第15話 お嬢様も楽じゃない。

目が痒い!

カラーコンタクトは失敗だ。

ガラスの表面にブルースライムの粉を定着させてみた。

装着時は何ともなかったが、ブルースライムの毒にやられて目が痒くて仕方なかった。

装飾のように巧くいかない。

シャルロッテの回復魔法で治ったはずなのに、いつまでも痒い感じが残っていた。

もう二度としない。


王都で乗った紋章なしの馬車は中央領から西海岸のラーコーツィ領に向かって消えた。

私達は途中で馬車を乗り換えて、ぐるっと南方諸領を回ってから自領へ戻った。

戻ってきた頃には色々な話が伝わってきた。


「で、ヴァルテル。悪党は言った通りに動いてくれましたか?」

「お嬢様の命令通り、北方の山を買い占め、農民ジェームズに大金を渡して、山師として山を探索させ、早速、金山を見つけたようです」

「金山ですか!」

「えぇ、金山よ」

「それなら我々が探索して、セーチェー家と折半しても良かったと思いますが?」

「それでラーコーツィ家に目の敵にされるのよ。わたくしは嫌ね!」

「確かに!」

「南の事にとやかく言ってくると思うわ。わたくしはできる限り南には目を向けて欲しくないのよ」

「それで金山ですか!」

「そうよ。王国の双璧であるラーコーツィ家とセーチェー家の仲を裂く」


北方はセーチェー家の領地であり、金山の権益はセーチェー家に通じる者になる。しかし、山の採掘権は悪党シャイロックが買い取り、ラーコーツィ家の保護下にあるサポヤイ伯爵に譲った。


「採掘権を買ったのはシャイロックではなく、アルコ商会です」

「アンドラ、シャイロックは悪路の悪党よ。採掘権が買える訳がないでしょう。シャイロックの代理人はアンデ・アルコという商人を使うように指示を出しました。アルコ商会は王都でも中堅の商会であり、堂々と売買ができるのです」


このアンデ・アルコこそ、我が父上にリル王国との密貿易で儲けることを唆した張本人だ。

ミクル商会はリル王国から薬草が安価で購入できることから、薬草を仕入れてポーションを作って儲けた。しかし、その薬草は密輸である為にそれ以上の成長は見込めなかった。

そこに目を付けたのがアルコ商会であり、我が父上に安価なポーションを手に入れる話を持ってきた。

南方大臣の父上は正式な交易として認め、安価なポーションの販売の版図を広げ。南方諸領を甦らせたのだ。


「なぜポーションで南方が蘇るのでしょうか?」

「魔物と戦うとき、ポーションがあれば無茶ができるでしょう。ポーションが安く手に入ることは戦力が増えるのと同じなのよ。魔物が減れば、農地も広げることができる。魔石も多く手に入れば、南方は活気づきます。南方諸領の経済力も上がって父上の名声もあがったのよ」

「では、すぐにでもリル王国と交易をはじめれば」

「それは無理ね」

「何故です?」

「肝心のミクル商会が密輸を始めていない。だったわね!」

「はい、領主の命で小麦畑の拡大を行っておりました。商家としても領内のみの流通を行っております」

「だそうよ」


というのが建前であり、薬草と一緒に麻薬を輸入することになるので関わり合いになりたくない。

むしろ、アルコ商会を通じて、ラーコーツィ家に押し付けようと考えている。

ともかく、麻薬を扱うアルコ商会とミクル商会には関わりたくない。


金山の採掘権を得たサポヤイ伯爵はセーチェー家の圧力を跳ね返す為に、ラーコーツィ家に協力を求めたらしい。


「これで当分の間はセーチェー家とラーコーツィ家が揉めることになるわね!」

「凄いです。お嬢様の思惑通りに進んでおります」

「では、こちらも魔鉄石の発掘を緩やかにはじめましょう。余った分はオリテラ帝国に売って香辛料に替えるといいわ」

「畏まりました」

「姉様は大侯爵家も敵ではないのですね!」

「褒めてくれるのは嬉しいけれど、力で及ばないので知恵を回しているだけよ。侮っていきません」

「はい、姉様」


アンドラが凄く素直になってきた。

キラキラした目が凄く気になる。

シャルロッテはアンドラに何を吹き込んでいるのかが心配になってきた。


来年の新春を待って、ゲーム通りに父上が新設の南方大臣に就任する。

誰も大臣職を譲りたくなかったのだろう。


さて、ここからはゲームと違う流れになる。

父上は就任と同時に冒険者倍増計画は発動し、教会へ寄付と修学院と冒険学校の設立を宣言し、その財源を我がヴォワザン家が引き受けることを宣誓する。

王宮からダンジョンでくすねた財源をそこに吐き出せというお達しだ。

たっぷり使わせて貰おう。


嫌がらせのつもりだろうが、こちらの思惑通りなので問題ない。

交易の1番艦は年間4往復で出費の4分の1を補ってくれる。

2番艦は本格的な大型船だ。

新造艦が一日でも早く完成して欲しい。

そうすれば、父上の顔色が少しは良くなる。


そんな話をしていると、母上が応接間に入ってきた。


「悪巧みは終わりましたか?」

「母上、悪巧みをしている訳ではございません。南方諸領をどう発展させるかを確認していただけでございます」

「旦那様も何を考えていらっしゃるのかしら? 成人していない娘を領主名代で送るなんて非常識だわ」

「母上、わたくしは南方交易所の会頭でございます。すべて費用は交易会から出されますから、わたくしが回った方が手間も掛からないのです」

「そもそも役職を与えることから非常識です。ご夫人らの笑いの種にされています。ヴァルテルからも何とも言って貰えませんか!」

「申し訳ございません。お嬢様は南方教会の司教様らから聖女と称えられ、旦那様が交渉に向われるより、お嬢様が行かれた方がスムーズに進みます。ヴォワザン家の発展の為と思ってご容赦下さい」

「まったく!」


母上は私が実務をやっていることが気にいらないようだ。

毎日のように母上の元に手紙が届けられる。

一番の話題は南方交易所が発足し、初代の会頭に私が選出されたことだろう。

正式な辞令式は父上が大臣になった後だ。

でも、8歳の会頭というのは王都でも話題を独占しているらしい。

気の早い方から祝い状も届いている。

中には「ヴォワザン家は子供に仕事をされるほど人材不足なのね」などとあからさまに挑発する祝い状もある。

それが母上の御冠おかんむりの訳だ。


「エリザベート、アンドラ、今日から舞踏会が終わるまでダンスのレッスンを行います」

「はい、母上」

「午前中はマナーを中心に教えます。お昼から夕食までダンスのレッスンとします。誰が見ても文句の付けようない優雅さのレベルまで鍛えます」

「母上、わたくしは夜の稽古がございますから、もう少し早く切り上げて頂けませんか?」

「ヴァルテルはエリザベートの夜の稽古は中止しとし、ダンスのレッスンを行います」

「畏まりました」

「ヴァルテルも反対しなさい」

「社交シーズンが終われば、魔の森の討伐の参加が決まっております。お嬢様方には先遣隊にお入り頂き、遅れた分は猛特訓で取り戻させて頂きます」

「そっちの方が危ないでしょう」

「ご安心下さい。半死になったところで必ずお助け申し上げます」


止めて、冗談じゃない!

虫に下半身を食べられて生還した冒険者の体験談のようなことしたくないわよ。

断固反対!


「アンドラからも何かいいなさい」

「姉様、ご勘弁下さい。姉様より上位の方に逆らうことはできません」


嘘ぉ、ヴァルテル、母上、父上は私の上位者なの?

この盾は役に立たないよ。


「エリザベート、アンドラ、早くきなさい」

「は~い」


お嬢様も楽じゃない。


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