小説評論 『ペスト』
朝乃雨音
第1話 ペスト
ノーベル文学賞を受賞したフランスの作家、アルベール・カミュの代表作の一つである『ペスト』は、表題の通り伝染病のペストを基にして書かれたドキュメンタリー風フィクション小説だ。
『ペスト』は"一億人以上を帰らぬ人とした最悪の伝染病"という不条理に苦しむ集団を描いた傑作であり、その内容には多少は差異があれど現在世界で猛威を振るっている新型コロナウイルスCOVID-19と重なる所がある。
特に、逃れられない伝染病の不条理に困憊していく人々の様子はまさに今の新型コロナウイルスCOVID-19に侵された日本のようであった。
数十年置きに世界を襲う疫病は神からの試練なのではないかと思える程に不条理で、誰も悪くないのにも関わらず人々を苛む。その不条理に押しつぶされそうになった人々は一体何を思い、何をするのか。それがこの作品のテーマである。
『ペスト』では人対不条理の構図を取っているため、最終的には登場人物たちが手を取り合い助け合いながら不条理な運命と戦うのだが、そこが今の世界の現状と小説作品である『ペスト』の違いでもあるのだ。
新型コロナウイルスCOVID-19に侵されたこの世界は正義と悪を求めている。不条理から生まれる苛立ちを発散させる相手を求めてしまっているのだ。中国が悪い、与党が悪い、安倍晋三が悪い、マスクをしていない奴が悪いと、悪を求め正義に縋りたいと思っているのである。
それは充実した現代がもたらした怠惰の本質なのかも知れないと私は思う。カミュが描いた中世ヨーロッパの町には不条理が溢れており、人々は毎日を必死に生きていた。素朴でも掛け替えのない小さな幸せを手に入れるために人生に向き合っていたのだ。
そのため『ペスト』の人々は巨大な不条理に直面しても互いに手を取り合い、幸せを実現させるために全力を尽くしたのである。
しかし、現代には幸福が溢れてしまっているのだ。
幸福は必死になって掴むものではなく、元から私たちの側にそっと置いてあるものとなってしまった。
一度知った蜜の味は手放せない。だから消えて無くなりそうになると原因を探し出し責めたくなってしまう。無くなりそうになると保証を求めてしまうのだ。
手に入れたい幸せのために必死に抗う『ペスト』の彼らと、幸せを手放したくないために誰かを責める現代の人々。
人が戦うべきは何なのか。
人の罪とは何なのか。
今こそ私たちは『ペスト』を読むべきなのだろう。
言葉を交わし思考を共有できる知能の理由を、私たちは理解しなくてはならないのだ。未来や幸せとは、誰かに保証してもらうものではなく、自らの手で掴み取るものなのだと、私はそう思っている。
小説評論 『ペスト』 朝乃雨音 @asano-amane281
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