英雄譚は誰が為に〜勇者の詩と白銀の姫〜
青川赤
序章
序章 遠い昔、この世界のどこかで……
―数百年前―
「ここが世界の終焉か」
暗雲立ち込める険しい山間の頂上に位置する巨城に、彼女らはいた。
上空には無数の黒い稲妻が意思を持つかのように荒れ狂い、塗りつぶしたような漆黒の空の雲の中には、飛竜やサンダーバードなどの大型モンスターがひしめく。その雲を貫くようにしてそびえる巨大な洋城の最上階、彼女ら四人が今までの全てを賭して目指してきた場所に、ついにやってきたのだ。
「世界の終焉」
そんな風に揶揄されるその場所には、言葉の通り世界を滅ぼす力を持つ存在、「魔王」が鎮座しているのだった。この世に混沌と恐怖、そして死をもたらす為に現れた強大な存在。彼女らは恐るべき諸悪の元凶に挑むべく、全世界の希望を背負ってやってきたのである。
それは、ひとえに「勇者」と予言される存在たる宿命を果たすために。
「なんだか……やっぱり緊張するもんだな」
背中に大剣を担いだ高身長の女戦士パトラマが、ほぐすように肩を回しながら口を開いた。その言葉に、ローブ姿に分厚い書物を手にした魔道女ミリアーノが答える。
「当然よ。この先には遂に、諸悪の根源たるあの「魔王」がいるのだもの」
更にそれを引き継ぐように、今度は僧侶たるナライラが頷いた。
「とても長い旅でしたね。ですがそれも今日、ここで終わりを迎えます」
そう言って、彼女は静かに自身の信奉する神へと感謝の祈りを捧げる。すると三人の様子に、彼女たちの先頭に立っていた最後の一人、勇者タナメアが振り向いた。
その姿は、おそらくは平民出生を思わせる短い茶髪に、一見すると少年に見えなくもない中性的な顔立ちをした、まだ子供とも思える年齢の少女だった。しかし一方で、彼女の風貌にはどこか、普通の人間とは違う神秘的な雰囲気が漂っている。
それは全ての神の祝福。運命の加護。勇者という天命の元に生を受けた、世界で唯一最強の魔法剣士たる証明だった。常に地に満ちる光のエーテルによって守護され、竜の血が流れるその身体はマナの寵愛を受けて、詠唱を伴わずに魔法を使う。そして何より、彼女は神の祝福によって「光の御子」と呼ばれる特殊な技能を宿し、その溢れるエネルギーがオーラとなって彼女の周囲に漂っているのだ。
タナメアは緊張を解かすように三人に向かって笑いかける。
「ええ、そうね。もうすぐ全てが終わるのよ。この戦いも、世界に満ちる悲しみも全て無くなり、きっと平和な世界に戻るわ。だから、ティシアの為にも必ず魔王を討ち倒すのよ!」
そして自分を鼓舞するように胸の前で拳を握った。ティシアという少女の名を告げる彼女の口調に、知らずの内に力がこもる。
三人も、自分たちを導いてきた勇者の言葉に力強く、しかし笑顔を絶やさずに頷いた。
それからタナメアは、自身の眼前にそびえ立っている最後の巨大な扉に相対した。彼女が念じると、勇者の力が触れることなくしてその禍々しい扉に作用し、道を開かせる。
重々しい音が辺りに響き渡り、四人は「世界の終焉」の最頂部、「星隠しの間」へと踏み入った。
「星隠しの間」は正しく空にたちこめる暗雲のただ中に位置し、その窓からは雲の中に広がる異界の景色を目にすることが出来る。見上げるほど高い天井は、そのまま暗黒の
幻惑の瘴気が辺り一面に立ち込めて視界を惑わし、天井にぶら下がるシャンデリアが「光」を「闇」で照らしあげていた。窓の外には時折、飛竜騎士や巨大怪鳥の影がよぎり、稲妻の閃光が瞬くように陰影を映し出す。
そんな毒々しく、お世辞にも華やかとは言えない、空漠的に広々とした部屋の最奥部に、その存在はいた。
世界を闇と絶望に包み込み、滅ぼそうとする者。魔導の究極にたどり着きながら、自身の魔の力に堕ちた災厄の主。闇に飲みこまれた反勇者、異界の魔物を召喚し、支配する力を持つ存在。
それが「魔王」である。
タナメアは、生まれてより定められた因縁の宿敵たる闇を纏ったその姿を遂に目の辺りにすると、すかさず腰に差した「暁の剣」を抜き放ち、掲げる。そして威勢を張り、声高らかに魔王に向けて叫んだのだった。
「世界を闇で覆わんとする魔王よ! お前の野望を打ち砕かんがために、星の光を携えてあたしは来た! この暁の剣の輝きを見なさい!」
言下に、「暁の剣」が主人の意志に反応して銀色の眩い煌めきを放つ。それは部屋中を埋め尽くす闇のエーテルの全てを払い、周囲に光をもたらした。
辺りが照らし出されると、タナメアはその剣を魔王へと向ける。
闇の瘴気に包まれていた魔王の姿が照らし出された。暗黒の法衣に身を包み、闇竜の骨を素材として造られた荘厳な椅子に腰掛けているその相手は、なんとも意外なことにまだ妙齢の女性のようだった。
ただし、彼女の顔やローブの裾から覗く体の至る所には魔性の刻印が刻まれ、奈落の深淵を思わせる黒い瞳は悪しき光に取り憑かれている。膨大すぎる魔力によって手の甲や首筋などには血管が浮き出ていて、髪の毛も色を失っていた。また、魔王たる存在ゆえの「闇の申し子」としての締め付けるような圧力が、見る者に強い緊張感を与える。
魔王は勇者の掲げた剣光に一瞬、目障りそうに目をそらしたが、すぐにニヤリと邪悪な笑みを浮かべてタナメアの言葉に答えた。
「勇者よ。祝福されし光の御子よ。ついに我が元にまでやってきたか」
魔王がそう言いながら立ち上がると、四人は一斉に戦いの構えをとる。しかし、魔王は余裕綽々とその姿を嘲るように笑った。
「私はこの世界を染め上げる。破壊という名の秩序をもって。貴様は一体何故抗う? 全てを調律する闇の魔力の素晴らしさを分からないのか?」
「光がなければ闇はない。光の差し込まない世界では、何者も生きることは出来ない。そんな世界に秩序などあるはずがない!」
タナメアは剣を構えると、激したように今にも斬りかかろうかと腰を低く据える。これまでの旅路、そこで積み重ねてきた思いが、込み上げてくるのだ。しかし魔王は彼女のその言葉すら一笑に伏した。
「くくく、愚かなことを。勇者だなどとのまたってはいても、私から見ればお前など、何も知らない哀れな小娘でしかない」
代々、魔王は魔導の究極によって悠久の、それこそ普通の人間には想像もできないほど途方もない時を生きた者が変貌すると言う。この魔王もまた、外見こそ二十代ほどの女性の姿をしているが、恐らくその実年齢はタナメア達には及びもつかないほどのものなのだろう。
「何を笑う! 世界の平和のためにあたしはこの場でお前を倒すのだ!」
「ほう、世界の平和を望むか。ならば殊更、私の手を取った方が得策だぞ。そうすれば望むだけの富と権威を与えてやろう」
「抜かせ!」
と、二人の会話に痺れを切らしたように、気の短いパトラマが床を蹴った。彼女はそのまま、一瞬にして魔王の眼前にまで飛びかかる。そして流麗な動作で背中の大剣を抜くと、袈裟斬りに斬撃を放った。
「未熟者が!」
しかし、歴戦の猛者たる勇者一味の一番槍、パトラマの一撃はなんと魔王の纏っている闇の法衣に吸い込まれるように消えてしまう。同時にパトラマは全身の力を奪われたような感覚に陥り、膝をつく。
「消え失せろ!」
魔王は体勢を崩したパトラマに向かって無造作に腕を振るい、ただそれだけの単調な動作で暗黒の上級爆発魔法を放った。
「展開せよ、マジックバリア!」
「くっ!」
間一髪、ナライラの援護によってその直撃を免れたものの、暗黒の魔力が引き起こす爆風の余波を防ぎ切れず、それに巻き込まれただけでパトラマは吹き飛ばされた。
「小賢しい」
魔王は吐き捨てて両手を構え、更に続けて魔法を唱えようとする。
「私は勇者と話をしている。お前達は邪魔だ」
宙をめまぐるしく動き回る手が魔法陣を描くと、僅か数秒の内に更なる上級魔法を完成させた。光すらも焼き尽くす地獄の業火が巨大な竜のような形となって現れ、四人に向かって襲いかかる。
「光よ!」
しかし、対するタナメアが剣を一振りすると、虚空から大いなる光の柱が召喚され、業火とぶつかり合った。莫大すぎるエネルギー同士が衝突し、空間を歪ませながらもお互いに相殺し合うと、部屋中を震わせる轟音と共に消滅した。
「タナメア、魔王の言葉になんか耳を傾けちゃダメよ! どんな誘惑を仕掛けてくるかわからない」
すぐ後ろに立っていたミリアーノがタナメアに向かって懸命にそう言うと、タナメアもそれに頷いた。
「分かってる。言葉は不要! 一気に片をつける!」
それだけ言い残し、今度はタナメア自らが魔王に向かって飛びかかり、剣を振りかぶった。魔王もそれを受け、魔法を用いて自身の得物である「
魔王は勇者と鍔迫り合いながら、彼女に声をかける。
「私を倒したところで意味はないのだぞ。新たなる魔王は必ず現れる。そうして歴史は繰り返してきたのだ」
「黙れ! それならば、その魔王もあたしが倒すまでだ!」
「威勢がいいな。だがお前にその魔王を倒すことは出来ない。決してだ」
魔王は語気を強めてそう言うと、相手を押し返し、片手で暗黒魔法を唱える。しかし、タナメアは剣を振り払って闇の奔流を弾き飛ばし、お返しとばかりに光の魔法を放った。魔王はワンドでそれを吸収し、平然と笑う。
「この世界に救いなどない! それを思い知るがいい、勇者よ!」
「この世界はあたしが救う! 救って見せる! ティシアのために! 全ての人々のために!」
タナメアは大きく宣言すると、仲間の三人を振り返り、再び剣を掲げた。
「みんな! 力を!」
彼女がそう叫ぶと、背後に控えた三人は一様に頷き、姿勢を立て直すと各々が武器を構えてそこに英気を込めた。すると、彼らの込めた霊気が目に見えるほど具現化した力、即ちマナとなって現れ、なんと吸い寄せられるようにタナメアの剣に集束を始める。
やがてその力の高まりが最高潮に達すると、光り輝く高密度で純粋なエネルギーとして、タナメアの掲げる「暁の剣」の周りで産声をあげはじめた。大気が歪み、膨大な熱量が狂ったようにその唸りを響かせた。
これこそが、タナメアの勇者たる技能「光の御子」。祝福された英気や魔力の寵愛を受け、それらが彼女のもとに集まり行く能力。それは言わば無限にも近い光の力を、彼女に与える事を意味していた。
「さあ受けてみろ魔王よ! あたしたちの力を!」
タナメアはそう叫ぶと、光のエネルギーを纏った輝く剣を大きく振り上げる。魔王は両手を広げてそれを受け止める仕草をしながら高笑いを浮かべた。
「はっはっは! やってみろ勇者よ! 例え私を倒すことが出来たとしても!」
勇者が、構えたその剣に渾身の力を込めて振り下ろす。それと同時に魔王の視界が虹色の光に包まれた。
――私を倒すことが出来たとしても、次なる魔王は……!
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