第4話 仲間のようなもの

 はあ。これならジェイドの方がマシだった。あっちもあっちで命を狙ってくるが、底無しの馬鹿で扱い易いし、空腹さえ満たせれば優しいみたいだ。


 その点、こいつは馬鹿は馬鹿でも底が見える馬鹿だし、良心のかけらもなく、命を狙ってくる。


「チズル。その目、睨んでいるの?」


 どうやら無意識の内に感情が表に出てしまっていたらしい。リンドブルムは不快そうに俺を見ていた。


「すみませんね、育ちが悪い物でして、目つきが悪くなっているのでございますよ」


 敬語なんて久しぶりに使った。これであってるかどうかも分からないが、こいつには適当で良いだろう。


「そうか。じゃあこうしよう! 君が不敬な態度を取った時、その部位を焼き尽くすよ」


 ……は? 笑顔で何を言っているんだこの化け物は。そんな事をされたら、不敬の塊の俺は1時間と持たずに灰になるぞ。


 ……よし、殺そう。殺される前に、なんとかして殺さなくては。


「あー。それにしてもお腹減ったなぁ。チズルは何か持ってない?」


 呑気にあくびをしながらリンドブルムはそう言った。その開いた口にナイフをぶち込んで殺してやりたいが、今は我慢だ。


「……リンドブルム様。申し訳ないですが、私は今日泊まる宿もない身分でして、お食事が用意できないのでございます」


「そうなの? 使えないなぁ」


 今すぐにでもこいつの心臓を使い物にならなくしてやりたい。永遠に飯を食えなくしてやりたい。


「なら冒険者にでもなったら?」


「冒険者?」


「そうだよ。隣の村まで行けばギルドはあるし、戦いなら僕も好きだし」


「冒険者ってなんでございましょうか?」


「冒険者も知らないの? チズルってもしかして転生者?」


「転生者?」


「はあ、そこから説明しないとダメ? 異世界で何かあって他の世界に行く人がいるらしいんだけど、その人を転生者って言うんだよ」


 異世界に転生って……古事記で見た『黄泉の国へ』みたいな話だ。だとしたらあのスイカイチゴが黄泉戸喫ヨモツヘグイか。なるほど。そりゃ猛毒なはずだ。この場合、トイレという名の黄泉から帰れなくなる訳か。


「でも転生者はみんなチートスキルを持っているから違うかな」


 スキルもよく分かってないのに、今度はチートスキルと来たか。分かりづらいことこの上ないが、まあでも、とりあえずここが異世界だと言う事は、これまでのことから納得するしかなさそうだ。


 ならば目標は、この世界の技術を模倣し、元の世界に戻り、日本を世界最強の軍事国家に変える。それが俺のするべき事だろう。


 ついでに日本のないこの世界は滅ぼすしかないな。


 手始めにリンドブルムは殺す。そうだなぁ……とりあえず、キーラにぶつけてみよう。彼女の能力なら倒し切るまで行かなくとも、相当な痛手を負わせられるはずだ。


「リンドブルム様。よろしければ狩に行ってもよろしいでしょうか?」


「ん? いいけど、狩は苦手だよ?」


「それだけ強大な力をお持ちになられているのに、ですか?」


「手加減が苦手なんだよ。捕まえた動物はみんな焦げ肉になっちゃうんだよね」


 こいつ、自己紹介で火の扱いが上手いとかほざいておいて、蓋を開けば高火力で焼く事以外何もできないのか。味方としては役に立たないで、敵に回ればめちゃくちゃ強い。本当、厄介が形を持ったような奴だな。


 呆れながら村を出て、森に入った。


 適当に罠を仕掛けたり、色々な種類の果実やキノコを採取していきながらしばらく歩いていると、キーラの家に到着した。


「入るぞ。キーラ」


 俺はノックしてから扉を開いた。


「ああ、チズルか。朝テントを見たら居なくて驚いたよ。どこか行くなら一言伝えてくれれば良かったのに……あれ? 横にいるのはジェイドじゃ無いんだね。誰かな?」


「おいおいチズル。君は僕を殺人鬼にするつもりかい? 彼女に礼儀を教えてくれよ」


 リンドブルムは炎を出して、キーラの周辺に浮遊させた。可燃性の高いログハウスで火を扱うのはやめてほしい。


「これは失礼致しました。それで、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


 なんだかキーラは大人な対応だ。


 それに比べてリンドブルムは……まともな敬語を使われた瞬間に得意げになって、自信満々の笑顔を見せている。炎も消して、とても上機嫌だ。


「僕はリンドブルム。炎龍と人間のハーフだ!」


「なるほど。チズル、こんないい仲間ができて良かったな」


 どこがいい仲間だ。さっきの態度見ればこいつがどうしようもない奴だと分かるはずだ。


「龍人は珍しい上に、とても強く、魔物の中では最高峰の頭脳を持つ。こんな仲間と巡り合った事は、神様に感謝しなくてはな」


 もしこの運命を決めた神がいるなら問いただしてやりたい。俺が何をしたのかと。


 そんな気持ちも知らずに、褒められたリンドブルムは、子供みたいに喜び、口元を緩めた。


「よく分かってるじゃないか。キーラだっけ? お前も僕の眷属にしてあげるよ」


「それは大変ありがたいお誘いではございますが、私はしがない猟師の身。甚だ力不足だと思います」


「それは僕が決める事だ。ほら、一緒に冒険しようよ」


 リンドブルムはキーラの腕を掴んだ。


「あ」とキーラは間抜けな声を出した。


 瞬間、リンドブルムは凄まじい速度で弾き飛ばされた。彼方へ飛んで行き、やがて見えなくなった。


「ああぁぁぁあ!」と遠くの方から悲鳴が聞こえる。


 よし、今の内だ。俺はキーラの手を掴み、両手で覆った。


「頼む! 俺を迫る魔の手から守ってくれ!」


「ま、待ってくれチズル! 迫っているのは君だ。少しばかり近すぎやしないか⁉︎」


 彼女は顔を赤らめながら、自由な手で腰のホルスターから拳銃を引き抜いた。


「茶化さないでくれ。あと拳銃チャカはしまってくれ。と言うかなんで猟師が拳銃を持っているんだ?」


 俺は手を離し、そのまま天高く突き上げて降伏の意思表示をした。


「ああ、元から私は銃を使わずとも獣を狩れるのでね。銃は対人用に持っているのさ。だから拳銃を所持している。こちらの方が便利な時もあるからね」


 説明を終えると、銃をホルスターに戻した。


「そうなのか。話を戻すが、あのリンドブルムとか言う自分の熱で頭が沸いた女、本気で俺の命を狙ってくるんだ。どうにか守ってくれないか」


「何か君があの子の癪に障る子でも言ったのではないかい? 君は女心に疎そうだから」


「馬鹿にしないでくれ。俺だって女の心くらい分かっている。人心掌握は軍事の基本だからな」


 キーラは嫌な顔をしながら、小さくため息を溢した。


「……これはダメだな。まあでも、君が命の危機を感じているのなら、命の恩人の頼みだ。全身全霊を持って守って見せよう」


 これは頼もしい。倒し切れるのかはわからないが、時間稼ぎはできる仲間がいるのはいい。


 俺はせっせと罠を張り始めた。アイテムは色々あるので、様々な罠が作れた。


「何をしているのかな」


 そんな俺を見て、彼女はキョトンとした表情を浮かべていた。猟師ならば分かるだろうと思ったが、この世界の文化水準は低いのか?


「見ればわかるだろ。罠を張っているんだ」


 そう返答をしながら、罠を淡々と張り続ける。枝を加工したり、縄を複雑に結んだりしている。


「ほう。これが罠と言う物なのか。いや、聞いたことはあるし、お父様から教わった事もあるのだけれど、使ったことがなくてね」


「ほお。そりゃ、なんでだ?」


「私が強いから、だね。大概の魔物は触れるだけで即死させられる私にとって、罠なんて必要ないんだよ」


「でも人には弱いんだろ?」


「ああ。だから、結構諦めているかな。正直、銃が通用しない人間が襲ってきたらもう諦めるつもりだ」


 諦めが良すぎるな。まあでもそうか。どうしようもない事は、いくら足掻こうがどうしようもないのだから。


「確かにそれは正しいのかも知れない。人には得意不得意があるからな」


「そうだろ? 無駄に足掻く必要なんてないんだ。自然のままやっていくしかない」


「なら俺がお前を守る。まあ、お前みたいに腕が立つわけではないが、対人術や心理学は一通り心得ているからな。言葉が通じて、知能があって、理性がある奴からは守ってやれる」


 キーラは小さく微笑んだ。普段の彼女は無機質な分、少しの表情変化で心が分かりやすい。なんだか純粋と言うか、素直で話していて楽しい。


「へぇ。それは逞しね。それも人心掌握の一つかな?」


「バレてしまったか」


 冗談交じりに言うと、キーラはフフと笑った。


 その無邪気な姿に心奪われ、俺は手を止めて見惚れてしまった。


 そのせいで、近付きつつあった足音に気付かなかった。


「よくも……僕によくもあんな事をしてくれたね! 焼き尽くしてやる!」


 どうやらリンドブルムが戻ってきていたらしい。弾きう飛ばしたキーラを睨みつけ、10個の火の玉を出している。


 それにしても、目は血走っているし、左腕には力が入っていないようで、もう瀕死と言った印象を受ける。


 思ったのだが、キーラは俺が想像している以上に強いのかも知れない。


 だとしても、どれだけ有利な状況だろうと俺は容赦も油断もしない。


「悪いけど、チズルが怯えているんだ。君には少し痛い目にあってもらうよ」


 キーラはリンドブルムにゆっくりと歩み寄る。慌てたようにリンドブルムは火の玉を飛ばす。


 あと少しでキーラに火の玉が当たると思った瞬間、彼女は虫でも払うように、火の玉を払った。


 そして、どう言う原理なのか、火は掻き消えた。


 リンドブルムは驚きながらも、火を拳に纏って突撃した。キーラもそれに合わせて拳を繰り出す。


 両者が触れ合う直前、地面の罠が作動してリンドブルムは宙吊りになった。そのせいでキーラの攻撃は命中せずに勢いのまま派手に転倒した。


 マズい。裏目に出てしまった。しかも変な姿勢で倒れたから、キーラは腕を痛めてしまったらしい。


 それを見たリンドブルムは縄を焼き尽くし、空中で1回転半を披露しながら華麗に着地した。


 キーラはすぐに起き上がり、もう一度拳を繰り出した。リンドブルムももう一度炎を纏った拳を繰り出した。


 俺は隙だらけのリンドブルムの後頭部を見て飛び蹴りを仕掛けた。奴の足元には落とし穴がある。キーラと俺の挟み撃ちを受けて平気でいられるとは思えない。


 ……あれ? 落とし穴?


「な! 何が!」と間抜けな声を出して落下するリンドブルムの先から、キーラの顔が現れた。


「グハッ!」


 ……やってしまった。キーラは派手に蹴り飛ばされ気絶している。


 落とし穴から這い上がったリンドブルムも驚愕している。


「……チズルがやったの?」


「…………」


 どうしよう……守ると言った直後に気絶させてしまった……完全に不注意だった。でも、やってしまった事は仕方ないな。後ろ向きに考えていてもいい事はない。


 割り切って次の事を考えるのが俺だ。


「そうだ。俺がやった」


「……ありがとう! チズル!」


 彼女は俺に抱きついてきた。その豊満な胸が触れるのは、母親以外の女性とほとんど話さない俺には耐えがたい羞恥で、思わず背負い投げをしてしまったが、彼女はかなり丈夫なようで、何事もないかのように話を続けた。


「チズルって強かったんだね! これまでごめんね? 君は人間の中でも特別だ!」


 まあ、これならいいか。ある程度力があって、俺を守ってくれる仲間だったらなんでもいい。最悪ジェイドでも良かった。たまたま好感度が最初から高いキーラをそのまま仲間にしようとしただけだ。リンドブルムでも全く問題はない。


「そうだろ。さあ、次の村に行くぞ」


 俺達はキーラを放置して次の村に向かった。隣の村は、さっきまでいた村の、更に先の方にあるらしい。


 リンドブルムの怪我を処置した後、ついでに村に放火してから隣の村に向かった。

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