起点

「珍しいな、保がガキを買って来るなんてさ」


 品のない風俗店の派手な看板ライトがチカチカ点滅するのを映し出す窓の前に、剣崎星児がスラックスのポケットに手を突っ込み立っている。


 窓の外のネオンなど見ているわけでもなさそうだが、保には背を向けたまま動かなかった。


「星児の名前が出てたからだ。アイツらのお手付きモノなんか買わされたくねぇだろ」


 星児がその言葉にクッと笑う。


「だから〝そうなる前〟に買った、か」

「そうだよ」


 文句あるか、と言いたげに保はムッとして答えた。


 何かを考えていた星児は少しの間を置いて、そういや、と再び口を開く。


「源さんとこのロリパブ、昨日ガサ入ってたな。アソコのガキども、クモの子散らしたみてーにほとんど消えたらしい」


 そこで言葉を切った星児は振り向いた。


 窓からの、ネオンの明かりを背に立つ彼の姿に、少女は息を呑んだ。


 仕立ての良い細身のスーツをカチリと着こなし、切れ長の目はまるで獲物を狙うかのような隙のない光を放つ。圧倒的な威圧感で対峙する者を黙らせる力を持っているようだった。


 背筋が伸びた近い立ち姿は、見上げる少女には実際の身長よりもずっと高く見えた。


 少女は、星児の放つオーラに圧倒されジリッと後退りした。部屋全体に満ちた緊張感に、保も固唾を呑む。


 カツカツと靴音を響かせ少女の傍にきた星児は彼女の顎に人差し指を掛け、クイッとその顔を上げさせた。


「お前、いくつだ?」


 ゴクリと緊張に生唾を呑んだ少女は、覚悟を決めたように真っ直ぐに星児を見据える。


「じゅ……じゅう……はち」


 尻すぼみに小さくなる声で彼女が答えた次の瞬間――、


 星児は少女が着ていた保のジャケットの合わせ部分に手を掛け、一気に全開にした。


 ボタンが弾け飛ぶ。


「――っ!?」


 路地裏で乱暴された時に服を殆ど剥ぎ取られていた少女は、そのジャケットの下はほぼ全裸に近かった。


 その為、前を開けられた彼女は、一瞬にして白い躰を露呈させられた。


 あまりのショックに声も出ない少女と、その隣で保は呆気に取られる。


 星児は冷めた視線で彼女の躰に一瞥をくれるとジャケットから手を離した。


「18の女はそんな出来損ないみてーな躰はしてねーよ。お前、まだ14、5だろ。さしずめ、家出少女ってとこだろ」


 ヨロヨロと床にへたり込んだ少女に星児は冷たく言い放った。星児の言葉に少女はビクッと肩を震わせる。


「図星だな」


 座り込んだまま蒼白となった少女の前に星児は屈み、目線を合わせる。真っ直ぐに彼女の瞳を見詰める目は、何かを探るかのように動かない。


「処女か?」


 唐突で、予想だにしなかった星児の言葉に、少女は目を丸くしただ素直に正直に頷くしかなかった。


「よし、分かった」


 彼女から視線を切った星児は立ち上がった。


「保。俺達のマンションの部屋、1つ使ってなかったよな。アソコをコイツの部屋にしてやる」

「は? 星児、何言って」


 いきなりの提案に、保は面食らった。そんな保にはお構い無しに星児は少女に語りかける。


「いいか。しばらくは俺達のとこに置いてやる。売られなくなければそれなりにこの街で生き抜く方法を考えろ。それが出来ないなら」


 一旦言葉を切った星児の瞳が険しくなった。


「家に帰れ。それか、俺が警察に突き出してやる」


 少女はそのひと言を聞いた瞬間、鋭い眼光から逃げずに叫んだ。


「イヤ! 私に帰るところなんてない!」

「腹からいい声、出せるじゃねーか」


 思わず声を張り上げていた少女に星児はニヤッと笑った。


「それなりの事情があるんだろ。俺らだってそうだった。ただな、自分の足で生き抜く力は付けなきゃいけねぇ。俺は余計な手助けなんかしてやんねーぞ」


 ぶっきらぼうな言葉なのに、不思議な優しさが同居する。少女の心に温かい何かが拡がっていった。


 ポロポロと涙がこぼれ落ちた。


 安堵からか、少女はポロポロと涙を零し、次に声を上げて泣き出した。しゃくり上げ、泣き続ける彼女の頭を星児が優しく撫でる。


「いいか。今は、この街で堂々と働ける歳になるまで大人しくしていろ。それまでは俺達が守ってやるから」


 言いながら星児はその視線を保に投げ掛けた。


「保、分かんだろ?」


 保は黙って頷いた。あうんの呼吸がそこにあった。


 そうだ、〝処女〟は高く売れるのだ。


 大事に育て、ここぞ、という場面での〝切り札〟する。


 これが、3人の関係の始まりだった。




「お前、名前聞いてなかったな」

「あ、えっと……」


 星児は少女の頭に手を置いたまま優しく笑った。


「ロリパブの源氏名はいらないぞ。もう捨てろ。差し支えなければ俺らには本当の名前を教えてくれねーか」


 少女の顔に初めて微かな笑顔が見えた。


「みちる……津田みちる、です」


「みちる、か」


 みちると名乗った少女の頭をクシャッと撫でた星児はニッと笑った。


「俺は星児でアイツは保だ」


 どこかに微かな少年を残すような笑顔が彼女の小さな胸に何かを残した。


 せいじさん、と。


 たもつ、さん。


 胸にチクリと刺すような小さな小さな痛みを残す〝何か〟を。

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