第5話 魔法の使い方

 俺達は二人で隣の村まで来ていた。森の近くにあった村とは違い、ここはなかなか発展している。


 しかし、そんな事よりも気になる事がある。何故か前の村から尾行してきた影があったのだ。


 当然、ジェイドだ。


「なんだお前。なんで付いてくるんだよ」


 声をかけても、まだ尾行が悟られていないと思っているのか返事一つない。


 ちなみに彼女の尾行は、村を出る時に大声で「行ってきます!」と言っていた時点で気付いていた。その後にも、明らかに高さの足りない草に隠れたり、足音を消してなかったり、挙げ句の果てには周りに遮蔽物がないと気付くと、今度は堂々と俺たちの横を通過して一般の歩行者を装うなど、気付かない方が難しいと言うほどポンコツな尾行を披露していた。


 それでも本人は完璧に気配を消しているつもりなので、声をかけても一切反応しない。


「ねえ、チズル。あの子は誰なの?」


「狼女のジェイドってガキだ」


「ふーん。なんだか聞き覚えがあるような……あ、それより、あれ見てよ!」


 彼女が指差した先には、射撃場の様な施設があった。人型をした木製のターゲットが左側に並び、銃の代わりに杖を持った人が右に並んでいる。50人くらいはいるか。


「なんだあれは?」


「魔導訓練所だよ。魔法使いはここで魔法を訓練するんだ」


 こんな町の真ん中にそんな危険施設を作る奴の気は知れないな。一歩間違えれば民家に魔法が当たりそうな物だが……いや、意外と理にかなっているかも知れない。災害救助などは迅速な対応が求められるので、中心部に置いておけば現場に駆けつけるまでの時間は短縮できるし、市民に演習を見せつければ犯罪の予防になるのかもしれない。


 それにしても、何故かさっきから誰一人として魔法を使わない。訓練がない日なのかとも思ったが、なら訓練所に出る理由もないか。


 ただただみんなザワつくだけで、教官らしき男もそれを注意しない。


 その異常な雰囲気をまるで気にしない男が一人だけいた。その男の見た目は痩せ型で背も低く、弱々しい印象を受けるにも関わらず、そのそばかすやニキビだらけの汚らしい顔には自信しかなかった。それがまた異質だった。それと耳掛けタイプのメガネをかけている。耳掛けタイプのメガネは18世紀頃にできたらしいのだが、この世界の文化水準はよく分からないな。


 男は一歩前に出ると、手を前に突き出した。それと同時に、彼の周囲をルーン文字が囲い、回り始めた。


「ハァッ!」と気迫を込めて叫ぶと、まるで地獄の炎を現世に召喚したかのような、巨大な火柱が舞い上がった。


 リンドブルムの火など比にならないほどの巨大で、壮大な炎だ。当然周囲の人々は驚愕のあまり、絶句していた。


「な、なんだよ、あの威力……」


「ヤバすぎだろ」


 そんな周囲のざわつきを聞き、自信満々な表情で、


「ふふ。それは小生が弱すぎると言う意味ですかな⁉︎」と言った。言葉と顔が合致していないチグハグさが、なんとも気持ち悪い。


 その姿を見て、教官らしき男は手を叩いた。その瞬間、先程の炎と同等かそれ以上の火柱が4本、地面から噴き上がった。


「その通りじゃ」


 もう一度手を叩くと爆破的に冷気が広がり、一瞬にして5本の火柱を鎮火した。


「うぉぉぉ‼︎ すげぇぇぇ‼︎ さすが教官!」


「ヤベェ‼︎ マジでヤベェ‼︎」


 教官と呼ばれた男は、静かにする様に言いつけているが、多少のニヤつきと言うか、満更でもなさそうに笑いながら叱っている。


「こら。静かにしなさい……まあ、君はまるっきりセンスがないと言う訳ではない。それどころか、この訓練所では1番の実力は持っているぞ。努力次第では、いつか儂にも勝てるかも知れないのう」


 教官はそう言って肩を叩いた後、生徒たちに練習を開始させた。


 魔法を使った男は崩れ落ち、地面に手をついて叫んだ。


「しょ、小生の異世界転生チート無双ハーレム生活が……小生のロリハーレムがァァァ!」


 ……色々言いたい事はあるが、とりあえずは一つ。


「世界狭すぎだろ! なんでお前がいるんだよ! 衣笠寛之きぬがさひろゆき


 こいつ、一眼見たときからぼんやりと記憶があった。それが今の『小生』という一人称で、歯車がピタリと合うように記憶が合った。


 小学、中学と同じ奇人の括りで関わる事が多かったので、こいつの事は良く知っている。衣笠寛之、32歳。確か職業は花屋だったはずだ。


「おお、同志千鶴殿ではごらぬか! カナタなる異世界で再び会えるとは……やはり我々は赤い糸の様な、友好の糸で因果が絡みあっているのですぞ」


 多分それはそんなに可愛らしい物ではない。鎖か何かで二人三脚させられている様な感じだ。ほとんど呪いだ。色は真っ黒だ。


 こいつ、昔から俺を親友だと思っているらしいが、俺からしたら鬱陶しいだけの邪魔な奴だ。


 と言うか、こいつとは十数年くらいあっていないのに、俺をはっきり覚えているとは……流石に気持ち悪いな。


「ねえチズル。この気持ち悪い男は誰なの?」


「し、ししし、下の名前ェ! 千鶴殿! その麗しいオナゴとはどの様な関係ですかな⁉︎ まさか我々の『桜桃園の誓』を破ったのですかな⁉︎」


 桜桃園の誓とは、読んで字の如く、集団で生涯さくらんぼチェリーを誓うという、彼が一方的に言ってきた誓だ。


 さっき自分はハーレムがどうとか言っていたのはもう記憶にないのだろうか。まあ仕方ない。こいつの記憶容量は小さいせいで、要らない自分に不都合な記憶は自動的に消去されるからな。


「お前の考えるような関係じゃない。うーん。奴隷……」


「チズルは僕の特別な人間かな」


「トクベツ……特別。特別⁉︎ おのれェ! それは重大な裏切りですぞ!」


 衣笠は俺に手をかざした。ルーン文字が駆け巡り、魔法を使おうとしているのが分かる。


 だが避ける気にはならなかった。衣笠の後ろで、鬼の形相をした教官が居たからだ。教官は持っていた杖で彼の頭を叩いた。


「コラ! やめんか馬鹿者。強大な力を持つのなら、その力を制御するだけの強大な心を持て」


「す、すみませぬ。友人の幸福を喜べぬとは……小生、一生の恥! もはや腹を切って詫びるしか……」


「落ち着け馬鹿。一生の恥じゃなく、お前は一生が恥だ。毎秒恥を掻いているんだから今更一つ増えたくらいでワーワー騒ぐな。それに、リンドブルムは俺の奴隷だ。別に変な関係じゃない」


 口にして違和感を感じたが、奴隷以上に変な関係があるだろうか。早々ない気もするが。


「相変わらず口が悪いですな。そんな事ばかり言っているとご婦人に逃げられますぞ!」


 こんな感じで、衣笠との会話は疲れるだけで終わる。聞く耳を持たないし、感情の起伏が激しすぎるし、ノリがうざい。


 面倒になって、頭を抱えながらため息を吐いた。


「かっこいいなぁ……ねえ。私も魔法使いたいんだけど、どうすればいいの?」


 唐突に、隣でずっと魔法を見ていたジェイドが、話に割り込んで憧憬の表情で見つめていた。


「ああ、いいぞ。ワシが教えてやろう。まず頭の中で呪文を魔法の文字に変換して、それと同時に魔力を正面に放出するのじゃ。まあ聞いてもわからんだろうがのう」


「こう……かな?」


 次の瞬間、目を疑う出来事が起こった。


 巨大な爆破が起こり訓練場の左半分が消し飛び、地面が抉れてクレーターが出来た。魔法の知識がない俺でも、教官よりも数段強力な事がわかる。衣笠の炎を地獄の炎と例えるなら、これはまさに地獄そのもの。そんな惨状だが、民家や人には全く被害が出ていない。魔法を制御する力も相当なんだろう。


 全員言葉を失った。ただ1人、ことの重大さを分かっていない彼女だけは、


「初めてだけど上手くできたかな?」と純粋に首を傾げていた。


「す……素晴らしい! これはかの魔王にも匹敵する才能じゃ!」


「え、ほんとう? じ、じゃあ練習したらもっと褒めてくれる……?」


「当たり前じゃ! これは……魔法技術に革命が起こるぞ!」


 衣笠などもはや誰の注目も得られず、教官すら彼を無視してジェイドの方に行った。なんだか既視感のある光景だ。


 大粒の涙を流しながら、彼は俺の目の前まで来て、こう言った。


「もうこんな訓練所やめてやりますぞ‼︎」


 大声だったにも関わらず、誰一人として彼を見た者も、止めようとする者もいなかった。


「千鶴殿! 頼みがあります!」


 凄く嫌な予感がしたのですぐさま逃げようとした。だが、気付くと俺の足元からツタのような植物が伸び、行かせまいと巻きついてきた。


「君の様なクソ野郎でもそんな女性とお付き合いができる理由を教えてくだされ!」


「付き合ってねェって言ってるだろ!」


 話を聞かないにも程がある。こいつの耳は飾りなのか?


「ねえ、そろそろこの男焼いていい?」


 リンドブルムは鬱陶しそうに火の玉を出していた。


「ああ、もういい。やれ」


 その合図と共に衣笠は燃え出した。だが、衣笠は涼しげな表情で耐えている。


「ふふ。転生主人公の小生にそんな火が効くとお思いですかな! こんなの暖房とさして変わりませぬなぁ!」


 転生特典? なんだ、転生する時になにか貰ったのか?


「この……! ブサイク! バカ! キモいウザい死んじゃえ!」


 罵倒は無駄だ。こいつの汚れきったフィルターは都合の悪い事を99%カットする。ただ豆腐メンタルなので、耳に話が入りさえすれば簡単に心を折る事ができる。


「衣笠。モテる秘密を教えてやるよ」


「なんですと! 早く教えてくだされ!」


 これでこの馬鹿は話を聞くようになった。とは言え、ここでただただ罵倒してもこいつは聞く耳を持たない。だから次は、遠回しに言いたい事を言う。


「まず顔がかっこいい事、人の話を聞く事、相手に気を使う事、金を大量に持つ事、頭がいい事、その一つでもできれば、多少はモテるんじゃないか?」


 衣笠は血を吐いて倒れた。炎に囲まれてもダメージがなかったこいつが、胸を押さえながら息も絶え絶えになって地に伏している。


「グハッ! そ、それではまるで、その全てができていないみたいではないですかな!」


「そう言ってんだよ」


「グハァァァ! そんな……そんなァァァ!」


 衣笠は気を失った。街中で急に横になるのはやめてほしい。


「リンドブルム、もういいぞ。もう燃やすな」


「ええ……殺さないの?」


 彼女は嫌々ながら火を消した。


「殺さないの。こいつは転生がなんたらとか言ってた。俺と同じだ。だが、俺と違ってこいつは強い。俺がどれだけ努力したって一生追いつけるビジョンが見えないほど強い。その秘密が知りたい」


「へー。チズルってやっぱり転生者だったんだ」


 俺は衣笠を担いで歩みを続けた。どこに行くでもないけど、ここにいるのはあまり良くない気がする。超絶馬鹿のジェイドの近くには居たくないからな。

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