第14話 悪党シャイロックを従わせる。

悪路じゃなく、悪臭の町だ。

居住区でも相当な臭いが漂っていたが、悪路に入ると鼻をつまみたくなる臭いが漂っている。

これは排出物だけの臭いではない。


「お嬢様、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。でも、オーガーの血より酷い臭いだわ」

「よくこんな所に住めるものです」

「ダンジョンで酷い暮らしも慣れましたが、それ以上です。ここに住んでみたいと思いませんね」


貴族の家ではスライムを飼って汚物の処理をさせている。

臭いの方は清浄の魔法で清潔を維持している。

魔法士の数は限られているのでどうしようもないが、スライムと上下水道で解決できる部分が大きい。

その前に清掃か!

いろいろとやることがありそうだ。


悪路(下町)には安い飲み屋や宿などがあり、石造りの家からバラック小屋まで無秩序に溢れている。

王国民になれないスラム民が溢れている。

イザコザは日常茶飯事であり、警邏隊も相手にしない。

所謂、無法地帯になっている。


「ねぇ、そこのお嬢ちゃん! ここがどこか判っているのか?」

「えぇ、小汚い小悪党のシャイロックという者の仕切っている地区と窺っているわ」

「ぎゃははは、シャイロックさんに何の用事だ」

「下っ端に話すことではありません。案内しなさい」

「いただくものを頂けば、案内をしてやらんこともない」

「下郎に渡す物など何もありません」


三下の男がいやらしく笑みを浮かべると、横に座っていた男が立ち上がり、さらに後の路地から二人が現れた。


「出すものを出しな!」

「貴族という者がどういう者か、教えてあげるわ」


ヤレ!

三下の声で三人の男が一斉に掛かってきた。

アンドラは後ろの二人に合わせと、突き刺してくるナイフをかいくぐって腹に一撃、軽くステップで体をズラすと、ハーフターンで体を捻ると裏拳で吹き飛ばした。


いいわね!


風の魔法は使い勝手がいい!

風使いのアンドラは手の周りに風の護符を撒いているので、触れるだけで相手を吹き飛ばせる。


その点、私は面倒臭い。


向ってくるナイフを扇子で受け流し、さっと足を払って体制を崩すと、扇子を真一文字に顔に落として意識を刈り取った。

一人の相手で三手も掛かってしまう。


なっ、三下がおどろいて言葉を失っている。

次の瞬間には逃げ出した。

否、逃げたのではなく、逃げたフリをして誘っている。

こうしてあっさりとシャイロックの待っている空地に案内してくれた。

何となく、見覚えのある場所だった。


「お嬢様、どんなご用件でございましょうか?」


少し小太りのシャイロックがにやにやと笑みを作って礼儀を払った。


「お嬢様、やはりこいつは信用できません。今の内に殺しておきましょう」

「信用など必要ありません。言う通りに従わなければ始末するだけです」

「お嬢様、ここがどこか御存知でしょうか?」

「ドブねずみの住処でしょう。違うかしら?」

「違いありません。だが、窮鼠猫を噛む。そのドブねずみに殺されると考えませんか!」


シャイロックが手を上げると、隠れていた部下達が一斉に姿を現わした。

資材に身を隠していた部下は剣と弓を装備しており、10人が四方から取り囲んでいる。

マリアの時の5倍増しだ。


「動けば、容赦しません」

「ふふふ、シャイロック。貴方は優秀だけれども貴族のことを知らな過ぎるわ」

「こう見えても、いくつかの貴族様にはご贔屓させて頂いております」

「お馬鹿さんね! 無能な者はいらないのよ」

「お嬢様、やはり始末して方がよろしいのでは?」

「そうね!」


私は手を上げて、パチンと指を弾いた。

黒薔薇の騎士様は呼べないけれど、黒装束の騎士ならすぐに呼べた。


なぁ、馬鹿な!

シャイロックが目を白黒させた。

どこから現れたから判らない黒装束の者が部下の首元にナイフが突きつけられていたのだ。


「貴族の令嬢が一人で町をうろうろする訳がないでしょう。そんなことも知らないなんて、まったくお粗末ね」

「判った。みんな、下がれ!」


シャイロックが部下を下がられると、私の部下もどこかに消えた。

意識障害の魔法だ!

宮廷魔法士クラスの高位の魔法士か、特殊なアイテムを持っていれば、簡単に阻止できるが、悪路の悪党では用意できない。


「お許し下さい」


シャイロックは跪いて謝った。


「最初からそうしておけば、よかったのよ」

「申し訳ございません」

「あれを!」

「はい」


アンドラが魔法袋の中から金貨100枚が入った袋を21個置いた。


「1袋は貴方の手数料です。指示書が入っています。それに従って動きなさい」

「畏まりました」

「もし、裏切るようならば………」


私は壁の方に手を翳し、魔力を腕の辺りに流した。


ずごぉぉぉぉぉ、手の平から産まれた炎が石壁まで放たれて炎上した。

何をない所で火柱が走り、派手に燃えて消えていった。

派手な炎の魔法にシャイロックが唾を呑みこんだ。


「消し炭になりたいならば、裏切りなさい」

「滅相もございません」

「貴方の働きを期待していますよ」

「お任せ下さい」

「あっ、それから。指示はその都度出します。私に連絡と取ろうとか、私が誰かなど詮索しないようにね」

「畏まりました」


そう言うと私はその場を離れた。

アンドラが何か言いたそう顔をしていた。


「何かしら?」

「お嬢様はいつ火の魔法を習得されたのですか?」


私は袖を少しだけめくって見せた。


「オリテラ帝国のおもちゃよ。殺傷能力のない派手な魔法を撃ち出せるのよ」

「先ほどの魔法は凄い威力に見えましたが?」

「見かけ倒しよ。人に向けても怪我もしないわ。オリテラではパーティーの席で使う座興のアイテムらしいわ」

「オリテラは魔法具が発展していると聞きましたが、これがおもちゃですか?」

「そうね」


オリテラは武器になる魔法具の輸出は禁止されている。

だから、実用的な魔道具は私達の手に入ることはない。

これもおもちゃだから持ち出せた。

でも、そんなおもちゃをイレーザに命じて買えるだけ買うように命じておいた。

こちらには発明王がついている。


「シャイロックは巧く騙されてくれますかね?」


大貴族の少女で、金髪、青い目、左目の下に泣きホクロ、そして、炎の使い手となると、人数は限られてくる。


はっきり言おう。


王国の双璧と言われるラーコーツィ家令嬢のカロリナしかいない。

シャイロックはカロリナに会って指令を受けた。

そう誰もが勘違いしてくれるといいのだけれど?


「どうかしら」


私達は迎えに馬車に乗ると王都から姿を消した。


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