セカイ創造のお供

 わしのところに〈ナナシ〉が現れた。それをどこから聞きつけたのか、〈セカイ図書館〉他地区担当の〈シシャ〉から連絡が来た。自由に地区移動のできない身の上であるから、うちの和白わしろとあちらの〈ショーチョー〉とが情報交換でもしたのだろう。


『実は私のところにも1人、1年くらい前からナナシが居るのよ』


 挨拶もそこそこに淡々とつむがれた言葉に、少しだけ困惑する。鏡向こうの彼女――緋崎ひいざきの元にも居る、ということもそうだが、1年近く消えずにいるナナシなど聞いたことがない。

 詳しい発生条件は不明。分かっていることといえば、元居た〈セカイ〉の記憶を失っている――つまり自身の名前さえも覚えていないということだけ。

 記憶が無いから望むセカイもない。帰してやろうにも、どのセカイから来たのかも分からない。みずからセカイを捨てたのか捨てられたのか、その真偽はともかく、此処をふらふら彷徨さまよわれても、こちらの気が散ってしょうがない。


「いったい何をしたらそんなに残る?」

『何って……うーん、そうねぇ。名前と役目を与えたわ』

「たったそれだけか?」

『そう。きっと、寄る辺が無いと消えてっちゃうのよ。他のみんなは、そのまま放っておいて溶け消えるのを眺めては清々せいせいしてるみたいだけど、私にはなんだか後味悪くてねー』


 これがなかなか楽しいのよ、と鏡の向こうで緋崎ひいざきが微笑む。それが心底楽しそうで、少しだけ羨ましくなった。……いや、好奇心をくすぐられただけだろう。

 儂もやってみよう。そう告げて、具体的にどう関わっているのかを聞いておく。


『記憶がなくても言葉は通じるし、不便は少ないわ。ただ、此処の概念まではさすがに1から教えなきゃいけないから、そこは少し骨が折れるかしら』

「ふむ。当然だろうな」

『今じゃ、弟みたいなものよ。黒浪こくろうの場合は……うん。〝孫〟ができたと思えばいいのよ』

「あっはっは! 子どもも居ないのにか! いや、でもそれも悪くないな」


 我が分身といえど、わしのショーチョー・和白わしろは友人にして息子のようなものだ。ならば、迎えるナナシは孫に違いない。

 ひとしきり笑ったあと、「ところで」と話題を変える。


「セカイ創造は進展したか? わしのほうは相変わらずよ」

『同じく。助手が出来ただけあって没頭できる時間は増えたんだけどねぇ……』


 シシャになったとき一度だけ会った〈創造主かみ〉の言葉が確かなら、シシャとてセカイを造りだせるはずなのだが、上手くはいかなかった。


「紙とペンと、少しの夢があれば。ねぇ」


 2人で唸る。そんな中、鏡に緋崎ひいざき以外が映り込んだ。どうやら彼が例のナナシらしい。茶器一式と甘味の一皿を置いて、何も言わずに一礼して去っていった。


黒浪こくろうもどうぞ。あの子の入れる紅茶、美味しいのよ』

「では、ご相伴しょうばんにあずかるとしよう。もちろん、そのクッキーもな」


 緋崎ひいざきと揃ってパチリと指を鳴らせば、鏡の中と同じ位置にそれらが複製・再現された。途端に、紅茶のいい香りが広がる。


『セカイ創造には、こういうお供も必要よね』

「同意しかないな」


 美味しい紅茶と菓子を食べながら、他愛ない雑談をして過ごす。このひとときは、なかなかに至福だ。

 またその内。そう約束らしからぬいつもの約束を交わして、映し鏡の光を消した。


 ――少しの夢があればいい。

 もし、今のわしにそれが有るようで無いのだとしたら、〈ナナシ〉と過ごすことで得られるのかもしれない。他に享受きょうじゅできる刺激など、もう此処にはそれくらいしかない。

 そうさなぁ。さち多き福を呼び、次代をつむぐ助けとなれ。〝福次ふくじ〟と名付けてやろう。友として、共として。



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セカイ創造のお供

〔2019.03.17作〕

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★カクヨム3周年記念選手権④「紙とペンと○○」参加作

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