踊り子の夢

「これ、ぜんぶ? 私に?」

「そうよ」


 リビングの床に拡げられた洋服の数々は、シックな色合いの無難なモノから、これはちょっと、という派手なモノまで多種多様だった。


 普段着るモノから、コレは何処に着ていくの? TPOが分からない、摩訶不思議な取り合わせにみちるは目をチカチカさせた。


 どちらにしろ、どれもみちるが今まで手を通した事のない高価そうな服ばかりだった。


「お下がりで悪いんだけどね」


 見入っているみちるに、麗子が優しく話しかけた。


「いいえ、そんな」

「それから」


 麗子は服を出した大きな紙袋から最後に雑誌を数冊取り出す。


「ランジェリーはさすがにお下がりはできないからね。ここから選んで」


 麗子が取り出した雑誌は全て有名下着ブランドの通販雑誌だった。


 はい、と頷き、おずおずと手に取り眺めるみちるを見、麗子が言う。


「まだ育ち盛りだからね」


 品定めするかのように全身をくまなく見る。


「サイズ選びも慎重にして、こまめに買い替えなないとダメ。サイズには細心の注意を払う事」


 麗子はそう言うと、いきなり正面からみちるの胸の膨らみをわしづかみにした。


「っ!?」


 言葉も出ないみちるは目を見開いたままされるがままになる。麗子は真剣な顔で、固まるみちるの胸から手を離すと次にアンダーに腕をまわした。


 最後にウエストに触れ、ニッコリ微笑んだ。


「うん、いい形! B50ね。直ぐにきつくなると思うからその時はまた買い替えましょう。大事に育てなきゃね」


 呆気に取られキョトンとするみちるに雑誌を見せ、麗子はてきぱきと何かをを書き込む。


「サイズは書いたから、デザインは好きなのを選んで。ランジェリーは極上のモノを着けなきゃダメよ。支払いは星児か保がしてくれるから心配しないで」


 ダイニングから遠巻きに見ていた男二人が肩を竦めた。


「何から何まで、すみません」

「いいのいいの。拾った2人は責任持たなきゃ」


 麗子がカラカラと笑う。完全に圧倒されていたみちるは、遠慮がちに聞いた。


「あの、触っただけで、サイズを?」

「麗子は元ストリッパーなんだよ。今は踊り子達の指導してる。そのせいか知らねーけど、女の躰知り尽くしてんだよ」


 椅子に座り長い脚を組み、コーヒーを飲みながら星児が言った。


「ストリッパー……」

「ストリップね」


 みちるは麗子の均整の取れた美しい肢体を眺めて、ああ、と納得した。


「元、なんですか? 今でも綺麗なのに」

「三十路過ぎたオバハンの裸じゃ客は喜ばね……いでっ」


 保の顔面にティッシュの箱が飛んだ。


「三十路……麗子さん、30過ぎてるんですか? 見えな……っ」


 言い終わらないうちにみちるの頬を麗子は片手でガシッと挟み、ニッコリ微笑んだ。


「みちるちゃん。レディーの歳を連呼するものではなくてよ」

「ず……ずみ゛ばぜん゛」


 みちるは頬を掴まれたまま謝る。星児が後ろを向いて吹いていた。



「この服はみんな、私が昔着たモノだからデザインもちょっと古いわよね。だからこれらはあくまでも〝とりあえず〟のもの。後はこの中から自分の好きな服選んでね」


 言いながら麗子はもう数冊の通販誌をみちるに手渡した。


「え……っ」

「ティーンズ向けのにしようと思ったんだけど、早く大人になった方がいいと思ったからやめたわ。女を磨いてちょーだい」


 怒涛のスペシャル待遇に思考が追いつかず、みちるは戸惑いながら雑誌を開く。女を磨く、という単語にイマイチピンと来ない。


 雑誌から顔を上げるたみちるに、麗子の包み込むような柔らかな笑顔が向けられていた。


「私に、みちるちゃんが〝極上の女〟になる為のお手伝いをさせてもらうね」

「麗子さん……」

「星児に頼まれた、っていうのもあるんだけど」


 クスッと笑いながら肩を竦めた彼女はしなやかな手を、雑誌を持つみちるの手に添えた。


「しっかり地に足を着けて歩いていける女にならなきゃダメ。〝街〟に飛び込んだその時から〝甘え〟なんて許されないんだから」


 一息置いて麗子は続ける。


「いい? 転落も成功も、全ては自分の責任なのよ」


 厳しさと優しさが調和し同居する言葉に覚えがあった。


 ああ、星児さんだ。星児さんと同じだ。


 みちるの胸が熱くなる。〝人〟が持つ根幹の優しさに触れた気がした。


 涙目になって見上げるみちるの頭を静かに撫でた麗子は微笑む。


「泣かない泣かない。もう大丈夫だから。人は〝大人〟になるまではちゃんと守られるべきなんだから」


 麗子はみちるをフワッと抱き締めた。


「強くしなやかに生きられる大人になりましょう」

「はい」


 柔らかな胸の中で、閉じた瞳からポロポロと涙が溢れた。


「落ち着いたら一緒にショッピング行こうね」


 麗子の言葉にみちる顔を見上げ「はい!」と頷き、二人は楽しそうに顔を見合わた。


「今まで男二人の面倒ばかりみてきてムサ苦しかったけど、妹が出来たみたいて凄く嬉しい」

「〝娘〟の間違いじゃね……」


 ビタン!と保の顔面にスリッパが直撃した。


 ククッ……と笑いを堪える星児の背中。


「私もお姉さんが出来たみたい……」の言葉を吹き飛ばされてしまったみちるもアハハハと笑い出してしまう。


「保! アンタのせいでいい雰囲気も台無しよ!お詫びにそこの《松花堂》で最中買って来なさい!」

「はぁ!? 意味分かんねー!!」



†††


「眠っちゃったみたい」


 麗子がそっと覗いた寝室のドアを静かに閉めた。保がみちるに添い寝をしそのまま寝てしまった。


「そうか」


 答えた星児は飲むか?とシャンパングラスとボトルを掲げて見せた。


「うん、少し……」


 グラスに注がれる赤く透き通る液体を見、麗子はボトルのラベルを覗いた。


「ポールローランのロゼ?」

「ああ、昔の客に貰った」


 グラスを麗子に渡しながら星児が優しく笑う。お疲れ、とグラスを合わせ麗子も微笑んだ。


「ホントに一人じゃ寝られないのね」


 シャンパングラスをテーブルに置いた麗子が寝室のドアを見ながら言った。


「ああ。何か嫌な記憶があるんだろうな」


 グラスに口を付けたまま星児が答える。


「嫌な、記憶ーー」


 表情を哀しげに歪ませ微かな声で呟いた麗子の手を星児が優しく引き、抱き寄せた。


「思い出すな」

「うん」


 暫し、星児の胸に顔を埋めていた麗子がゆっくりと顔を上げると、お互いに顔を寄せ合い長い口付けをした。


 星児に促され、膝に跨がるように座った麗子は、囁く。


「愛してる」

「愛してるよ」


 麗子の頬に優しく手が添えられ、もう一度唇を重ねた。




 薄暗いリビングの大きな窓から差し込む蒼白い月の光に麗子の白い躰が映える。


「ん……ん」


 絡まる舌に躰が痺れていく。愛撫の手が悦楽を誘う。


 波のように引いては寄せる愉楽に揺蕩い、流れ、沈む。けれど今夜は、深淵まで沈めない。


 何故?


「どうした?」


 涙目になる麗子の瞳を星児が見つめた。


「星児、ずっと、ずっと私を愛して」


 首を傾げ、哀願するような麗子に星児は「どうしたんだよ」と優しく笑い、キスをした。

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