第8話 問題だらけの問題対処

 俺は村長から貰った家畜を引き連れ、テントの近くに飼い始めた。柵などは作れなかったのが、一風変わった放牧だと思えばいい。餌はそこら辺に生えてる草でいいだろう。


 嬉しい事に逃げようとする家畜はいない。どころか怯えきってテントから離れようとしない。仲間が魔物に襲われた事もあり、人から離れるとどうなるのかよく分かっているのだろう。知能指数が高い生物は嫌いではない。こいつらが、人間サマに喧嘩ふっかける馬鹿の餌になるなんて看過できないな。


 夜になる頃には愛着も湧き、この動物たちが殺されるのだけは避けたいと思った。


 さア。本番は明日からだ。ワクワクドキドキな殺し合いを夢想し、目蓋の裏に投影しながら横になると、気持ちよく寝付けた。


 次の日、俺が目覚めるとすぐにゴブリンの拠点を確認しに行った。思った通り激臭だ。昨日も懲りずに村の家畜を襲ったらしい。だが、あのスイカイチゴも同時に口に入れたために腹を下したのだろう。オークも同じだった。


 これに懲りた魔物は、もうあの村は家畜を口にしないだろう。だが、これだけ大きな巣を作ってしまっているのだから、すぐさま逃げる事もできない。まあ、女王のような個体やその側近は逃げているとは思う。そいつらさえ残れば、いくらでも群れなど復活させられるのだろうから当然だ。


 だから、今回は逃す。この村さえ救えればなんでもいいし、俺の力と今回の作戦では、特定の強い1匹を対処できない。だから、逃げてくれるのならそれでいい。


 確認も終わり、家に帰って一眠りでもしようと思った時、村長が老体に鞭打って俺の家に走っているのが見えた。


「話が違うじゃないですか! あの液体を塗れば魔物に家畜が襲われないとおっしゃっていたのに……」


 俺は村長の口を塞いだ。


「黙れ。文句があっても言うな。聞く気はない。どうしても言いたいなら穴を掘ってそこに叫んでいろ。いいか。俺は英雄じゃない。依頼をこなしに来ただけだ。だからお前らがいくら死のうがどうなろうが、俺には興味がない。だが、もう嘘吐く必要がない。だから教えてやるが、明日から魔物は家畜を食わない。分かったら帰れ」


 村長を蹴り飛ばした後、唐突に、なんだかやり過ぎた気がして、謝罪と共に小粋なジョークを考えてみた。


「ごめん。やり過ぎた。老いた体にオイタが過ぎた」


 村長は何を言っているのか理解できない様子で口を開けながら呆けていた。


「分からなかったか? 老いたとオイタがかかってるんだが」


「理解できません……こんな時にふざけて……笑えるとでも思っているんですか⁉︎」


 なるほど。ギャグにはタイミングも大切なのか。長年人と話さなかったから忘れていた。


 俺はその事について考えながらテントに戻った。そうして普段の様に干し肉を取り出そうと、バックに手を伸ばした瞬間に気付いた。


「あ、肉がない」


 思えばキーラにサバイバルアイテムを貰ってから、食料を買い足す事も無く、狩なども行わなかった。


 当然と言えば当然だが、遂に底が尽きたらしい。餓死は一度体験している。もう二度としたくはない体験だった。


 外にいる家畜は愛着があって食べたくないし、貸してもらっているだけだから殺せない。それに奴らは『戦わない兵力』だ。やはり殺すわけにはいかない。


 俺は近くの山で狩りを行う事にした。なんだか見覚えのある木々だ。


 よく見回すと、木陰にウサギの耳が見えた。あれを捕まえれば今日は飢えを凌げるだろうか。


 耳に向かって走り出した瞬間、足下に隠れていたロープが跳ね上がり、俺を逆さ吊りにした。


「な!」


 一瞬上げた悲鳴に反応したのか、ウサギが木陰から姿を現した。


「ガルルル……」


 獰猛な吐息、水に濡れた刃物の様に鋭い牙、血塗られた赤い双眸。それが目の前のウサギの正体だった。大きさも1メートルほどあるだろうか。何より、筋肉質で二足歩行している。気持ち悪い事この上ない。


「トラップなんて卑怯だぞ!」


 ウサギは俺の言葉に耳を傾けない。その大きな耳は飾りなのかと思い、ツッコもうとしたが、攻撃が届かない。その上、動けばロープが揺れ、平衡感覚などがなくなる。下手に動けない。


 動けない俺にウサギのドロップキックが迫っていた。


「大丈夫か? チズル」


 瞬間、ウサギは木に叩きつけられて絶命した。それをやったのはキーラだった。


 俺は前回の別れ際のことを思い出して警戒していた。だが、どうやらキーラにドロップキックを喰らった記憶は無いようだ。


 安心した俺はナイフでロープを切り、地面に落下した。受け身はとったが、リンドブルムのように華麗に着地とはいかない。


「助かった……にしても、なんでキーラがいるんだ?」


「逆に、何故いないと思ったのかな。私はこの山に住んでいる猟師だ。買い出し以外ではあまり離れない」


「いやいや、俺は他の村から山に入ったんだ。お前のいた山じゃないはずだ」


「ん? ああ、なるほどね。この山の近くには二つの村があって、向こうの方から出ると、チズルが前までお世話になっていただろう村に出れるよ」


 冗談だろ笑いながら指差した方に向かうと、確かに見覚えのある村があった。燃えた跡があり、少々見た目が変わってはいるが、それでも記憶に新しい。


「ちなみに私の家はすぐそこだ」


 彼女が指し示した方向に目を凝らすと、木々でカモフラージュされていて見つけにくいが、簡素なログハウスがあった。


 それらの証拠から推理したのだが、さっき引っかかった罠は俺の仕掛けた物の可能性が高いな。よく考えれば、ウサギがロープを持っているとは考え辛いし、それを罠として活用するなどできるはずもないか。


 今思えば、あの罠は素晴らしかった。簡素な形状や、展開までの時間。コストや性能面のどれを取っても満点と言える。そして持てる力の全てを使うと言うのは、正々堂々の典型の如き気高さがある。


「そういえば、キーラはゴブリンたちの討伐はしないのか? 正義感とか強そうだが」


「私も倒そうとは思ったんだが、流石に巣に入るのは無理だと思ってね。でもとりあえず、巣から出てきたロードボス達は倒しておいた。あとは雑魚を蹴散らすだけだが……数が数だけに、中々厳しそうでね」


「雑魚の処理は目処が立っている」


「目処って、あの数をどうにかできるのか?」


「当然だ。お前を守ると言った奴が、そのくらいできなくてどうする?」


 キーラは嬉しそうに笑った。彼女の笑顔には魔性の魅力がある。冷静な彼女の偶にしか見せない表情、それも笑顔の魅力ともなれば、惹かれない男がどれだけいるだろう。


「――なあ、一緒に冒険してくれないか?」


 打算など考える暇もなく、唐突に口から出たのがこの言葉だった。自分の意思と無関係に口が動いたのは初めての経験だった。


 彼女は一瞬の笑顔を見せた後、少し躊躇ってから口を開いた。


「すまないが、私はチズルを信用できない……いや信用はしてるが、そうじゃないんだ……上手く言葉にできないな」


 絶望した。今、初めて芽生えた恋の感覚を踏みにじられたのだ。だが恨む事ができない。恨もうとすると、その分だけ彼女を好きになり、恨もうとした自分を恨んでしまう。


「分かった。悪かったな。急に無理を言って」


 俺はキーラに涙が見えないように隠しながら走り去った。


 テントに帰ると、子供のように泣きじゃくり、泣き疲れて眠った。




 目覚めると朝だった。昨日寝たのは昼だったので、かなり長い間眠っていた事になる。


 それだけ眠った事で頭は活性化している。今なら冷静に現状分析ができた。


 逃げた強い個体が殺されたのは予想外だった。そいつらが色々な所で繁殖してくれたら、依頼には困らないという算段だったが、こればかりは運が悪かったと割り切るしかない。


 次に、そろそろ来るだろう村長の事だ。あと数分もしない内に……


「話が違うじゃないですか!」


 来た。俺がテントから出た瞬間、腕を掴んで村の方に引っ張った。


「どうした。まるで家畜を全部殺されたような叫び方して」


「ッ! 分かっていたのですか! 昨日家畜は襲われないと言っていたのに!」


 村についた瞬間、まず気になったのは鼻にまとわりつく腐乱臭。そして次に視界を埋め尽くす赤黒い血液。最後に、バラバラにされた家畜達の死体が目に入った。


 これは酷いな。正真正銘の全滅。1匹も生存していない。まあ、計算の内だが。


「嘘を言うな。俺は襲われないなんて一言も言っていない。『食わない』と言っただけだ」


 死体には食べられた形跡はない。ただ乱暴に引きちぎられ、玩具にされて殺されたようにしか見えない。


 大方、毒を盛られた報復のつもりでの行動だろう。それが最悪の悪手とは知らずにやっているのだから、お笑い種である。


「そ、そんなのは屁理屈だ!」


 俺がフィナーレを夢想していると、村長はそれに割り込む様に話しかけてきた。少しばかり不機嫌になった。


「屁理屈でもなんでも理屈は理屈だ。それに昨日言ったはずだ。文句があるなら穴掘ってそこに叫べと。なんなら俺が掘ってやろうか。お前の墓穴を」


 村長は黙り込み、ひたすらに怨みや敵意の篭った瞳で睨み付けていた。鋭い悪意だが、恐れる事はない。


 村長が異常な力を保持しているのは分かっている。だが、彼は何故かそれを使わないのだ。そもそも、彼が力を使っていたら依頼などする必要も無かっただろう。


 そんなことを考えていると、村長の瞳から鋭い悪意が消えた。次の瞬間には笑顔になり、俺の腕を握り潰した。


「あ……」


 突然の事に、脳はまだ痛みを感知できていない。


「老いた人に、オイタが過ぎたね」


 彼の事は少年のような澄んだ声に変わった。顔が一瞬腫れ上がったと思うと、次には美形の青年のような容姿に変わった。体からもシワが消え、腰もピンとしている。20代くらいの見た目だ。


「あ、文句なら穴掘ってそこに叫んでね」


 変形が終わった時に、ようやく痛みが襲ってきた。痛みに耐えきれずに絶叫した。


「……⁉︎」


 ……正確には、絶叫しようとした。俺は声が出せなくなっていた。声を出している感覚はあるのだが、空気が振動せず、言葉になっていない。


「これで分かったよね。アッシがどれだけ強いか。ほら、なんとか言ったらどう?」


 なんとか言えるならとっくに言っている。何度も言うが、言葉が出ないのだ。


 そう考えていると彼は指を鳴らした。なんとなくだが、声が出せる気がした。


「お前のせいで喋れないんだよ!」


 俺は折れていない方の腕で渾身のツッコミを繰り出した。


 ツッコミを受けた彼は凄まじい勢いで飛んでいくと、二つの住居を破壊した後、三つ目の住居にぶつかり、勢いが止まった。


 これまでのツッコミの中で一番鋭く、重いパンチツッコミだった。


「グハッ……ア、アハハハハ! なるほどね! 君のスキルは素晴らしいな! どんな一生を過ごせばこんなスキルが手に入るんだ⁉︎」


 どうやら俺のツッコミでは殺しきれなかったらしい。頭から流血しながら彼は笑っている。


「思ってたより弱いな。家畜を作れると分かった時は、生命を操る能力か何かだと思ったが、そんな感じでもないようだな」


「おや、気付いてたのか」


「当たり前だ。依頼受けた時から分かってた。ゴブリンとオークがどれだけ食うのか分からんが、二つの群れに囲まれた村が長く存続できるわけがない。ましてや奴らは毎日家畜を襲うらしいと分かったし、この村はそんなに大きくない。家畜をどうにかして増やしている奴がいるってのは見当がついてたぞ」


 きっと村には気づかれないように、食われた瞬間に新しい家畜を入れていたのだろう。


「なんだ。そうだったのか……でもよく分かった。いい勉強になったよ。今回の時間軸は」


「時間軸?」


「それに、君の力なら王は黙ってない。魔王も魔物がそれだけ殺されたら動かざるを得ない。君は死ぬ。アッシが手を下さなくてもいい」


 何を言っているのか分からない。だが、俺の体には嫌な汗が溢れていた。


 嫌な予感がする。何か、とてつもなく、途方もない事が起きる気がする。


 気付けば体が動いていた。あと一歩踏み込めば奴にトドメが刺せる。


「今日の朝から、始めようか」


 瞬間、俺の意識は消えた。

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