死にたい夏に、雪
ナヒロ
Prologue
「海……」
コトコトと走る電車に揺られていた、私の視線の先に海岸線が広がる。
八月の空は青く澄み渡る快晴で、照り付ける太陽の日差しが海面でキラキラと反射していた。
ローカル線に乗り換えて数十分。最初はよそよそしく感じられた寂れた電車特有の雰囲気にも、どこか趣を感じられるくらいには慣れてきた。
都会の電車よりもフカフカした座席に身を委ねながら、青く、蒼い、夏の景色を眺めていると、無性に温かい気持ちになってくる。
過去のこと、未来のこと。
人が物思いにふけるのは決まってこんな瞬間なのかもしれない、なんて思った。
『非常に残念ですが、我々では手の施しようが……』
『そうですか』
『……』
白い壁、白い床、白い寝台に白い机。すべてが白で統一された空間に黒い写真が張り出されていた。どうやらその写真は、私の終わりを写し取っているらしい。
『当院といたしましては、ターミナル・ケアのご案内をさせていただければと……』
『わかりました』
『……』
申し訳なさそうな宣告と淡々とした応答が白い部屋に響く。当の私は沈黙したまま。
悲しかったのだろうか。辛かったのだろうか。
その答えは未だに出ない。
ただ、私には全てが遠く感じられた。
遠く。
遠く。
遠い――。
「次は~美河ぁ、美河ぁ」
ガラガラの一両編成に響いたのんきなアナウンスが、私の意識を記憶のゆりかごから呼び戻す。
長かったような、短かったような、いずれにせよ心を整理するには十分な時間を過ごした電車の旅もそろそろ終点。
切符を取り出そうと白いワンピースのポケットに手を入れる。すると、身に覚えのない硬い感触が感じられた。私はそれをポケットから取り出してみる。
「指輪……?」
私の指がつまんでいたのは、小さな黄色の宝石が装飾された指輪だった。
見た者を飲み込むような深い山吹は私の心を惹きつけた。
「綺麗だな……」
なんとはなしに、その指輪を右手の人差し指にはめてみる。
「うわ、ぴったし」
付け心地の良さは、まるで自分のために誂えられたかのようだった。
「これ、貰っちゃってもいいかな……」
私はキョロキョロと車内を見回す。相も変わらずガラガラの車内。完全犯罪成立である。
きっと神様からの贈り物だったのだろう、と私は都合よく解釈することにした。
そんなこんなで前方に駅が見えてくる。
キャリーバッグを手にして立ち上がる。ドアに向かって歩く足取りは軽く、私は自分の気力がかつてないくらい充実していることを実感していた。
――全てが遠く、終わりは近い。
だからこそ私は、最後まで精一杯に生きようと思えるのだった。
電車が止まり、プシューという音と共にドアが開く。
眩しい熱気に誘われて、私はその一歩を踏み出した。
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