第12話 エリザベートは自重しない。
今年の秋は熱かった。
ダンジョンの財宝を王宮に奉納した後に、東領でゴールドラッシュが起こった。
壁も柱も金メッキではなく、金のブロックだ。
我が家が持ち帰った財宝と同じか、それ以上の金が残っていた。
しかも王の棺の周りは手を出していない。
それが完全に隠れ蓑になった。
東領の大領主であるエルト侯爵はその財宝を一人占めしようと欲を出したからだ。
我がヴォワザン家の風当たりが悪くならなかった。
「十分に風当たりが強いと父上が嘆いておりました」
「ダンジョンで死に掛けたのを思えば、誰に賄賂を渡すかで悩むくらい楽でしょう」
「姉様が南方で派手に金を使われるからハイエナが増える一方だそうです」
「自領に財宝をこっそり持ち帰ったのを公然の秘密にしたのだから当然だわ!」
「どうして、そんな面倒臭いことをされるのですか?」
「人は信じたいものを信じるからよ」
デマであろうが、真実であろうが、人は信じたいものを信じる。
王に財宝の半分を差し出した。
そんな潔い貴族がいるものか?
いないよ。
自分達なら絶対にしないから、ヴォワザン家が財宝を掠め取ったと勘ぐる。
その量をこちらから想像できる情報を提供しておいた。
王宮の財務館も馬鹿でないので、くすねた財宝を吐き出させようと土木工事を行うようにと難問を父上に要求した。
実際は噂の10倍以上の財宝を持ち帰っているので、我がヴォワザン家の腹は全然痛くもない。
「駆け引きに困惑されております」
「こちらの苦労に比べれば、些細なことです」
「父上にがんばって頂きましょう」
東領の侯爵は王の墓の宝と金塊を一人占めしようとして王から呼び出された。
エスト侯爵が得た財宝の量を把握しており、反逆罪までチラつかせて脅された訳だ。
9割を王宮に納めると約束させられた。
エスト侯爵は欲を出し過ぎたのだ。
「アンドラは財宝の量を承知しているでしょう」
「姉様が事前に大量の魔法鞄や魔法袋を集めさせたことを誰も知りません」
「知っていれば、今頃は大騒ぎよ」
「魔物の腹に財宝を入れて持ち帰っても、大した量ではありません」
「その腹に詰まっているのが魔法鞄や魔法袋なら桁が変わってくるわね」
「あの魔法鞄や魔法袋は持ち運びを楽にする為に用意させた訳ではなかったのですね」
「当然よ」
「その購入費で父上が青い顔をされておりました。魔法具の代金だけ、倉が空になったと騒いでおりました」
「鍵を預かっていたのが、ヴァルテル(家令)でよかったわ」
「さらに、3,000人近い無辜の民を自領に受け入れ、その食費だけで我が家が破たんすると嘆いておりました」
「大量の小麦を買う口実も必要でしょう?」
爆弾には魔石をふんだんに使い、魔法銃は魔鉄石を大量に使う。
どちらも安い物ではない。
単純に額にすると、荷馬車1台に積んだ財宝と同額の出費が必要だった。
それに加えて難民3,000人が自立するまでの費用も掛かる。
「父上は南方大臣になるそうです」
「そのくすねた財宝を南方に発展の為に吐き出せということでしょうね」
「南方の領主はどこも困窮していますから大変と申しておりました」
「貸しを多く作っておけばいいわ!」
「しかし、吐き出せる分にも限りがあると申しておりました」
「大丈夫よ。イレーザが戻ってきたので交易船を与えました。新年までにはオリテラ帝国から香辛料を持ち帰ってくれるでしょう。交易が成功すれば、商人がいくらでも金を貸してくれるようになります。問題ありません」
「父上はその借財の額が天文学的数値になると嘆いておいでですが!」
「ほほほ、そのようなことは知りません」
「姉様!」
「アンドラ、その呼び方は止めなさい。そろそろ目的地が近づいてきました」
「はい、お嬢様」
私とアンドラは小雪が舞い散る中に王都の商館街で馬車を降りた。
大公園を挟んで居住区があり、その先には悪路と呼ばれる下町のスラムが存在する。
この大公園の中央には冒険ギルドや商業ギルド、魔法具ギルド、鍛冶ギルド、裁縫ギルドなど多くのギルドが集まったギルド街があり、それ以外はただの公園であった。
冬の大公園は閑散としている。
エリザベートは自慢の真っ赤な赤い髪を隠し、金髪の髪に目元だけ隠す仮面を付け、目の色は青で左目の下の泣きホクロを書いて厚手のコートを身に纏った。
アンドラも蜂蜜茶髪(ハニーブラウン)のくせ毛を隠し、同じく金髪のショートに目元だけ隠す仮面を付け、耳が少し尖ったエルフ種の子供のフリをして歩く。
コートの合間から見える身なりが貴族であることが見て取れた。
大公園を歩く二人は遠目で見ても歪であったが、貴族と関わり合いになりたがる者はいない。
誰にも邪魔されることなく、エリザベートとアンドラは住居区を抜けて、悪路と呼ばれる下町へ入ってゆく。
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