第46話 騙し合いは世の常です。

コハーリ伯爵の呪い。

私はその報告書を見て手を止めた。

伯爵領の村が盗賊に襲われ、その生き残りがまた殺された。

一家皆殺し斬殺だったらしい。

忘れていた。


貴族学園の生徒会長エンドレ・ファン・コハーリの実家だ。


そのエンドレは私の1つ年上であり、貴族学園の先輩になる。

前当主が亡くなると7歳でエンドレは当主になる。

庶子の弟であったフェレプは父の死を悲しみ、すぐに後を追うように亡くなっている。

母が当主代理で領地を運営している。


そういうことになっている。


弟フェレプの実母がいる村が盗賊団に襲われて全滅した。

怒った伯爵夫人は村を襲った盗賊団の討伐を命じ、騎士団に討伐されて生き残りはいない。

ところが不思議なことは続く。

盗賊団の難を逃れた生き残りに不幸な死が続いていると言う。

殺された盗賊の怨霊がのり移って襲わせているという呪われた村の話だ。


事情を知っている私には不思議でも何でもない。


死んだのは庶子のフェレプではなく、当主のエンドレであった。

伯爵夫人はエンドレとフェレプを入れ替えた。

「姉様、どういうことでしょうか?」

「これは推理ですが、亡くなったのがフェレプではなく、エンドレと仮定して考えて見なさい」

「死んだのが、幼い新当主のエンドレですか?」

「庶子では当主にはなれません。分家が当主となれるでしょう。でも、分家からすれば、直系の庶子であるフェレプも邪魔です。命も危ない。そして、侯爵夫人の地位も失われてしまします。そう考えると、エンドレとフェレプの入れ替わりはありますね」

「はい」


実母とその家族もフェレプの危険を避ける為に入れ替わりを承知した。

実子が当主であることは村長にとって有利な話であった。

そんな危険な秘密を知る者を伯爵夫人は許さなかった。

真実を知る使用人を解雇して殺し、村を盗賊に襲わせて皆殺しにさせ、その盗賊団も口封じに抹殺する。


頭のいいエンドレ(フェレプ)はその事実にすぐに到達した。

そして、伯爵夫人も用心深かった。

エンドレ(フェレプ)にコハーリ家秘伝の洗脳魔法でその記憶を忘却させた。

エンドレ(フェレプ)がそれを思い出したのは学園入学の為にパワーリングしてレベル上げをしていた時と語っていた。


エンドレ(フェレプ)は屋敷から一歩も出さない幽閉に近い生活であったという。

実権もなければ、気の許せる従者もいない。

伯爵夫人に逆らえば、死が待っている。


コハーリ伯爵家は闇属性の魔法を引き継いでいる家系であり、エンドレ(フェレプ)も闇の魔法を使えた。しかし、エンドレ(フェレプ)は光の魔法も習得した二系統持ち(ツインテール)だったのだ。

光りの魔法『清浄』を発動させたとき、洗脳という状態異常が解除されたのだ。

それから二年間、伯爵夫人を恨み、どう殺そうかと思い続ける少年の心が病んでいく。


「流石です。姉様は凄い。呪いの村人からそこまで推理できるなど、姉様しかいません」

「ほほほ、褒めなくていいのよ」

「姉様でなければ、見抜けません」

「そんなことはありません!」


推理でも何でもない。

本人がゲーム内で聞かせてくれたことだ。


エンドレ(フェレプ)は人を平然と騙し、無属性の催眠魔法や洗脳魔法の実験で人を操ることに快楽を覚えるようになってゆく。


学園で起こる事件の影に、この生徒会長の影が見えた。

彼は自分に利益を求めない。

生徒たちが慌てふためいて醜態を晒す。

泣き叫び、罵倒し合うのを見て楽しむ。

愉快犯ゆかいはんという厄介な犯罪者なのだ。


ネタがばれているから回避は簡単だ。

敵でなければ、味方でもない。

それが隠れ攻略キャラの生徒会長エンドレだ。


この情報に金貨1枚の評価を付けて、アンドラに回す。

アンドラはこの追加金貨1枚の価値に首を傾げた。


「姉様、コハーリ伯爵はどういう貴族なのでしょう」

「コハーリ伯爵家は初代王の占星術師せんせいじゅつしであり、天候や相手の寿命を星から読んで当てる占い師の家系よ」

「占い師ですか?」

「占い師を馬鹿にしては駄目よ。薬や魔法を使って相手の情報を聞き出す特殊な技をもっています。その情報を元に王に進言する軍師的な役割も担っていたのではないかしら?」

「暗部に近いと!?」

「ええ、そうよ。今は違うけれど、機密院という王族直属の情報部を持っていたらしいわ」

「アポニー家の番犬のようなものですか?」

「番犬はどちらと言えば手足、機密院は耳です」

「コハーリ伯爵家はそれだけ重要という訳ですね!」

「いいえ、それは昔の話です」

「今は違うのですか?」

「50年前の侵略王が亡くなってから没落したのよ。一族は内紛を起こし、領地を奪われ、地位も失った。侵略王の腹心であり宰相までのし上がったとは思えないほどの没落ぶりね」

「没落ですか!」

「残念ながらね。でも、格式は初代王の娘が起こした家だからアポニー家に引けを取らないわ。没落してなお格式のみを頼りにしてがんばっているわ」

「金貨を追加した訳は何でしょうか?」

「前当主は早く亡くなり、現当主は1つ年上のコハーリ伯爵です。学園で先輩になる家の情報は貴重じゃないかしら」

「なるほど」


こう言っておけば、すぐに情報が集まってくる。


エンドレ(フェレプ)の望みは伯爵夫人の殺害であり、それを実行するには実力が足りない。

商人を向かわせて融資の話を持ってゆき、コハーリ伯爵家と繋がりを持たせ、エンドレ(フェレプ)の洗脳が解けた後に希望を叶えさせればいいだろう。


私という後ろ盾を得て、さらに手足となる従者を貸し出して上げる。

虐げるのか、斬殺するのか、それとも殺す夢を見ながら嫌がらせでジワジワと真綿を絞めてゆくのか?

エンドレ(フェレプ)はどういう決着を望むのかは興味もない。


我が家が後ろ盾となれば、迂闊に攻撃もできまい。


愉快犯ゆかいはんのエンドレ(フェレプ)は汚れ役に最適だ。

世の中、綺麗ごとだけで通じない。

騙し合いが常であり、騙される方が馬鹿なのだ。

汚れ役として使えそうだ。

一方、根が素直なアンドラには向いていない。

人を騙す演技が下手だ。

人の弱みを付いて、恫喝や悪事を強要するのに向いていない。

人を殺すことに快楽を覚えるほど壊れていない。

アンドラは盾であり、毒ワインになる必要もない。


はじめから真っ黒なエンドレ(フェレプ)。

至高の階段を登るには必要な人物かもしれない。




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