ダブルベッド
風呂から出てきたみちるを見た星児と保は眩しげに目を細めた。
風呂から上がったばかりで上気した頬が微かにピンク色に染まり、白い肌を艶めかしく見せていた。
艶やかな桜貝色の唇。湿り気を帯びた長い髪が蛍光灯の光を反射する。大きめのTシャツからは足がスラリと伸びていた。
「ぉふろ……ぁりがとぅござぃます……」
二人に見詰められて緊張したみちるは声が上擦らせた。みちるのその姿に星児と保は思わず吹き出した。
実年齢を疑う色気を醸し出すのはほんの一瞬だ。
まだガキだ。その事実に二人は多少の安堵を覚えていた。
†
ダイニングテーブルの上に出されたのは楕円形の深皿に盛られたパスタだった。
白い皿にエビやアボカド、水菜が彩りを添えたパスタに琥珀色のジュレが絡んでいた。
「わぁ……」
みちるが目を見張る。テーブルにはちゃんと三人分セッティングされていた。
「今日は時間ねーから手抜きな」
フォークを出しながら保がそう言い笑った。
「手抜き?」
驚き目を見張ったみちるに保が笑った。
「あ、いい顔だ」
「え?」
保に手を引かれ、顔を覗き込まれたみちるの心臓からトクンッ!と大きな脈動が全身に伝わっていた。
星児の隣に座ったみちるに、フォークが手渡された。
「さ、食お」
保に笑いかけられ、少しづつ緊張が解れていったみちるだったが、
「はい、いただきま――っ!?」
フォークを持って手を合わせた時、立て続けにポンポンポン、と皿にエビが飛んできた。
「えっ!? えっ!? えっ!?」
エビを投げ入れた本人……隣に座る星児を見る。
「せいじぃい~!!」
向かいに座る保が星児を睨んだ。
「俺はエビ嫌いなんだよ。知ってて入れんなよっ!」
「今日はみちるに合わせたんだよっ!!」
二人の子供のようなやり取りに呆気に取られたみちるは、ふとある事に気付いた。
私がエビ好きなのどうして保さん知ってる?
フォークを持ったままみちるが保を見、表情からみちるが言わんとする事を素早く察した保はニッと笑った。
「さっき事務所で弁当食った時、最後までエビフライ取っておいてたろ。すげ旨そうに食ってたからさ」
「あ、やだ、恥ずかし……」
両手で顔を覆い隠したみちるを見た星児と保はハハハッ!と笑い出した。
「エビ、食ってな」と星児がみちるの頭を撫でた。
†
「旨いか?」
パスタを口に運んだみちるを見た保が聞く。
「はい!凄くおいしい……」
モグモグする口を手で覆いながら頷いた。よし、と満足そうに保が笑う。
暫くは、みちるが美味しそうに食べるのをさりげなく眺めていた保が思い出したように星児に話しかけた。
「まずは、みちるの着るモンとか揃えねーと」
「ああ、それならさっき麗子に電話した。明日来てくれるってさ」
「れいこ、さん?」
パスタを巻いたフォークを持って首を傾げたみちるに保が答える。
「俺の姉貴で星児の彼女」
星児さんの、彼女。
『星児の彼女』
心中で反芻したみちるの胸にツキンという微かな感触があった。
痛い?
それは、自分でも気付かない、何か。
†††
「あの」
タオルケットに身をくるみ、寝室のドアの前でみちるが立ち尽くしていた。
「どうした?」
ソファで毛布を掛け横になっていた星児がそんな彼女に目をやった。
「あの、すみません」
モジモジと言いにくそうにうつ向くみちるに星児はフッと笑う。
「一人で寝られない、とか言う?」
ギュッと目を閉じたみちるはコクンと頷いた。星児は肩を竦め、まだ自室に入っていなかった保と、どうする? と顔を見合わせた。
「まさかこの歳でお前と同じベッドで寝るなんて、夢にも思わなかったぞ」
「るせーよ。そのセリフ、そっくりそのまま返すぜ」
さっき、みちるが寝かされていた大きなダブルベッドで、みちるを挟んだ川の字で横になった。
星児と保のやり取りにみちるは思わず吹き出す。手で口を押さえてクスクスと笑う。
「やっと笑ったな」
「あ」
覗き込む星児と保の包み込むような柔らかな表情をみちるは交互に見た。
なんだろう。すごく胸が温かい。
「やっぱ、みちる、笑ったらいい顔だ」
仰向けの、みちるの頭を保が優しく撫でて言った。
「よーし、三人で手ぇ繋いで寝るかぁ」
「お前と手ぇ繋ぐのはイヤだぞ」
「誰がお前と繋ぐか、ボケ!」
みちるはお腹を抱えて笑いだしていた。
さりげない優しさを示せるのは、大人の証拠。けれど二人のやり取りは時折少年のそれのよう。
みちるは不意にある疑問が浮かんだ。
「あの……」
「ん?」
二人に同時に見詰められ、ドキッと言葉に詰まってしまったが勇気を出してみちるは聞く。
「星児さんと保さんは、何歳なんですか?」
「18」
うつ伏せになっている保がみちるの頬を人差し指で優しく突いた。
「えー、それは、ウソですよね?」
そう言いながら、みちるがちょっと頬を膨らませた時、
「ほら、もう寝るぞ」
言いながら星児がベッドサイドの灯りを落とした。
「あっ!」
みちるが一瞬で包まれた暗闇に声を上げた。
闇の恐怖にギュッと身体を固くしたみちるの両手がそれぞれ感触の違う大きな手に包まれた。
「大丈夫だ、そばにいる」
星児と二人の温もりにみちるの身体の力が抜けた。
「みちるがちゃんと1人で寝られるまで俺達一緒に寝てやるよ」
二人は両脇から優しくみちるに寄り添う。
肌が触れ合う肌が温かく、冷えていた心に体温が戻ってゆく。
みちるは微睡み眠りに落ちていった。
この〝三人で寝る〟という毎夜の儀式はこの先、徐々に形を変え、ずっと続いていく事になる。
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