第47話 黒薔薇の君は何を考えているのかよく判らない。

6月最終日に行われる舞踏会は数多くあるが、その中でも一番華やかなのは王国宰相アポニー家が開催する舞踏会である。

上級貴族こそ呼ばれないが各領主の腹心クラスが呼ばれ、華やかな衣装で着飾ってダンスを踊る。

我が家も呼ばれ、長男のノアと最初の一曲目を踊るのも恒例となっていた。


「今宵は赤いドレスですか?」

「お気に召しません」

「いいえ、とても似合っております」

「ありがとうございます」

「ノア様もすてきな御召し物です」

「ただ黒いだけの礼服です」

「そんなことはございません。裁縫師の腕がよいのでしょう。隠し縫いの加減で様々な模様が浮かんでおります」

「よくお気づきで」

「わたくしも赤を基調と無理を申しております。職人の苦労に感謝しているのです」

「でも、裁縫師にそう申しておきましょう。喜ぶことでしょう」


自分のことを褒められるより、職人や家臣を褒められる方が嬉しいのか?

そこは好感を覚える。

ノアと踊るのも当たり前になってきた。

顔も体も彫刻のように美しいノアと華麗にダンスを踊る。

微笑む仕草、その唇が動く度に心臓の音が高まってしまう。

性格が好みではない。

だが、やはり美しいというのは得だわ!

その欠点すら許してしまえそうになる。


隣で踊っているアンドラが流暢に囁いている。

パートナーの女性はうっとりとなっているのが手に取るように判る。

怒っているね!

アンドラは気持ちが高ぶると流暢にしゃべるようになる。

私に焼き餅を焼かせたいのか?

アンドラは可愛い。


「君の弟君に我が一族の女性陣がぞっこんで困ってしまいます」

「ノア様には敵いません」

「それは嬉しいことを言ってくれる」

「本当のことです。証明する為に我が家の舞踏会にご招待状を送らせて頂きましょうか?」

「それはご遠慮しましょう」

「残念ですわ」

「我が家の家訓で他の舞踏会には出られないのです」

「羨ましい家訓です」

「エリザベート嬢はダンスがお好きと見受けされますが間違いでしたか?」

「いいえ、ダンスは好きです。強制されるのが嫌いなだけです」

「なるほど!」


ウルトラスマイルで微笑むな!

その相手はドーリにだけ微笑んでおけばいいんだよ。

私に気がないのは知っている。

こうやって女性を虜にするのか!

それでもちょっとときめいてしまう。

恋愛不足が祟っているな。


舞踏会の主役はノアとアンドラだ。

どちらも青年と少年のまどろみの中にいるが、この二人の周りだけが別次元の世界が生まれる。

その一番が私というのはちょっと嬉しい。


ほほほ、エリザベートの美しい容姿なら見劣りしない。


エリザベート、最高!


さくさくと5人と踊り、母上のノルマを達成する。

アンドラが7人目の女性を断って戻ってきた。


「姉様、お待たせしました」

「わたくし一人でもいいのよ」

「いいえ、護衛はさせて頂きます」

「よろしく」


私は花摘みと称して舞踏会の会場から出た。

アポニー家の舞踏会場の周辺は花園で埋め尽くされている。

正面から右がアポニー家の控え室となり、逆の左に来客用の控え室が用意されている。

花摘みでお手洗いを使う来客はほとんどいない。


来客の数に対して、手洗いの場所は圧倒的に足りない。

そりゃ、そうだ!

1,000人くらいの客に対して、トイレが2~3つだよ。

長蛇の列で並ぶ貴族なんて存在しない。


マジで花園に行ってしまうのだ。


履物の上から高級な高下駄のような履物を付けて外に出ると、思い思いの花の香りを嗅ぐポーズを取る。

侍女達が四隅を摘んでお嬢様を花の中に隠す。

そこからトイレのことを『花摘み』というようになった。

どこの世界も同じだね!


6月初めの美しい庭園であった。

それがシーズンの終わる頃に糞まみれの汚物所に変わってしまう。

臭いを誤魔化す為に香水が撒かれている。


私は高下駄なんて履かない。

歩くのが疲れるし、なんと言っても不格好だ。

優雅さから程遠い。


「お嬢様、余所様の家の庭を勝手に改造するのもどうかと思います」

「わたくしに、この汚らしい道を歩けとメルルは言うのね!」

「そうは申しません」

「なら、メルルだけ高下駄を履いて付いてきなさい」

「嫌です。歩き難いです」


ホント、あれは歩き難い。

転倒防止に侍女たちの手を取って歩く。

侍女たちは糞まみれの庭を普通の靴で歩くことになる。

帰ってきて布で足元を拭く。

手に付くと悲惨なことになるのよ。

嫌だ、嫌だ!


緊張から2・3度と花摘みに行く令嬢もいるけど、侍女にとっていい迷惑だろう。


その点、私は素晴らしい。

地面を掘り返して、土をひっくり返す。

土の魔法は便利だよ。

道を新たに作り直して硬化魔法で固め直して完成だ。

完璧だ。

塵1つ付くことなく、外苑の石畳の道まで辿り着けた。


「先ほどから気になっていたのだけれど、アンドラはいつ光の魔法を身に付けたの?」

「いいえ、光の魔法ではありません」

「でも、ライトの魔法でしょう」

「トーマから魔道具を借りて来ました」

「おぉ、遂に属性の魔法具が作れましたか!?」

「残念ながら、これは無属性で魔法具です。この水晶の中に光苔を封じて、魔力で発光させています」

「あぁ、なるほど!」


魔法具の要は火石や風石などの精霊石に近い魔法石だ。

我が国では取れない。

オリテラも輸出を禁止しているので簡単に手に入らない。

でも、オリテラではおもちゃや街灯に使う魔法石が大量にある。

つまり、人工的に作る方法がある。

研究しているが、中々に糸口が見つからない。


「オリテラの技術にはびっくりするわね。どうすれば、魔法石が作れるのかしら?」

「姉様の方がびっくりです。オリテラの技術者が『カセットコンロ』を見れば驚きますよ。魔法を使わずに火石と同じことができる器具を作ってしまったのです。それと『マッチ』もスゴイ発明だそうです」

「火を付けるだけよ」

「料理人が言っていました。生活魔法『ファイラー』を雇わなくて済むそうです」


そういう意味か!

竈の火を一度消すと、火打ちで火を付けるのは意外と手間なのだ。

そこで生活魔法『ファイラー』を使える使用人を一人雇っておく。

要するに、人間『100円ライター』のようなものだ。

マッチができると、彼・彼女の職場がなくなる。


それは気が付かなかった。

でも、諦めて貰う。

こっちだって苦労したのだ。


火薬が手に入ったから『マッチ』は簡単に作れた!

でも、湿気とか、火力の調整で実用化に手間取った。

それともう1つの欠点。

魔法で簡単に作っても意味がない。

大量消費の商品だ。

魔法で作っては高くなり過ぎる。

つまり、魔法を使っていては大量生産に向かない。

安価で作れ、長期保存ができないと売り物にならない。

技術革新は一日ではできない。


「アンドラ、トーマの魔法具店はいつ頃できそう?」

「本年度中に開業します」

「ウルシュラ様はいくつか欲しいと言っているわ。段取りを付けておいて」

「判りました」

「それと劣化版の大砲と魔法銃も父上に献上させましょう」

「ノア様は聞いてきませんでしたか?」

「敢えて聞かなかった感じね」

「腹の底を見せてくれませんね」

「狸親父と違って、蛇息子かしら?」

「睨むだけですか」

「ええ、下手に口に出せば、腹の底を覗かれるとでも思っているのよ」


ノアは家の事や政治の話は一切しない。

興味がないのかもしれないし、ないフリをしているのかもしれない。

話さない相手は推測も付けられない。


ワザとか?

狸の指示か?

とにかく、ノアが何か考えているのかも判らない。


まぁ、いいわ!

弱点を知っているのだから、そこを付かせて貰うだけよ。

こうして、私達は薔薇園の前までやって来た。


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