シシャと師匠とショーチョーと

 俺は大多おおた福次ふくじ。年齢不詳のヤングマン。ワケあって、この〈セカイ図書館〉K-946地区で〈シシャ〉をしている。

 主だった仕事は、本の形で存在する〈セカイ〉たちの保守・管理。直接干渉は禁忌事項だけど、〈ショーチョー〉を介しての間接干渉――もとい、鑑賞するのは自由だ。


「こちら、シシャ・福次。そっちはどうだい、ショーチョーさん?」

『うん、悪くないな。空飛ぶ怪物の居るセカイではあるがね。視覚シンクロするかい?』

「……今、ぜったい飛んでるだろ〝ワシロウ〟」

『はっはっはっは! ワシをなんだと思ってる、〝おたふく〟が』

「はいはい。ふくろうですよ」


 高所への恐怖心はない。ただ、すこぉーしばかり酔いやすいだけだ。

 少しでも慣れようと思って、巨大化した和白の背に乗ってたまに飛んでもらっているのだが、成果といえば、途中で落ちなくなったことくらい。そして降りたあとは、長いこと木目の床との仲を深める。親密度を可視化したなら、恋人どころか結婚してるんじゃないだろうか。


「〈本の中セカイ〉のことわりには逆らえないんだから、危険だと思ったら〈ワタリ〉なんて置いてすぐに戻ってこいよ。俺の替えは居ても、〈ショーチョー〉には居ないんだからな」

「君という奴はまた――」


 言いかけて諦めたのか、「了解。またあとで」と和白が連絡を断った。

 俺は所詮、代替品に過ぎない。分身となる〈ショーチョー〉を生み出せず、先代から譲り受けなければ〈シシャ〉にはなれなかった落ちこぼれだ。〝永遠の二番手〟。響きこそ幾分いくぶんかカッコイイものの、一番には決してなれない道化どうけの称号でもある。

 あまり卑下するなと和白は言うけれど、今でもときどき寝言で先代の名を呼んでいるのを知っている。俺だって、あの日のことをたまに夢に見る。


『焦がれることに、わしは疲れた。生まれつどう〈セカイ〉たちに、入ることはおろか、君のように覗くことも叶わない我が身を呪うよ』


 先代の〈シシャ〉――師匠は、いつもそう嘆いていた。本来なら共に消えてしまう和白を、〈シシャ〉の任ごと俺に継承させることで残し、自身の世界に幕を引いた。

 追う背中を失った弟子が、腐らずに済むものか。

 それでも俺が〝俺〟として今もこうして在るのは、形見とも言える置き土産の和白が居たからだ。迷うときには親のように導き、悩むときには友のように寄り添い接してくれる。師匠も和白もくしていたら、何者でもない〈ナナシ〉の自分など、さっさと消えていたに違いない。


「……〝ワシロウ〟」

『なんだ〝おたふく〟。ワシが恋しくなったか?』


 俺の小さな呟きを、和白が耳ざとく拾う。皮肉めいた軽口も、長く相棒を続けていれば心地よく聞こえるのだから不思議だ。


「やっぱりシンクロしてみようかなと思ってさ」

『ホロッホー! いつでも歓迎だよ。酔ったらすぐに言ってくれ。宙返りをめてやろう』

「冗談はくちばしの先だけにしてくれ」


 まだまだ不甲斐ない二代目〈シシャ〉だけど、これからもよろしくな。相棒さんよ。



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シシャと師匠とショーチョーと

〔2019.03.13作〕

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★カクヨム3周年記念選手権②「2番目」参加作


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