extra. 邂逅と希望ある創造と

 俺に〈シシャ〉の任と〈ショーチョー〉和白わしろを譲渡したあの日、師匠は消えた。代わりに残されたのは、中身の覗けない真っ黒い〈ビーダマ〉。

 黒は、師匠の色だ。だから、中で元気にやっているのだと、俺も和白わしろも信じてる。〈セカイ〉には入れないし覗けもしなかったけれど、ビーダマの中には入れたのだと……。

 その色が薄れていると知らされたのは、それから半年後のことだった。


和白わしろ、中は見える?」

「少しは、な。顔が判別できるほどは晴れてないが」

「……試しに干渉しはいってみるか」


 不安げに和白が首を振る。ビーダマの中は、良くも悪くも〝幸せ〟なセカイだからだろう。干渉したことでそれを崩してしまっては、師匠に申し訳ない。

 助け出せるかもと思い上がった自分の矮小さに嫌気がさす。師匠にとって、そこは余生そのものに違いないのに。

 もう少し中が見えるようになったら改めて考えよう。そう結論づけて3ヶ月が過ぎた頃、1人の男が現れた。


「すみませーん。誰か居ませんかぁー?」

「ご到着おめでとうございます。ここは――」


 言いかけた言葉を飲み込む。久々の迷い人は、〈ワタリ〉とも〈ナナシ〉とも違う不思議な気配をまとっていた。

 外見年齢は俺と同じくらいだが、なよっとして軽そうな感じが、精神年齢は下だなと謎の確信をいだかせる。俺を見るなり瞬時に詰め寄り、「よかったー! 心細かったんですよ」と手を取り激しく上下に振った。


「あのー。ここって、どういった場所なんですか? 図書館なんでしょうけど、棚はふよふよ浮いてスイーっと動き回ってるし、どの本も〝誰かの物語〟みたいだし、普通じゃないですよね?」


 一気にまくし立てられ唖然あぜんとする。こんなにもおしゃべりな人と接した経験がないこともあるが、驚いたのは〝セカイの本質〟を理解していたからだ。


「貴方は、いったい……」

「あ、すみません。僕はカタリィ・ノヴェル。人の中に眠る物語を取り出して、必要としてる人に届ける仕事してます!」


 まぁ、いつも迷ってるんでただの迷子とも言えますね。などと言って彼は笑った。


「試しにお兄さんのを一偏いっぺん……語り紡げよ物語――〈詠目ヨメ〉!」


 指で形どったフレームを左目にかざしてとなえると、ぽふんっと可愛らしい音を立てて本が現れた。パラリと目を通してから俺に差し出す。


「お若いのに苦労してるんですね、〝おたふく〟さん」


 まだ名乗ってない上に、和白わしろとの間でしか使っていない愛称でサラリと呼ばれ、本をひったくった。開くより先に、それが単なる本でなくセカイだと理解する。

 恐るおそる中を見れば、俺がここに来てからのことが全て記されていた。それ以前は空白。今より未来は、少ししか書かれていなかった。もっと知りたい気持ちが全く無いわけではないが、ホッとしている自分がいる。

 パタリと閉じて、俺は頭を下げた。彼は創造者かみ側の人間だ。


「カタリィさん、ありがとうございます。たとえ偶然ここに辿り着いたにすぎなくても、会うべくして会ったのだと俺は思います」


 バサリと羽音を立てて和白わしろもやってくる。「なんでこんなところにトリが……他鳥の空似?」などとブツブツ言う彼を見つめ、状況を理解しているのかいないのか和白わしろもこうべを垂れた。


「君の物語を必要としてたのは、君自身だったんですね。僕、迷い込んでよかったです」


 カタリィを目的地らしいセカイに案内した後、改めて俺のセカイを開く。その最後のページに書かれた文字を指でなぞった。

 その日が来るまで、〈シシャ〉と〈ルールブレイカー〉の腕に磨きをかけよう。師匠に、胸を張って会える未来のために。



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邂逅と希望ある創造と

〔2019.03.31作〕

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★カクヨム3周年記念選手権⑩「カタリ」or「バーグさん」参加作


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