第10話 月とスッポン
村は昨日の惨状が嘘の様に綺麗に清掃されていた。家畜も来た時と同じかそれ以上にいる。だが、村長の姿だけは見えなかった。
「村の者が確認したところ、巣の中に数匹の子供を残して全滅しておりました。流石です」
村長代理なのか、昨日一悶着あった村人が、覇気のない態度で俺を賛美する。どうやら村長は失踪したらしい。自分の力を隠したままでは村を守れなくなったのだろう。だから力を隠さずに己を隠した。そこまでして力を隠す理由はわからないが、どうやら彼はどこまでも隠し通すつもりらしい。
「あなたのおかげで村は守られました。ありがとうございました」
俺とあまり関わりたくないのだろう。目を逸らしながら心にもない事をつらつらと並べる。俺からしても、依頼をこなしただけなので褒められる事をしたつもりはない。この村への興味は完全に失せていた。
「どうでもいい。借りていた家畜は返した。俺の用は終わりだ。あとは報告とか面倒な事はやっておいてくれ」
俺は言い終わると同時に、村から出て行った。
帰る最中、俺は少し疑問に思った事を聞いてみた。
「ところで、お前たちはどうやって俺の場所が分かったんだ?」
「ジェイドと名乗る可愛らしい獣人の少女が教えてくれたのですぞ! なんでも、一度嗅いだ匂いは地球の裏にいてもわかるのだとか」
警察犬とかそんな次元ではないな。凄すぎて気持ちが悪い。流石に誇張があるとは思うが、およそ4キロ程度離れても特定されるのか。まるでGPSだ。
「そうだチズル。ジェイドってどんな子なの?」
「俺も知らない。この世界に来て初めて会った人型がアイツってだけだ」
「……ふーん。じゃあ、チズルは魔王様から世界を取り戻そうとか考えてるの?」
突然なんの話だろうか。魔王。この世界に来てから何度か耳にする単語だ。王の名を冠する以上は、この世界の一部を支配しているのだろう。だから漠然と『敵』とは認識している。悪政であろうと、暴力支配であろうと、世界崩壊を目指す俺にとっては全ての王が敵だ。
だが、もし世界破壊などを目指す魔王であれば、いい関係を作れるのではないかとも思っている。
「状況による、とだけ言っておく。いきなりどうしたんだ?」
リンドブルムが何か言おうとした瞬間、割り込む様に衣笠が話し出した。
「千鶴殿は魔王討伐の使命を放棄する気なのですかな?」
「使命?」
「よもや聞いてないとは言いますまい。女神は魔王討伐を依頼したではありませぬか」
そんな事は聞いていない。第一、聞いていたとして果たそうとも思わない。
そう言い返してやろう。そう思った瞬間の出来事だった。
まるで蛍光灯の電源を切ったかの様に、太陽の光が消え、代わりとばかりに月明かりが薄暗く辺りを照らし始めた。全ての生物が寝静まった様な静かさが訪れた。
それが異常だった。こんな異常事態が発生すれば、まずは騒ぐものだ。だが、誰一人、虫一匹声を上げない。寝息すら聞こえない分、夜よりも静かだ。
その疑問も、周りを見回した瞬間に解決した。リンドブルムも衣笠も、ピクリとも動いていなかった。死んでいるのかと錯覚するほどだ。呼吸もしていないし、心拍数すらない。
「つきと……」
突然、止まった世界に声が響いた。重厚感と威圧感のある男の声だ。声は俺の前からしている。あと数センチ顔を上げれば彼の顔を拝めるだろう。だが、極度の緊張で顔を上げることすら叶わなかった。
つきと、と言ったか。どんな意味なのだろうか。彼の力は夜空に浮かぶ『月と』同等、とでも言いたいのだろうか。
「つきと……月と、スッポンポン!」
一気に緊張が抜け、顔を上げる事に成功した。
空中に静止していた彼の風貌は、金色の髪に深紅の瞳。それによく似合う彫りの深い顔と、引き締まった肉体。そして、それを見せつけるが如き全裸。
「ただのスッポンポンじゃねーか!」
「ただのスッポンポンだと? 貴様、王の全裸を、公衆浴場に行けば拝める安い全裸と同列に扱っているのか……恥を知れ!」
「お前が恥を知れ! 大体王って何だ? 裸の王様か?」
「大正解!」
「大正解じゃねーよ……さっきまでの緊張感を返せよ。いや、ある意味めちゃくちゃ緊張してるけど」
「いや、もっと緊張するべきであろう。我の圧倒的な力は変わっていないのだからな」
確かにそうだ。彼が昼を夜に変え、時を止めている事に変わりはない。それだけの力を持っていて、なお底の見えない彼に恐怖するべきなのだろう。
頭では理解しているのだが、どうにも調子が狂う。
「で、圧倒的な力を持った全裸の変態がなんの様だ?」
「貴様がこの世界に害をもたらすかどうか見に来たが……拍子抜けだ。智力もスキルもあるにもかかわらず、ここまで弱いとは……残虐性だけはある様だが、これでは脅威にはなり得ないな」
少し頭に来た。この初対面の変態野郎に、何故ここまで好き勝手な事言われなければならないのか。
勝てないのは重々承知だが、この狂人になら、一撃かましてから逃げる事くらい容易に思えた。
「……よせ。死ぬぞ」
俺はファイティングポーズをとっていた。
「見るだけじゃ分からないだろ? やってみようぜ」
変態はため息を吐いた。瞬間、変態は俺の目の前にいた。
ガードしろ。そう脳が命令を出した時、既に俺はぶっ飛んでいた。
蹴られたのか、殴られたのか、叩かれたのか、刺されたのか、全く見当がつかない。
「ガハッ……!」
呼吸ができない。意識が朦朧とし、痛みすら感じない。やめておけばよかったと後悔しながら、俺は絶命した。
「流石にやり過ぎたようだな」
俺は一度死んでいるため、死んだ時の感覚が分かっている。だからこそ言うが、俺は確実に死んでいた。
だが、変態が手をかざした瞬間に、俺は復活した。傷も痛みも全て消えている。
消えかけていた緊張感が蘇る。
「分かったか? 貴様が危険だと判断すれば、即座に抹殺できる。貴様は害にはなり得ない」
深紅の瞳が冷徹に睨んでいる。これ以上するなら容赦しないと言いたそうな瞳だ。
「もし貴様が害になるまで上り詰めたのなら、その時再び相見えよう」
彼が去ると同時に、空には太陽が昇り、世界は動き始めた。
「……あれ? チズルいつの間に移動したの?」
「小生も移動の瞬間を見てませぬ……まさか! 千鶴殿のチートスキルが発覚したのですかな!」
薄々分かっていたが、やはり時が止まっていたのか。
今分かるだけでも奴の能力は、時間停止、時間変更、死者蘇生、空中浮遊、瞬間移動の5つか。それにあの身体能力。勝ち目があるとは思えない敵だ。
普通こんな敵を見たら、絶望し、恐怖し、神に赦しを乞うのかも知れない。
だが、俺は違った。狂気と戦争を崇拝する俺には、楽しくて仕方なく思えた。
「チズル? どうしたの?」
「どうかしてるんだよ。俺は。前言撤回だ。やはり魔王は殺す。戦ってみたい」
恐らく、さっきの変態が魔王だろう。奴を倒さずに、世界崩壊など夢のまた夢だ。
「そっかぁ。なら僕はパスするよ」
「まあそうだろうな。自分の王を討つ気にはなれないか」
「別にそう言う事じゃないよ。ただ、魔王様には絶対勝てないから」
確かに勝てそうにはない。だが戦う。勝たなくとも戦う。私の崇拝する戦争とは、狂気とはそう言う物だ。
だが、勝ち目がないのでは面白くない。
「……とりあえずは女神に会うしかないか。女神から転生特典ぶんどって、その力で魔王を倒す」
「その件なのですが、千鶴殿が喜ぶ情報が手に入りましたぞ」
衣笠は得意げに地図を広げた。
「ここにシンカイと……神の世界と通じる祠があるのですが……」
「ちょっとまて。どこだ?」
「だからここですぞ!」
「……なあ、これ多分世界地図だろ。村とか記号とか書かれてないし、国名しか書かれてない」
「その通りですが、どうかされましたかな?」
「そんなもんで分かるかよバカ野郎!」
「バカ野郎⁉︎ ここまでやった小生に感謝もなく、挙句バカ野郎! それはあまりにも酷いのではありませんかな!」
「だったらどうする? 俺はこうするぜ」
俺は地面を殴りつけた。もう片方の手でも地面を殴り、膝をつく。
「すみませんでした」
俺は見事な土下座を披露した。
「分かれば良いですぞ。ですが、地図はこれ以外所持していませぬゆえ、どうする事も……」
土下座した俺のバックから、キーラに貰った地図が落ちた。
「あ! これです! ここが神殿ですぞ!」
土下座をやめ、地図に目を通すと確かに祠らしき印がある。
これは……キーラの家だ。ジェイドから『魔王より強い』と聞いていたので、違和感は感じなかった。
だが、このメンバーでキーラの家に向かうのは少なからず抵抗がある。当然だ。リンドブルムはキーラと殺し合った仲で、衣笠は普通に知り合いだと思われたくない。
だが行かないとどうしようもない。
「マジか……」
俺は、好きな女の家に行くとは思えない重い足取りで、彼女の家に向かった。
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