第7話 自己防衛
「なあ君、ちょっといいかな?」
街中で俺は屈強な兵士風の男に呼び止められた。
ついに優秀な仲間が来たのかと思い、相手を品定めするようにつま先から頭の天辺まで見回した。
一見すると屈強という印象を受けたのだが、よく見れば重厚な鎧を着て体を大きく見せているだけで、中身は痩せた型の男だと分かった。また、顔もワイルドというよりは、爽やかなイケメンに近く、年も20代前半ほどでなんとも頼りない感じだ。一応剣は持っているが、こいつがリンドブルムより強いとは思えない。仲間にして欲しいというなら、申し訳ないが、もう少し力をつけてからまた来てもらおう。
しかし、例えば俺の類稀なるカリスマ性を見て『上官になってください』と頭を下げるのなら、俺も鬼ではない。仕方ないから引き受けてやらない事もない。
さあ、どう出る?
「最近、この近くで変な事件が多くてね。色々な街を転々としている露出狂がいるらしいんだけど、君ここらじゃ見ない顔だよね。身分証明できる物とかある?」
そう来たか。身分証明もなにも、俺の戸籍などこの世界にはない。どうするべきか……よし。
「こんなので身分証明になるか?」
俺は何かを握ってるよう拳を前に出した。兵士はそれを受け取ろうと手を出してきた。
すかさずその腕を引いてからドロップキックを頭部に炸裂させた。体勢を崩した彼の体重と、俺の足と腕の筋力を合わせた威力だ。派手にぶっ飛んだ兵士は白目を剥いて気絶している。手加減はしたから死んではいないはず。
「キャー! ヒトゴロシ!」
道行くバカが無駄に騒ぎ立てるが、死んではない。だが早く手当てをした方がいいのは確かだ。
俺は周りを見回した。すると都合のいい事に、殺意剥き出しのジェイドがいた。兵士を持ち上げ、精一杯の力で彼女に投げると、うまい具合にキャッチしてくれた。
突然の事に困惑しているジェイドに、
「頼んだぞ。そいつも、リンドブルムも」
それだけ言い残し、返事も聞かずに俺はその場から逃げた。
「オラッ、待ちやがれ犯罪者!」
そして、すぐに捕まった。体力ないのをすっかり忘れていた。
近くに隠れていた兵士に呆気なく拘束され、罵倒されながら取調室の様な部屋に投げ込まれた。
部屋にはベテラン風のガラの悪い男と、さっきドロップキックした若い兵士がいた。もう回復したのか。1時間か2時間くらいは気絶してると思ったが、やはり筋力が足りないな。
「おうおう、分かってんのか? 自分がやった事」
「自己防衛」
「ンなわけねーだろ! どこの世界にちょっと話聞いただけで相手殺そうとする奴がいるんだよ! 殺人未遂だよ、殺人未遂!」
「どこの世界って異世界日本だよ。日本では肩がぶつかっただけで骨が折れるくらいカルシウム足りてない奴がいるからな。話しかけるのも、目を合わせる事ですら命懸けだ」
「ニホン? あんた異世界出身か?」
「ああ、そうだ」
「なんでか偶にいるんだよ。異世界ならなにしても許されると思ってる馬鹿が。そいつら揃いも揃って『ニホンでは、アニメなら、ラノベだったら』って呪文みたいな言葉喚き散らしてな。お前もその類いか?」
そんな衣笠みたいな奴がいるのか。関わりたくないな。
「いや、俺は許さないと分かっててやった。身分証など持っていなかった俺にはあれしかなかった」
「だったら素直にそう言えよ。俺たちは異世界人の対応には慣れてるんだ。言ってくれさえすれば身分証発行の手続きの仕方は教えてやったのによ」
最初からそうすれば良かったのか。無駄な労力を使ったな。
「じゃあまあ、異世界人だし、初犯だから大目に見てやるとして、身分証発行するか……っとその前に……」
突如、置物のように立っていた若い兵士が俺に向かって走り出した。俺は逃げようとしたが、運動不足が祟って足をつってしまった。
若い兵士のドロップキックが俺の頭に炸裂した。頭蓋から不可思議な俺がして、脳がかき回されたような衝撃を受ける。そのままぶっ飛び壁にぶつかると、俺の口からは血が垂れていた。
「これでイーブンだな」
体に力が入らない。言い返そうにも呂律が回らずに言葉が紡げなかった。
あの野郎手加減なしか。なら俺も手加減はしない。
「
「仕方ないな。ほら、これでいいか?」
ベテランは俺を背負ってくれた。瞬間、俺は袖に隠していたナイフを取り出し、彼の喉元に当てがった。
「あー、あーあー。しっかり喋れるな。いいか。お前を殺すのは簡単だ。だが、それをしたところで何になる」
「な、やめてくれ。なんでこんな事するんだ」
平静を装っているらしいが顔が真っ青だ。当然と言えば当然だが。何せ得体の知れない俺に命を握らせれているのだから。
「黙って聞いてろよ。お前を殺したところで俺には得がない。だから今から俺が出す提案を飲んでくれれば、俺も得するし、お前も助かる。悪くないだろ?」
兵士達は同時に生唾を飲み込んだ。今、この場の空気は完全に俺の支配下にある。俺が何事もクールにこなす事もあって、支配下にある空気も凍てつくほどクールだ。
その冷たく重苦しい空気の中で、俺は口を開いた。
「この国で発生している問題を教えろ。俺が解決してやる」
場は完全に凍りついたのか、ピタリと誰も喋らなくなった。
だがやがて、ゆっくりと状況を理解した若い兵士が口を開いた。
「そ、それだけか?」
「ああ、それだけだ。悪くない提案だろ?」
こいつらが用意できる物で、俺に得がある物と言ったらこれくらいだろう。
「それはいいが……いや、それでいいならこれ以上言う事はないな。心変わりする前にそれで手を打ってもらうか」
「よし、交渉成立だ」
若い兵士は重要書類のような紙束をペラペラとめくり始めた。そして数ページ破ると俺の目の前に投げつけた。
「これから適当な問題を持っていけ」
ズラリと住民からの不平不満が並んでいる紙だ。
「……ダメならダメでいいが、この紙全部貰っていいか?」
「あんまり市民に見せていい物ではないんだ。それは勘弁してくれ」
俺は渋々一枚の紙を手に取り、そのまま取調室を出て行った。
取調室に残された2人は、こんな話を続けていた。
「お前、鬼畜だな」
「何がですか」
「とぼけるなって。あの書類、俺たち騎士団じゃ解決出来ないから放置してたヤツだろ?」
「別にいいじゃないですか……っと、そういえばアイツ、何持って行ったんですかね……お、これは」
「こりゃ、1人じゃ絶対無理だな」
そんな会話を盗み聞きしていた俺だが、正直な話、解決案ならもう見えている。
この書類に書いてある事はこうだ。
『村の近くに、ゴブリンの群れとオークの群れが現れ、家畜や食糧庫が襲われている。退治してくれ』
ゴブリンとオークが、俺がいた世界の妖精の名前だと言う話はこの際どうでもいい。どうせ俺以外の転生者が似てるからと付けた名前だろう。
気になった事は、こんな簡単な問題をなぜ解決できないのか、という事だ。俺からすれば1週間あればどうにかできそうな事なのだが。
もしかしたらここに記載されていない事で、何か厄介な事情があるのかもしれない。
だとしても、今さら引く気もないが。
俺はすぐにその村に赴いた。片道1時間程度の道のりで、特に面白いこともなかった。俺としてはジェイドがついてこなかった時点で愉快極まるが、他に変わった事は一切なかった。
到着と同時に、まずはゴブリン達の根城を確認した。地下に掘られた洞窟のようで、いくつか出入り口が用意されている。各出入り口には2匹の見張りがいて、武装もしているので正面から戦って勝てる気がしない。もし勝てても、まさか一体一体殺すわけにもいかないし、毒ガスを投げ込んでも効果は薄いだろう。全ての出入り口を塞いでからの攻撃なども、緊急用の隠し口などで対策されてそうだ。それにかなり狭く、子供でもない限りはここに入っての戦闘は無理ではないだろうか。
オークは近場の遺跡に住み着いているらしい。探してみると案外近くにあった。入り口は一つだけ。石造りで道具なしでは加工などもできそうになく、裏口が作られている可能性は限りなく低い。こちらは一網打尽にするだけなら容易だ。だが、まあ上手くいかないのだから理由があるのだろう。入り口が一つという事は、侵入経路が一つになるという事。そこだけ警備を厳重にし、罠を幾重にも仕掛けているからこそ、あの兵士どもには何もできなかったのだろう。
試しに、見張りに見つからない様に石を投げてみる。
……静寂。何もないのかと錯覚してしまいそうな静寂が訪れた、次の瞬間、けたたましい金属音が鳴り響いた。
それと同時に、どこからともなくオークが現れた。見える限りでも100匹ぐらいいるな。すぐさま逃げたので見つかっていないが、もし見つかっていたら……想像したくもない。
それだけ分かれば十分だ。あとは観察と準備。そのためにも、俺は二つの巣のちょうど間の場所にテントを張った。
続いて向かった先は村だ。道行く青年に話しかけてみた。
「ちょっといいか。俺はゴブリンどもを全滅しに来た者だが、村長と話でも話をさせてもらえないか?」
そう言うと、青年は嬉々として走り去り、数秒後には老人を連れてきた。なんだか男か女分からないな。正直な話、赤子と老人は一目で性別を見極める事が出来ない。昔の話だが、葬式で初めて会った叔母に『さよなら。お爺様』と言った時は親父にこっぴどく叱られたっけな。
話が逸れてしまったが、足取りもしっかりとしないこの老人が村長なのか? ならとんだ老害だな。さっさと若い世代に交代すればいいのに、そんなに権力にしがみ付きたいのか。
「ああ、あなたがこの村を救いに来た英雄様ですね……アッシがこの村の長です」
そう言ってしわくちゃな手で俺の手を握ってきた。力強さがある暖かい手だが、同時に今にも枯れそうな弱弱しさと死の冷たさを内包している。こんな矛盾した感覚を感じたのは初めてだ。
もしかしたらこいつ、相当な実力者か? 分からないが、仲間にするのは厳しいだろうな。
「俺は英雄なんかじゃない。この村を守る気もない。ただ、依頼をこなしに来ただけだ」
俺は握られた手を振り払った。この人の手には優しさと恐怖の二つが同時に存在している。それが気持ち悪くなり、力ずくで押し飛ばすように振り払ってしまった。
「ハハ、どちらも変わりませんよ。して、こんな老ぼれに何か用ですか?」
「そうだな、用は3つだ。1つは、家畜を数匹貸してくれ」
「それは構わないのですが、数はどのくらいですか?」
「お前たちが困らないだけ出して欲しい」
「そう言う事なら承知しました。20頭ほどご用意致しましょう」
20頭か。思っていたより多いな。それとも言葉の裏を読まれたか。
「2つめに、この液体をお前らの家畜に塗って欲しい」
俺が取り出したのはスイカイチゴを瓶詰めした物、つまり毒物だ。
「はて? これにどのような意味が?」
「魔物がお前たちの家畜を喰わなくなる。それで3つめに、ゴブリンとオークの生態を教えてくれ」
「はい、ゴブリンは小柄な体躯をした、緑の肌を持った子供のような魔物です。知能も身体能力も子供並みですが、そう思って油断すると数でやられます。そしてオークは、豚の顔をした人型の魔物です。身体能力も高いのですが、知能はゴブリン以下ですね」
「視力はどうだ?」
「視力ですか? 最近近くの文字が読めなくて困っているんですよ」
「お前のじゃねーよ! ゴブリンとオークの話だよ」
この老人、ボケたのかボケが入っているのか分からないな。
「ああ、奴らは魔物にしては夜目も効かず、弓や投石の命中率も低いので、恐らく人並み以下だと思います。特にオークは」
いい事を知った。これなら、余計な面倒もなくて済みそうだ。
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