第2話 罠のトラップ?
すっかり日も暮れて夜になった。多分8時間は経った。めちゃくちゃ腹痛い。
もう腹の中には何も無いのに吐き気がする。確かに果実は赤かったし、よく考えたら危険サインだったかも知れない。でも、どう見たってあれはイチゴだった。イチゴは食えて然るべきだろ。
「あー腹減った……うっ!」
腹が減ると言うより、腹がhell。助けを呼びたいくらいだ。ヘルプと。
こんなくだらないギャグを考えていても現状は好転しない。辺りは暗くて、探索をすれば確実にお陀仏だろうし、あの狼が今どこにいるかもわからないから、寝ることすらままならない。
と言うか、さっきから近くの木に隠れて尾行している。狼の状態だから尻尾が丸見えだけど。
順当に考えれば、目的は復讐か。思いっきりツッコんだからな。
あの年で一人で行動しているのを見ると、親もいないだろうし、狩りが大変なのかも知れない。だから純粋に俺を食べようとしているのかも知れない。
どちらにしたって、ハッタリだけの俺は襲われたらそこでバッドエンド。まあ、嘘つきが狼に食べられるのはちょうど良いかもしれないが。
一応言うと、正面戦闘ではまず勝てない。前回ツッコミで追い返せたのは痛みではなく、油断を突かれて驚いたからだろう。
罠を張るにしても、こうも見られていたら引っかかるものも引っかからない……あれだけ馬鹿なら引っかかる気もするが。
試しにいくつか罠を仕掛けてみたけど、やはり材料が足りない。ロープなどがない現状で作れたのは、木を組み合わせて大きな石を支えて、動物がそれに触れたら石が落下する仕組みの簡易トラップだけ。餌もないし、小型獣しか捕獲できない。
いざとなれば服の繊維から紐をつくって……とか考えたけど明らかに時間が足りない。それにこんな細かい繊維を編む技術もない。
その時。ガタンとトラップが作動した大きな音が鳴った。
ようやくまともな飯にありつけるかと思い、意気揚々と音の方に走った。
……確かに飯にはありつけそうだ。ただし、臭い飯に。
「いった! え? 何これ!」
そこには石に足を挟まれ、動けなくなった猟師風の娘がいた。手入れされた猟銃を大事そうに抱えていて、オレンジ色のベストの下に緑色の服を着た、茶髪の女だ。
終わった……こうなれば、見つかる前に逃げるしかない。
「そこに誰かいるのか⁉︎」
終わった……足音で気付かれたか。
「いや? いませんけどね」
「ふざけている場合じゃないんだ。石に足を挟まれてしまってな。きっと悪い魔物が仕掛けたんだ。悪知恵ばかり付けて……全く」
俺はニヤッと笑った。
「そりゃ大変だな。よし、今助けてやろう」
サッと石を持ち上げてやると、彼女は立ち上がろうとした。でも足に力が入らないようで、足を抑えている。
「あー、こりゃ折れてるな。そら、負ぶってやるから家を教えてくれ」
よし。これである程度の物資が漁れそうだ。勇者たちは基本、見ず知らずの民家から物資を探っても不問とされると聞いた事がある。俺は勇者ではないが、命の恩人とも言える俺の盗みを咎める人はいないだろう。
「ああ、ありがとう。この道をまっすぐ行った所にある……」
ガタンッ! と背後から音が鳴った。トラップが作動した音だ。
「い、痛いよー! うわーん!」
あの狼が罠に引っかかった音らしい。
「あ! 魔獣が自分の仕掛けた罠に引っかかっているぞー。これは倒さないとなー」
女から銃を借りて狼に向ける。いつの間にか少女の姿になっていたけど、俺は差別が嫌いだ。老若男女問わず人だろうか化け物だろうが、邪魔なら平等に始末する。
「うわーん! そこの男の人が仕掛けた罠に……」
俺はジェイドの声をかき消すように大声を出した。
「あー! よく見たら俺の仲間の狼男じゃないか!」
「女だよ」
「今すぐ助けてあげないとなー。いやー、ここの魔物もすっかり智略に長けてきたなー」
狼に近づき、猟師に聞こえないように小声で話を始めた。
「なんのつもりだ」
「なんのこと? 私にはさっぱりだなー。ふーふー」
吹けない口笛を吹きながら誤魔化すなんて初めてみたぞ。
底無しの馬鹿と油断していればこれか。ままならないな。
仕方ないので石を退けてやる。
「ありがとう」
「どうでもいい。俺の仲間なんだからあの女を運べ」
仲間と言う言葉に凄まじい嫌悪感を見せたけど、咄嗟にそんな嘘をついてしまったのだから仕方ない。
俺だって命を狙った畜生風情が仲間なんてあり得ない。俺も嫌なのに、こいつはなんで自分だけが被害者面をしているんだ。
「あ、悪いけどあなた……えっと、名前は?」と猟師は今更俺の名前を聞いてきた。
「渡貫千鶴だ」
「チズルか。なるべくならチズルが私を運んで欲しい。と言うか絶対に君が運ぶべきだ。その子が私に触れるべきじゃない!」
捲し立てるように口調が強くなっている。なんだこいつ。猟師なのに動物嫌いか? それとも動物嫌いだから猟師になったのか?
そんな疑問も次のタイミングでは全て解決された。狼が彼女に触れた瞬間、
「うぎゃぁぁ!」と吹き飛ばされた。
「すまない! 言い忘れていたが、私は触れた魔物に自動で反撃するスキルを持っているんだ」
「すきる?」
「スキルを知らないのか? スキルと言うのは生まれつき備わっている特異な能力の事だ」
何度か思っていたが魔物やら能力やら、意味の分からない物が出てくる。いや、意味はわかる。そう言う空想上の物があるのは知っている。
まあ狼男が実在した時点で色々おかしいと思っていたけど、あいつだけおかしいのかと思えば俺以外みんなおかしいのか。
俺もなんか出来ないかな? 試しに手にエネルギーを溜めるのをイメージした。
…………何も起きない。
「何をしているんだ? できる事なら早く家に連れて行って欲しいのだが」
「私も連れていって」
いつの間にか戻ってきた狼を無視して俺は猟師に近づいた。
「そうだったな」
彼女を再び背負った。触る時に少し警戒はしたが、やっぱり俺には効かない。
「そう言えばお前、名前なんだっけ?」
「私か? 私はキーラだ」
外見は日本人だが外国人なのか? それともハーフか? どうでもいいが。
「私はジェイドだよ」
「お前には訊いてねぇ!」と俺は
「うぎゃぁぁ!」
ツッコまれたジェイドはキーラに触れた時のように吹き飛んだ。
「なんだあの飛ばされ方は……君もそういったスキルを持っているのか?」
「そんなわけないだろ」
そういったスキルってなんだ? ツッコミの威力が強くなる能力か? どのタイミングで使えるんだ。
「あ、見えてきた。あれだ」
そう案内されたのは小洒落たログハウスだった。簡素な内装ではあるけど、その必要最低限と言った家具は機能美を持っている。
「ありがとう。何かお礼をしないとな」
「気にしなくていい……と言いたいところだが、俺はこの服以外何も無くてな」
「そうなの⁉︎ じゃあ仲間がいっぱいいるって嘘なの?」
狼が話に水を差したけど、今は関係ないので無視。
「そうか……ならサバイバルアイテムを一式持っていくといい」
「あー、外も暗い。一晩だけでいいからこの家に泊めてもらうわけにはいかないか?」
「すまないが、見ての通り私一人しかいない家だ。命の恩人だと言う事を加味しても、今日会ったばかりの男を一晩泊めるのは少なからず抵抗がある」
言われてみればそうか……あれ? 俺詰んでないか?
キーラに守ってもらえると思ってジェイドに嘘を明かしてしまった。もう俺はただの一般人。外に出ればすぐにジェイドの胃の中に入る事になる。
せっかく家の中での引き籠り生活からおさらばしたのに、次は胃の中で引き籠り生活がスタートしてしまうのは避けたい。
ならば、是が非でもこの家に泊まるしかない!
「あととても腹が減っている。一緒に食事をさせてもらえないか?」
「それならサバイバルアイテムの中に干し肉を入れおこう。保存も出来て、結構味もいける」
「俺にはテントを張れるだけの知識も力もない。どうか泊めてもらえないか?」
「ならテントの張り方は教えよう。なんなら私が張ってもいい」
「テントでは獣に襲われたらひとたまりもないだろ!」
「なら私がテントに泊まろう。君はこの家で休むといい」
駄目だ。なにがあっても一緒に一晩越す気はないらしい。別に変な意味ではなく。
それに、俺ばかり要求を押し付けて、挙げ句の果てには家を追い出して、これでは追い剥ぎ以下だ。
「いや、流石にそれは悪い。俺がテントで寝るが、ジェイドを家に泊めては貰えないか? こいつなら一応メスだし問題ないだろ?」
ジェイドは俺を睨んでいるけど、そんな事気にする必要がない。
「そうしてもらえると幸いだ」
俺は外に出てテントを組み立てた。言っては悪いが、小さくて、簡素で、汚らしいテントだ。まあ俺には十分だが。
学校の活動の一環として山に登った時、テントを組み立てたのを思い出した。その時俺は『軍事訓練だ』と言って一人抜け出し、木と救命用ロープで罠を作って先生を吊るしては、職員室に侵入して物資を漁っていた。先生にはこっぴどく怒られたけど、そんな風に構ってもらえるのが嬉しくて泊まっていた三日間はずっとやっていた。
その血が騒いだ。標的はジェイド。奴がいる限り俺の平穏はない。
貰ったサバイバルアイテムにはロープやナイフなど、罠を仕掛けるために必要な道具が揃っている。
俺は貰った干し肉を貪りながら、貰った地図を開き、貰ったペンで印を付けた。
貰った物だけで、これまた先人から貰った作戦を記した。改めて考えると貰った物ばかりだ。キーラには今度お詫びに狼肉でも渡そう。
それから数分後、全ての罠を仕掛け終えた俺はジェイドを呼び出そうと部屋に入った。食事中だったらしく、テーブルの上にはビーフシチューやカレー、ビーフストロガノフにハヤシライスがある。
「似たような物ばっかりだな……っと、そんな事はどうでもいい。ジェイド、ちょっと散歩しないか?」
「いいよ、お腹いっぱいだし」
「いいよってどっちの意味だ? いいのいいか? いいのいいならいいが、ダメのいいならいいを使っていいとは思わない。そもそも、いいのいいはいいが、ダメのいいもいいと思うか? いいはいいで、いい以外の事で使っていいわけがない。いいはいいがい……」
自分でも何を言っているか分からないが、俺以上に困惑しているのがジェイド。突如として現れた『いい』の無限迷宮に迷いこんだジェイドは頭を抱えながら叫んだ。
「あー! 分かったから黙って!」
よし。混乱させて判断力を削ぐ作戦は成功だ。
ちなみにキーラは、呆れた表情で、可哀想な物を見る目でこの光景を見ている。そんな事は無視だ。
外に出た途端、ジェイドはグルルルと唸り始めた。最初から殺意が凄いな。
「お昼の怨み、忘れてないよ……グルルル」
「知るか。騙される馬鹿が悪いんだよ。てか、狼なのに馬鹿ってどう言う事だよ。馬か鹿じゃないのかよ!」
「うるさい! お前だって嘘つきなのにベロが一つしかないでしょ!」
ジェイドは足と牙だけを狼にして飛びついてきた。
人間には真似できない圧倒的な瞬発力での攻撃。回避できるはずがない。
なので、回避する事もなくすぐ横にあったロープを切り、罠を作動させた。
ジェイドの足にロープが巻き付き、そのまま空高く持ち上げる。
「こんな縄!」
ジェイドは手を狼にしてロープを切った。だが残念な事に、上昇中のロープを切ればどうなるか、そこまで考える知能はなかったようだ。
慣性の法則に則り、その勢いのままジェイドは遠くまで投げ飛ばされた。
「きゃぁぁ!」
「あいつ馬鹿だな」
俺は満足してそう言った。あの勢いで何かにぶつかればただでは済まない。もし生きてたとしても、野生環境で大きな怪我は死に繋がる。
何はともあれ、これでジェイドは終わりだ。
キーラには『ジェイドは不慮の事故にあった』とでも言えばいい。
そう思って家に戻ろうとすると、突然後ろからジェイドの声が聞こえた。
「死ね!」
なんと彼女は全くの無傷で戻ってきていた。
俺のサバイバルナイフよりも鋭利な爪が、今にも俺の首に刺さりそうだった。
ただ、その寸前でトラップが作動したので問題ない。
「何個仕掛けてるの⁉︎」と吊るされながら疑問を提示するジェイド。
十数個仕掛けてるけど、そんな事を言う必要がない。
「さあな? 俺でも分からない」
「それでキーラさんに怪我させたんでしょ!」
……あ。そうだった。
……よく耳を澄ますと、虫の声に紛れて、人の絶叫が聞こえた。
「うわっ! なんだこれは!」
「誰か助けてくれ!」
「誰がこんなひどい事を……」
どうしようか。助けても誰か感のいい人には俺が作った物だと気付かれてしまうだろう。その時、どんな報復をされてもおかしくないし、文句も言えない。
……そうだ。逃げよう!
俺は全ての悲鳴を振り切って逃亡した。
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