第11話 原初のエトランゼ
俺たちは家の前まで来ていた。ここまで来て言うのも変な話だが、二人と一緒に居るのは難しいな。
「俺一人で行くから少し待っていてくれ」
リンドブルムの方を見ると、暗い表情をしていた。
「……うん。僕もキーラには会いたくないね」
「リンドブルムがそこまで嫌がるとは……小生も少し待っておりますぞ」
よかった。これで一人でキーラに会える。俺は扉をノックした。
「すまない。今手を離せないから勝手に入ってくれないか?」
そう言われたので、俺は扉を開いた。何故か妙な重さを感じたが、構わず扉を押し続けた。
部屋には地獄絵図が広がっていた。家具はバラバラになり、複数の屈強な男が血塗れで床に伏せている。一見猛獣でも暴れたのかと思う光景だが、その中心で、凛とした表情のキーラが立っている事が、この場で起きた事象を生々しく説明した。
「……どうした。女の子の日でイライラしてるのか? 生理にしちゃ出血し過ぎだが」
「いや。ただ彼らがこの家を狙って襲って来たから、使命に従って守っただけだ。今日は何の用だい?」
彼女が神殿を守っている事は、ある程度予測できた。だが、彼女は人間相手では弱いと言っていなかったか? それに、やられた男を見る限り銃創がない。つまり、彼女は素手でこんなにも強いのか。
「もし、この神殿を狙って来た、と言ったらどうする?」
「……私が一番したくない事を、君は強要する事になる。だからやめてほしい」
悲しそうな表情に少したじろいでしまう。
「そんなに嫌なら放棄してくれないか? その使命」
「……それはできない。少し昔話をしてもいいかい?」
「ああ」
「私は昔、勇者と一緒に魔王を倒した事がある。あの頃は勇者も力が弱く、とにかく人が必要だったらしく、当時まだ10歳だって私を、スキル目当てで仲間にしたんだ。村は英雄の誕生だと囃し立てたが、私と両親は違った。危険な場に行くのを私自身嫌だったし、両親はもっと心配だっただろう。だから、両親は殺された。
私は強引に縛られ、家が燃やされる所を見せつけられた。そうして寄る方がなくなった私は、強制的に勇者の仲間になった。だから今でも人が信用できないし、仲間はもっと信用できないんだ。でも、一応は仲間だった。そんな勇者から頼まれた使命だ。果たすしかないだろう」
そんな過去があったのか。なんだか今日の彼女はシリアスで重い話をするな。これが女性が一月に一度悩まされると言う重い日か。
「……お前が引けないのは分かった。だが、俺も引けない」
俺は手を開いて構えた。合気道の構えだ。昔から軍事に憧れを持っていた俺には、3歳の時から鍛え抜かれた無数の格闘技の技がある。最近は本ばかりで筋力鍛錬を怠っていたが、一般人よりは強い自負がある。
「なら、戦うしかないか」
彼女の構えは、中国拳法に酷似している。だが、構えより気を引くものがある。それが呼吸法だ。
彼女は鼻から息を吸い、口から出している。それ自体はなんらおかしい事はないが、問題はそれが対峙している俺に分かる程の大音量だと言う事だ。どうやら呼吸器や心臓などのポンプがイカれているようだ。だからあの細身の柔らかい体で、巨大な体躯の男を倒せたのだろう。
これは迂闊に踏み込めない。そう思っているのは彼女も同じで、両者動く事ができなくなっていた。
「ウオォー!」
突然叫んだのは俺でも彼女でもなかった。気絶していたと思っていた男が、折れた椅子の足を持って、キーラを背後から刺そうとしていた。
俺は、理屈を考えるよりも前に構えを空手に変更し、男に全力の正拳突きを繰り出していた。元々瀕死だった男は、その一撃で気を失った。
瞬間、俺の横腹に衝撃が走った。まるで鉄球でもぶつけられたような衝撃。キーラからの攻撃だと理解し、それが発勁だとも理解した。
「何故私を庇った? 私が倒されていれば、チズルは神殿に行けただろうに、君は逆に守って次の攻撃まで許してしまった」
「さあな。考えても合理的な答えがない。疲れているのかもしれない。一旦帰る」
俺が普通に立ち上がると、キーラは驚いていた。確かに重い一撃だった。鍛えてなかったり、鍛え方が甘ければ一撃で気絶していただろうが、俺の鍛え方は軍人以上だ。当然だ。指揮官が一般兵より弱ければ示しがつかない。
そのまま家から出ようとしたが、倒れている男たちが少し不憫に思え、全員を引っ張って家から出た。
「千鶴殿遅かった……って、その死体と夥しい返り血はなんですかな!」
死んでない。返り血は、おそらく血塗れの部屋で暴れまわったので付着したのだろう。
「端的に言うと負けた」
「やっぱり一人じゃ無理だよね……キーラの強さは尋常じゃなかった」
正直な話、リンドブルムはキーラの能力さえ無ければ、簡単に勝てるとは思う。衣笠だってすぐに勝てるだろうし、俺だって鍛えていた頃なら余裕だったとは思う。今の俺では互角だろうか。
今だって、おそらく
ただし、彼女の性格と俺のスキルは致命的なまでに相性が悪い。ボケなければツッコむ事はできない。あんな真面目な彼女にツッコむ隙があるとは思えない。
だが、一度愛した女性を倒すのなら、自分の手で倒したい。
「……今の俺たちじゃ倒せない。一度町に帰って作戦を考えよう」
俺は嘘をついた。いつもならいくら言っても心が痛む事は無いが、何故か今はちくりと胸を刺す痛みが襲ってくる。
「分かりましたぞ。今回は一度のみの撤退をしましょう」
「うん。僕もそれが一番だと思う」
みんな、俺の言葉を素直に受け止め、一度宿に帰った。
宿の前では、兵士が座っていた。
「何をしてるんだ?」
声をかけても返事がない。死んでいるのかと思い顔を近づけると分かった。
こいつ、寝ている。
「おい起きろ。邪魔だ」
体を揺らすが、一向に目覚める気配がない。
「そいつは眠っている訳ではない。アッシが気絶させた」
突如響いた声は村長の声だった。だが、姿が見えない。周囲を見回してもどこにもいない。天井に張り付いているのかとも思ったが、やはりいない。
「千鶴殿! 逃げてくだされ!」
瞬間、俺の目の前に大樹が現れた。建物は大樹の重さに耐える事ができず、床が抜け、天井が砕かれ、壁も消し飛ぶ。
「いきなり何するんだ」
俺は抗議の声を上げた瞬間、大樹は一瞬の内に崩壊した。それと同時に、衣笠の右腕がポトリと落ちた。
「千鶴殿……逃げてくだされ……」
何が起きているのか全く分からない。村長は透明になる力でも手に入れたのか。逃げるにしたって逃げ切れない。
「許してくれ! 俺が悪かった……だから殺さないでくれ!」
俺は震えながら土下座していた。
「待ってくれよ。アッシは戦いたくない。ただ静かに暮らしたいだけだ」
俺は顔を上げ、彼の声の方に顔を向けた。そうして正体を知った。
俺が見た彼の正体は、平面。
彼がゆっくり俺の方を向くにつれ、少しずつ太くなる線のようなものが、やがて完全に人型を得る。フクロウは擬態のために体を細くするらしいが、そんな次元の話ではない。文字通り、次元が違う。二次元的な見た目をした彼がいた。
最初、衣笠が見えて、俺が見えなかった理由は、見る角度が違ったからか。
「なんだその見た目は」
前までの村長は、しっかり立体的だったはずだ。それがまさかの平面化。緊張感もクソもない。
「それが、時間を戻すために
「なるほどな。つまり時間移動の弊害でそうなったのか」
俺と村長が会話をしていると、衣笠が深刻な表情をして、右手で顎を撫でながら近づいてきた。
「ほほう。つまり、どういう事ですかな」
こいつ理解してないのか。
「一番簡単に説明したつもりなんだがな……ん? あれ? お前、右腕どうしたんだよ」
「ふふ。小生はHP制で、脳がなくなろうが、臓器全部取られようが、HPが0にならない限り即座に修復するのですぞ!」
マジか、キモいな。よく見れば切断された服まで修復されている。もし服も体の一部と認識されているのであれば、風呂とか困らないだろうか? もしそうなるなら、女神から新たな力を貰うにも抵抗があるな。
「あ、もう話を続けてもいいかな?」
わざわざ待っていたのか。意外と優しい奴なのかも知れない。
「そうだったな。で、平面になったからなんなんだ?」
「端的にいうと、この体を治すために君たちに同行して神殿に侵入したい」
「……罠か? その気になればキーラなんてお前一人で倒せるだろ」
「アッシは油断しない。魔王を倒した英雄と、一人で戦いたくなんてない。それに、英雄って事は彼女を倒せば王が黙ってない。王と戦うのはまっぴらだ」
「なら、いくつか聞きたいんだがいいか?」
「かまわない」
「まず、魔王ってなんだ? 倒されたらしいのに、この世界ではその話をよく聞く。それほど強大だったのか?」
「うん。魔王は転生者以外のこの世界の全生物を作った男だ。チートスキルは生物創造。この世界に龍やら魔物なんかの伝説上の生物がいるのは、彼が適当に作ったせいだ。彼は死ぬ直前にでも自分をもう一人作ったんだろうね。倒されたのに、まだ生きているんだ」
俺の思っていた数倍ヤバい奴だ。正直、そんな奴な勝てる気がしない。生半可な能力では太刀打ちできないだろう。
「なら、ずっと気になってたが、お前は何者なんだ?」
すると、彼は口元を歪ませた。歪みはだんだんと顔全体に広がり、やがて治った。そして、歪みがなくなった顔は、美形の青年のような容姿になっていた。
「アッシは概念を作るチートスキルを持った転生者。魔王と同じ、この世界の基礎を作り上げた原初のエトランゼ。名前は
小田原は不敵な笑みを披露した。これが、普通ならカッコ良かっただろうし、恐怖を抱いたかも知れない。彼の実力は、こんな荒唐無稽な話を納得させるものだからだ。
しかし、現実に言っているのは平面の男だ。こんな姿で言われても説得力が無いし、言葉も体も薄っぺらい。
「なんか、呆れるほど適当な世界だな……これ俺が手出さなくても勝手に崩壊するだろ」
「崩壊しないようにアッシと魔王が見張ってる。アッシはこの世界で平穏に生きていたいだけなんだ」
「ならスキルなんて作るなよ……一般人が機関銃持つような物だぞ」
「……スキルは、先天性以外にも努力でも習得できるんだ」
「だから?」
「アッシは元の世界で、努力ではどうにもならない事って物がどうにも嫌で、理想的な世界を作るならそこを改善するって決めてたんだ」
なるほど。確かに素晴らしい理想だ。努力が報われる世界なんて、少年漫画のようで素晴らしいとは思う。
「アッシの話は散々した。次は君が話す番だと思うけど、とりあえずはキーラを倒す方法を教えて欲しいな」
「方法もなにも、キーラのスキルは魔物に自動で反撃するスキル。身体能力だった一般人よりは強い程度だ。そもそも衣笠や小田原の敵じゃ無い。戦えば勝てる。それだけだ」
二人とも拍子抜けした顔をしている。俺が逆でも驚くだろう。あのヤバい魔王を倒した英雄が、俺でも頑張れば勝てるレベルなんだ。当然驚く。
「……なあ、ここからは俺のわがままなんだが、聞いてくれるか?」
俺は改めて話を切り出した。二人は頷き、静かに耳を傾けてくれた。
「俺に一人で戦わせてくれ。勝てるかはわからないが、必ず攻略の糸口を探って見せる」
俺は頭を下げて頼み込んだ。こんな頼み、二人にとってはなんの利益もない事だ。受ける理由がない。
二人は少し黙っていたので、俺の頭の中では断られる事を前提に覚悟を決め始めた。
「友からの頼み、しかと聞き遂げましたぞ」
「アッシもどうせ戦えないからいいよ」
予想外の返答に頭が真っ白になった。人の優しさに少し胸が痛んだが、これで一人で戦える。
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