどこか味気ない。キーラには、一緒に飯を食べると美味しくなるスキルでもあるのだろうか。
「それ、美味しくないの?」
いつの間にか、目の前にはジェイドが居た。彼女は物欲しそうに俺のカレーを見ていた。
「食うか?」
「うん!」
俺はサバイバルセットから皿を取り出すと、カレーの半分を分けてジェイドに分けてやった。
考えてみれば、最初と逆の構図だ。
食料がなくて困っていた俺に、彼女なりの食料を分けてくれたのが、俺たちの出会いだった。それが今は食料を分け与えているのが俺だと言うのだ。
あの時は生き延びるのも大変だった。今も大変だが、仲間がいる分多少は安定している。もっとも、その仲間が不安定ではあるが。
俺の状況は少しずつ良くなっている。だからこそ、さらに強欲になり、不幸を敏感に感じ取り、幸福に対しては鈍感になっているんだろう。人間なんて、一つの欲が満たされれば、次のさらに大きな欲が出る物だから。
そんなどうしようもない感情を整理する為にも、まずはエネルギー補給だ。俺はカレーを口に入れた。
「……美味い」
味気の無かったはずのカレーが、どうしようもないほど美味いと感じた。俺は喉に押し込むように勢いよく完食した。元から少なかった物を、ジェイドと分けたので腹を満たすには足りなかったが、心は十分満たされた。
「これキーラのカレーでしょ? 美味しいよね。家事ができる人って憧れるなぁ」
ジェイドも完食したようだ。彼女も物足りないだろうに、年齢相応の愛らしい笑顔を見せていた。普段鬱陶しく思っていた彼女から、ペットの様な無邪気な可愛さを見いだせた。
ペットの様に頭でも撫でてやろうと、手を頭に乗せた。
「ん? どうしたの」
とジェイドが顔を赤らめて首を傾げた途端、無性に腹がたったので、撫でる代わりに首を折った。
「ウガッ! 何するのチズル!」
彼女は首が曲がった状態で文句を言ってきた。
「狼男の治癒能力からすれば首をへし折ったくらい、マッサージみたいなものだろ。むしろ感謝しろ」
「いやいや、治っても痛いからね! 息も苦しいし、頭もくらくらするんだよ!」
「うるさいな。それより、腹一杯になったか?」
ジェイドは怪訝な表情で、俺の事をつま先から頭まで、疑いの目で見渡した。
「……なにを企んでるか分からないけど、確かに足りなかったね」
「だよな。なら一緒に町に出て買い物でもするか?」
俺はこんを詰めすぎてもダメだと思い、気分転換を決意した。
「お金はあるの? 私はないよ」
「安心しろ。俺の家の前で寝ていた兵士から奪っておいた」
俺が革製の立派な財布をチラつかせると、ジェイドは呆れた顔をした。ここは俺の思慮深さに戦慄し、これまでの態度を深く反省し、改めるところだろうに。
「……まあ仕方ないか。後でギルドで稼いで返すから、それで許してもらお?」
「お前は律儀だな。俺なら寝てた方が悪い、で終わりだぞ」
「何で他人事なの?」
「だって他人の事だから」
「チズルも一緒に返すんだよ?」
「は? やだよ。お前が謝罪するのは勝手だが、俺を巻き込むな」
「チズルって控えめに言って救いようがないよね。どうやって生きてこれたの?」
「確かに救いようはないかもな。こんなに素晴らしい俺を、更に救うなんて事はできないからな」
ジェイドはため息を吐きながら「ああ、そうだね」と諦めた様に言い放った。
「じゃあとりあえず、町に行こうか」
ジェイドが俺の手に触れた。俺はその手を振り払おうとした時、既に俺は宿の前に立っていた。
あの森からこの町までは一時間の距離、つまり4キロほど離れている。それを一瞬で移動できるとは、一体なにをしたのだろうか。
「あ、ごめん。びっくりした? 私は転移魔法が使えるんだよ。お母さんから教えてもらったの」
そんな便利な魔法があるのか。いや、あるはずない。この世界には馬車が走っているのだ。転移魔法なんて物があるなら、他の移動手段は一切いらないはずだ。
だから、あったとしても、一般人が知れる様な物でも、知ったところで使える様な物でもないはずだ。
「……すっごく興味が湧いたんだが、お前の両親ってどんな奴だ?」
「別に普通だよ? ちょっと変わってるとしたら、お父さんは魔王軍四天王の狼男で、お母さんは魔王様の側近の魔女って事だけだよ。あ、あと私は次期魔王候補って言われてるよ」
……つまり、彼女は魔王軍の中でも最強クラスの存在というわけか。今までの俺の思慮の浅さに戦慄した。そしてこれまでの行動を反省し、これからの行動を改善しようと心に決めた。
「そ、そうでございますか! 凄いでございますね!」
「あれ? チズル口調変わった?」
そりゃ口調だって変わる。ジェイドの機嫌を損ねれば、俺は即座に骸と化すだろう。時期魔王候補って事は、将来的にあの魔王と同程度に強くなるって事か。通りで異常に強いはずだ。
と言うか、俺は最初からそんな化け物と闘っていたのか。よく生き残れたものだ。
「変わってなどおりません! 最初からこんな喋り方でございます!」
リンドブルムと違い、嫌々敬語を使うわけではない。どうにか慈悲をもらえないかと、命乞いの如く必死に敬語を使っているのだ。まだ若干不自然な部分もあれど、十分敬語と言えるのではないだろうか。
「いや絶対変わったよ! 別に私特別扱いして欲しくて話したんじゃないし、むしろ魔王軍を抜けたのだって、特別扱いが嫌になったからだよ。だから、普通にしててよ」
「ああ分かった。じゃあ買い物行くぞ。早くついてこい」
「……チズルって極端だね。気兼ねなくていいけど」
俺達は街を歩いていた。夕焼けが家々の窓に反射し、町全体を赤く染め上げていた。時刻は昼と夜のちょうど境目。
つまり、町にも闇が落ち始める時刻。
家と家の狭間、人目につかない路地で女性が助けを求めていた。
「キャ! やめてください!」
声に反応してしまった俺の目は、彼女の視線とぴったり合ってしまった。
女性を囲むように男が何人かで囲んでいる。男達が何を言っているのかは聞こえないが、聞こえなくていい。どうせ聞きたくもない気持ちの悪いセリフだろうから。
「助けなきゃ!」
ジェイドは両手を狼に変え始めたが、俺が手で静止した。
「やめておけ。街中でその姿を使うと正体がバレる可能性がある」
「じゃあどうするの! まさか見捨てるの⁉︎」
「別にそれでもいいが、あの女、妙に身なりが綺麗だろ? 多分貴族か何かだ」
「……まさか、チズル……」
ジェイドもだんだん俺の考えが分かるようになってきたらしい。嬉しい成長だ。
「おいチンピラども。その手を離せ」
俺は颯爽と女と男の間に入った。女の見た目は白を基調にしたパーティドレスの様な服を着ていて、艶やかな体のラインが現れている。髪は金色、目は赤色をしている。一眼見て美しいと分かる見た目だ。
「あ? なんだテメェ」
「もしかして彼氏くん? だったらさ、僕達にも彼女貸してよ! 一回だけでいいからさー」
やはりこんなチンピラの話なんて聞くべきじゃ無かった。頭が悪くなりそうだ。
「別に彼氏じゃない。だが、お前たちはそんなにこの女とヤリたいのか?」
チンピラは全員顔を見合わせて、不思議そうな表情をした。
「つまり、何が言いたい?」
チンピラのリーダーのような男が前に出た。俺はわざとらしくため息を吐いた。
「馬鹿はこれだから……この女は見るからに貴族だ。こいつを誘拐して、身代金を取れば、それこそ飽きるほどいい女を抱けるぞ。ここで一人の女とヤるか、後で百人の女とヤるか、どっちがいい?」
この場にいた全員が息を呑んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください! 私を助けにきたのではないのですか?」
「え? 違うけど。俺は少しの取り分が欲しいだけだ」
瞬間、チンピラどもは歓喜し始めた。
「すげぇ! そんな事考えた事もなかったぜ!」
「よっしゃ! みんなで基地に運ぼうぜ!」
「ありがとう! アンタがいなかったら大損するところだったぜ!」
そう言って、チンピラのリーダーは俺の手を握って感謝を述べた。俺の手に、多少の金銭を掴ませて。
「話が分かる奴らで良かった。それと、これロープだ」
俺は黙らせ、行動を封じられるようにロープを渡した。彼らは不慣れな手つきで、不器用ながらも縛りつけた。
「待って、待ってください! え、えーと、そうだ! 助けてくれたらお礼をお支払い致します! あなたの言う事も何でも聞きます! ですからどうかお願いします!」
俺はチンピラどもに少し離れるように命令してから、女に近づいて髪の毛を掴んだ。
「いいか。女だからって助けて貰えると思うな。自分の身は自分で守れ。それに……」
俺は懐から可愛らしいデザインの財布を取り出した。
「お前に払える礼はねぇよ」
チンピラどもに見つかる前に懐に再び戻した。
「ふざけんな! 返せ! 私の財布を返せ! お前なんてお父様に言い付けてやる」
女は怒りで口調を忘れていた。騒ぎ方が餌を取られた動物園のチンパンジーみたいだ。
「おう頑張れ。そのお父様に言い付けるまで、俺は好き勝手やらせてもらうからよ」
俺はそう言って路地を後にした。
「最低」
開口一番にジェイドが言ったセリフだった。俺はそれを軽く笑いながら反論した。
「むしろ最高だろ。あのまま放置してたら、強姦殺人にまで発展していた可能性もある。そこに俺が助け舟を出したから、あの女は純潔も奪われず、殺されもせずに済む。チンピラどもも遊ぶ金ができてしばらく悪事をしなくなる。俺にも金が入る。WIN-WINどころじゃないぞ。言わばWIN-WIN-WINだ」
「……チズルって、どんな魔物よりも邪悪だね」
今論理的に邪悪じゃないと説明したのに、いきなり非論理的に暴言を吐く彼女の方が邪悪だと思うのだが。
「そんな事より、飯だ飯。高級店で一番高い物でも……ってなんだこれ」
チンピラからもらった金を数えると、中には紙切れが入っていて金は本当に少しだった。この紙切れの場所で残りの金を払うという事だろうか?
「やっぱ安い店で適当な物でも食うかぁ」
「えー。あの女の人の財布にはいっぱいお金入ってるでしょ?」
「チッ! よく見てやがるなぁ。でもあるからって無駄遣いするべきじゃない」
ちなみに、あの財布には日本円で500万くらい入っていた。貴族とは言え持ちすぎだとは思うが、そういう世界なんだろう。
「なら冒険者ギルドでも行かない? あそこなら安いしいっぱい食べれるよ」
冒険者ギルドか。話は何度か聞いたが、依頼を受けて解決する代わりに金を取るという、ほとんど兵士の下位互換みたいな組織だ。それでも存続できる理由は、単純にその秘匿性にあるらしい。
だいぶグレーな事件も金さえ払えばやってくれる組織らしく、魔物退治だけではなく、殺人、強盗、果ては国家反逆までやると噂だ。
俺がもしかしたら世話になるかもしれない場所。下見くらいはした方がいいだろう。そう思って冒険者ギルドに入っていった。
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