終焉やぶりし調律者
私の世界は灰色だった。色付いたことが、無いわけではない。けれど、それでも「私の人生は灰色だった」と断言できる。
――彼女が死んでしまったあの日から。
「我、ここに願わん。この血肉を
空気が流れ、伸びきった髪がふわりと浮く。鶏の血に墨を混ぜて
今度こそ。積み重ねた失敗も苦労も
小さな破裂音がして室内が煙で満たされる。思わず目を閉じてしまったが、息苦しさの無い不思議さにすぐ開いた。
術式の中心にうずくまる、黒い影。さきほどまであった
初めは黒かった全身が、少しずつ本来の色を取り戻していく。血色の良い肌、栗色の髪、そして開かれた
「トーヤ……分かる?」
自分が何者なのか、私は誰なのか、私たちがどんな間柄であったのか。抽象的でいて、けれど最も的確な問いかけだった。
頭を抱え、
「ごめん。今は休むときだったね」
久しぶりの穏やかな心持ちに、自分でも頬がゆるむのが分かる。見た目以上に軽い彼女を、静かにベッドに横たえた。
ああ、帰ってきた。戻ってきた。私の愛しの――
*
強い想いは
でも、これは〈セカイ〉なりの優しさだったのだと俺は思う。
*
「だいじょう、ぶ?」
長いこと
「ありがとう、トーヤ」
「ムリ、しちゃダメ。寝てて」
「分かっているよ。今日もおつかい頼めるかい?」
素直に
お加減、どうですか? そう言って寝たきりの私の手を取り、決まって脈を診る。
「トーヤが離れると、天使が悪魔の
カラカラと表面上は笑ったが、全てが〝本当の意味で〟悪い夢なのだということは理解できたつもりだ。彼が〝外側の存在〟であることも。
「……あれは、トーヤではないのですね」
青年が
「ここは、閉じられていても幸せな〈セカイ〉です。少なくとも……少なくとも貴方にとっては救いのある……」
ツラそうに先を言い
契約印の刻まれた胸に手を当て、ゆっくり息を吸う。
「我、ここに命ず。今この
ぐっと指を
私の手は汚れきっている。彼女を蘇らせるために散らした命は数知れず、今さら安らかな眠りにつきたいだなどと
青年が、そっと私の魂を掴む。
「ありがとう。でも安心して。俺は〝
そう言って、もう一方の手に同じものを造りだした。けれど、そちらの〝私〟は形だけの
*
俺が戻ってすぐ、その〈ビーダマ〉は砕け散った。
本来なら、彼の死とともにその魂を喰らった悪魔が〈セカイ〉を滅ぼし、召喚された時間へと巻き戻ってはまた滅びるだけの閉ざされたセカイ。そのループする結末を壊せる
「おつかれさま。今回もオマケ付きでのご帰還かな?」
バサリと音がして、飛んで来た
「ああ。置いてくるわけにもいかないからね」
「気持ちよさそうに眠ってるねぇ。ワシも、もうひと眠りしてくるか」
「寝てたのかよ。なんて薄情なトリだよ」
「ワシは元々、夜型の生物だからね」
寝なくても平気なくせに。とは、言わないでおく。いつもの軽口を叩き合うだけの元気は残っているが、今回は少し疲れた。
さて、と〈セカイ図書館〉に向き直る。この手の中の彼に、最高の
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終焉やぶりし調律者
〔2019.03.23作〕
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