セカイ図書館~断片集~

あずま八重

本の森へようこそ

 吾輩は鳥である。名は有るが、好きではないので伏せさせていただく。とはいえ呼称が無いのは不便であろうからして、単純かつ安直ではあるが、仮に〈トリ〉と呼んでくれたまえ。

 書き出しこそ、とあるセカイで有名な作品を真似たが、この〈トリ〉めが普段使いしている一人称は「ワシ」である。我が森の担当となった〈シシャ〉に大笑いされて「ワタシ」に変えようとしたものの、似合わないとまた笑われたために元の鞘、だ。


 さて。ワシについてはここらで切り上げて、此処の話をするとしよう。


 此処は〈セカイ図書館〉。あらゆるセカイを〈本〉として蔵書している場所で、ワシは「本の森」と呼んでいる。書架しょかの1つ1つにセカイが満と詰め込まれているから、木というよりは〈大木たいぼく〉といったところか。

 類似セカイは同じ書架に収められているため、まれにセカイ線を跨ぐ〈ワタリ〉が出る。そのままそのセカイに馴染めれば、なんら問題はない。けれど、極々ごくごくまれに、セカイから拒絶されて弾き出されるワタリもいて、それを鑑賞するのがワシの少ない楽しみの1つだ。

 見た目はビーダマ。じかに覗いても内包された〈結末〉は見えるが、さすがに首が凝るのでワシは投影機を使う。


 最近は、どこかのセカイで概念が確立してしまったらしく、わたり先を選びにこの森に迷い込む〈はぐれワタリ〉が増えている。その者たちを案内するのは基本的に〈シシャ〉の仕事なのでワシは別に構わないのだが、しいて不満を言うならば、そのせいでオヤツの時間がよく遅れることだろうか。


「おーい、ワシロウ! ちょっといいか?」

「ええい! その名でワシを呼ぶなと言っとるだろうが、おたふく!」

「お前こそ、その呼び方やめてくれよ。俺は大多おおた福次ふくじだっての」


 毎度飽きずに同じやり取りを繰り返しながら、呼集こしゅうに応じてバサリとかけつける。シシャの上げた腕に止まり、くだんの〈はぐれワタリ〉に頭を回し向けた。少年から「フクロウ?」と小さな声が漏れる。


「君は〈トリ〉と呼んでくれ。はぐれワタリ君。――して、シシャ殿。案内は済んでいるのかな?」

「もちろん。あとは和白わしろにお任せするよ」


 いい加減でナヨナヨした性格のわりに、福次の仕事は早いから感心する。まぁ、そうでなければ〈シシャ〉はつとまらないのだろうが。

 福次が本を広げ持つ。そこに〈はぐれワタリ〉の手を乗せるよう指示を出し、わたしの言葉をとなえて少年を本の中セカイへ落とした。


「それじゃあ、中での案内よろしくね。くれぐれも、食事に夢中になったり寝過ごして彼を見失わないように」

「……過ぎたことをもう言うな。ワシだって、そういつもいつも同じ失敗などしないわ。それより、不在の間にビーダマを見つけたら回収しておくのだぞ?」

「へーい、へい。お土産話も楽しみにしてるよ」


 福次の軽い返事を最後に、ワシも〈セカイ〉へ落ちる。図書館を離れられない〈シシャ〉に代わり異世界探訪するのも仕事の一環であり、また楽しみの1つである。



 最後に。いつか〈はぐれワタリ〉になるかもしれない貴方に1つだけ伝えておこう。

『貴方がなれるのはその〈セカイ〉の主人公であって、決して〈創造主かみ〉ではない』

 ――それでは、お会いせずに済むよう願っております。



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セカイの森へようこそ

〔2019.03.10作〕

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★カクヨム3周年記念選手権①「切り札はフクロウ」参加作


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