意思と役目を継ぎし者

 おめでとう。そう祝うのは、彼がこの〈セカイ図書館〉に迷い込んできてから3度目になる。記憶が無いため〝仮の〟ではあるが、いわゆる誕生日というやつだ。

 1度目は、ここでの名前と役目を得たことを。2度目は、〈ナナシ〉の身で消え溶けることなく無事に1年を過ごせたことを祝った。そして、この3度目は――


「でも、師匠。本当に俺なんかが〈シシャ〉になれるんですか? 〈ショーチョー〉の生成だって出来なかったのに……」


 不安半分、期待半分の顔で福次ふくじが言う。元居た〈セカイ〉の思い出が無いから、セカイに入れなくなることへの未練も無いらしい。

 数多あまたのセカイを所蔵する此処でシシャ役に就くには、分身にして補佐をしてくれるショーチョー役が必要になる。それを生み出せないのならば、方法は1つだ。


「問題なかろう。わしから〈シシャ〉の任を譲るのだから、共に和白わしろも継げばいいだけのことよ。任を放棄したことで消えられても困るからな」

「でも、黒浪こくろう。ワシはそれで残るとしても、お前さんはどうなる?」


 今度は和白わしろが頭を逆さにして問う。

 でもでもと、小煩こうるさい子どもらめ。さては、わしが元々〈死者〉だということを失念しているな。


「焦がれることにわしは疲れた。生まれつどう〈セカイ〉たちに、入ることはおろか、君のように覗くことも叶わない我が身を呪うよ」


 だから、どうなったところで構わない。〈ナナシ〉たちのように消え溶けるか、そうはならずに残るのか。そもそも、前例のないことだから成功するとも限らない。

 さすがに、福次ふくじ和白わしろに危険が及ぶようならその時点で止める腹づもりでいる。わしの小さな夢に付き合わせた挙句、その対価とするなど、高すぎて願い下げだ。


「さあさ、わしからの祝いを受け取るがいい。何が起きたとて、気に病むことはないからな」

 神妙にうなずく1人と1羽を前に、作りかきかけのセカイを開き持ち、もう一方の手を福次ふくじに向けた。足元から光が湧き、髪がふわりとなびく。


「無数のセカイを生み出す神々に乞い願う。我が名は黒浪こくろう。シシャとなりし死者である。我を愛さずとも、この者に役目を譲ることゆるしたまえ。その名は〝福次ふくじ〟、あたう姓は〝大多おおた〟とす」


 わしの手から光が福次ふくじへと伸び、その身を透明な膜で包み込む。手を和白わしろに向け直して続ければ、彼もまた同様に光の膜に包まれた。

「シシャゆうすショーチョーもまた、共に大多福次へと受け継がん」

 ――対価はこの身、全てとす。

 最後の言葉に、彼らがハッとする。疲れたと、気にするなと言ったのに、それでもわしを案じ、求めてくれることは嬉しい。だが、このままでは育たずに終わってしまいかねない。


 体が黒い膜に覆われていく。吹き荒れる空気の波に阻まれ、福次ふくじ和白わしろが近づいてくる心配はない。巻き込まずに済みそうだと安堵し、わしは小さく手を振った。

 またいつか、会えるときまで……さらば!


 シシャの任、譲渡は成功した。予想外だったのは、奇しくもわしが〈ビーダマ〉にとらわれるに至ったことであった。

 永遠にセカイ創造を楽しめる、幸せだが閉ざされた結末。唯一の不幸は、外側の知識と記憶を持ったまま独り幽閉されたことだろうか。

 それでも、まっさらで真っ暗なセカイに光を生み、ことわりを定義し、住む場所を作り、つくり変えていくことは楽しい。たとえ共に生きるのが、7日でついえる仮初かりそめの命たちであっても。


 〈法則をやぶりし者ルールブレイカー〉となった彼らがわしのセカイに訪れるのは、そう遠くない未来である。



===

意思と役目を継ぎし者

〔2019.03.27作〕

=========


★カクヨム3周年記念選手権⑧「3周年」参加作


※再公開にあたり、終盤を加筆修正(2020.06.12)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る