~結~ 後編

「――――先生っっ!!」


「――――シュバルト!!」



 シュバルトと魔獣達の間に割り込んだ影、ミスティリアとルクルーゼであった。



「お、お前達!? どうしてここに……」


「せ、先生!? 大丈夫ですか!? 酷い怪我……早く治療しないと!! 私の部屋に行きましょう! 看病します!」


「ミスティリア王女殿下……そんな事を言っている場合では……」


 突如現れた二人は魔獣を押し返す。



「ルクルーゼ……そんな事とは何ですそんな事とは!! ……減給です……それが嫌なら早く魔獣達の相手をしなさい!!」


「はっ……」


 ミスティに一喝されたルクルーゼが魔獣の群れを牽制し始めるのを横目に、俺はミスティに向き直り聞いた。


「ミスティ! なんでここにいる!? 結界術式はどうした!?」


「もちろん、ちゃんと片付けて来ました!! ……本当は行ったらもう終わっていたのです。お父様の近衛騎士達が、一人の近衛騎士を押さえ付けた瞬間に到着したので……」


「な、なるほど……お父様の騎士は優秀だな……」


「はい!! それでお父様達に説明をして、宮廷魔術師にルクルーゼを治療させ連れて来ました!!」



 ルクルーゼ……なんでだろう……なんか、同情する……



「先生……これを……傷薬です」


「あぁ、ありがとう。助かるよ」


 俺は急いで傷薬を腹部の傷にぶっ掛ける。魔力を内包した傷薬は、完治とまではいかないが見事に出血を止めてくれた。



「……ナタリア……どうして……」


 セレスの傍で此方を睨んでいるナタリアの姿を確認したミスティ。

 この状況の中、彼女が首謀者だと分からない訳はない。



「どうして……ですって? ふざけるな……アンタ達が私の家族にした仕打ち……忘れたとは言わせないぞっ!!??」



 更に多くの魔獣を生み出したナタリア、いよいよルクルーゼだけでは厳しくなったため応援へと向かう。


「っく……」


「はぁぁぁぁ!!」


 ルクルーゼに死角から襲い掛かった魔獣を一太刀で切り伏せる。


 お互いの背を守るように、俺達は背中を合わせ魔獣どもを威圧した。


「……減給だってよ? ざまぁねぇなルクルーゼ? ……人質の父上はいいのかよ?」


「……よくはない……だが考えたのだ。父上はこの国の事を愛している。そんな父上が、先ほどまでの俺を認めてくれる訳がない……。たとえ自分を見捨ててでも、この国の為に剣を振るえと俺を叱責するだろう……」


「……珍しいな、ファザコンか?」


「なっ!? 何を言うか!? 俺は家族を愛しているだけだっ!!」


 襲い掛かる魔獣を斬っては捨て斬っては捨てる、鬼のような二人。

 魔力で作られた魔獣達もたじろぐ程であった。



「ナタリア!! やめて!? 貴女に何があったのかは知らない……でも、こんな事間違っているわ!!」


「黙れっ!! 知らないのなら教えてやる!! ……お前達王家は、私の家族を殺したのよ!? この国に忠誠を誓い、国に尽くして来た私達を王家は見捨てたの!!」



「み、見捨てた……?」



「何も知らない王女が……お前達王家がのうのうと生きているなんて許されるか!! ……私達家族は王家の命令で、エルトハイムの復興を命じられたわ。魔獣に荒れされて荒廃してしまった土地……でも復興させる事が出来れば、この国はもっと豊かになるなんて言う甘い言葉に騙された!!」



 エルトハイム……あの廃墟の辺りがそうだったな……

 確かにあそこに国が作れれば、この地域は活性化する。



「復興は順調に進んだ……。ある日私は、資材や労働力を確保するためにシトルハイムまで来ていた。……そしてエルトハイムに戻ろうとした時に事件が起きた……魔獣の群れがエルトハイムを襲っているって……私はすぐに王家に騎士団を派遣するように直談判したわ!」



「エルトハイム……災厄の日……?」


 ミスティはその出来事を知っていた。


 まだ幼かった彼女だが、城が慌ただしく動いており、幼いながらも何かが起きたのだと自覚したのを覚えている。



「そうよ!! 何が災厄だ!? あれは人災よ!! お前達王家は、騎士団を派遣する事はなかった!! ……エルトハイムの脆弱な防衛設備……逗留する騎士団は小規模……雇った傭兵は少数……そんなのでどうやって魔獣の群れから国を守るのよ!?」



 災厄の日……そう名付けられた、復興中の国が一夜にして滅びた事件。


 ミスティは内情などは知らず、今まで過ごして来た。

 ただ魔獣の群れが近くの国を滅ぼした、悲運な事件と言う印象しかなかった。


 しかし、告げられた事が真実ならば……王家の人間として、彼女になんと言葉を掛ければいいのか分からない……



「……二日ほどして、魔獣の群れが引いた後に様子を見に行ったわ……。……何もなかった……何もよ? 防壁も、建物も、死体すらも……全部魔獣に食われた後だった!!」



 ナタリアの心からの叫びに、ミスティは体の震えが止まらない。


 王家の人間として、目を逸らす訳にはいかないと言う思いだけが、彼女を留まらせていた。



「……それからどうしたのか覚えていないわ……生きるために色々やった、体術も覚えて身を守った。……それからよ、ある街で弟と奇跡的に再開したの。弟は生きていた……あの国の唯一の生き残り……弟は記憶を失っていたけれども、王家への憎しみだけは忘れていなかった。……私達は王家への復讐を誓いあった……」



「そ、そんな……」


 王家の人間とは言え、まだ幼い少女。

 告げられた強烈すぎる事実に、体は震え、立っている事すらままならない。


「ミスティ!!」


 ついに膝を折ってしまったミスティに駆け寄ってやりたいが、魔獣達がそれをさせてくれない。


 ルクルーゼも善戦しているが、このままではジリ貧だ……



「…………ナタリア、貴女の言っている事が事実ならば、全ての責任は王家にある……」


「事実よ!! 王家の人間であるアンタが、何をしてくれるのかしら!?」



 ミスティは立ち上げり、心を決めた様なシッカリとした顔つきでナタリアへと向き合った。


「……私達王家の責任です、贖罪しなければなりません。……しかし国民は別です! 国民には何の責もありません!!」


「ふざけるなっ!! 王家だけじゃない……この国の民も同罪だ!! 見て見ぬ振りをしておいて、もうエルトハイムの事なんて忘れている!! みんな等しく滅びるべきよっ!!!」



 ナタリアがセレスへと手を翳す。

 強烈な光が、セレスを中心に巻き起こる。



「まずいっ!! 暴走する!! ナタリア! やめろ! お前も死ぬぞ!?」


「……こんな人生に未練はない。……あるとすれば、王達の絶望に染まった表情を眺められない事だけ……」


 いよいよ後がない……一か八か行動しようとしたその時であった。



「――――姉さん!! もうやめてくれっ!!」



 突然の大声に、全員の視線が集まる。


 そこにはゼレイス王とセリーヌ王妃、そして声を張り上げたであろう近衛騎士達の姿があった。



「コルト……ダメな子ね……術式を壊すなんて簡単な事も出来ないなんて……」


 コルトと呼ばれた近衛騎士、先ほど言っていたナタリアの弟のようだ。


「違うんだ姉さん!! 俺達は勘違いをしていたんだよ!?」


「勘違い……? なんの事かしら……?」


 弟の言葉に収まりを見せるナタリア、しかし魔力暴走までのカウントダウンは開始された。機を見てセレスの元に行かないと……



「……私から説明しよう。災厄の日の事だ」


 ゼレイス王に、今まで見せていた以上の憎悪の表情を向けるナタリア。


 ゼレイス王はナタリアが聞き耳を持たないという状態でないのを確認し、目をナタリアから離さずに語りだした。



「まず、お前達ポートフリー家にエルトハイムの復興を命じたのは私だ。もちろん、強制はしていない。お前達の親……オウスト達と沢山の話し合いを重ね、結果オウストは承諾し、復興してもらう事になった」



「そんな事は知っている!! 嬉しそうに父達は話してくれた……問題はそこじゃないでしょ!?」



「……復興は順調に進んでいった。私も何度も視察に訪れた。幼い君とコルトの姿もよく覚えている。……そして、あの日……」



 ナタリアの目から涙が零れ落ちる。

 その様子を見て、ミスティと王妃も涙を流した。



「……エルトハイムが大量の魔獣に襲われているとの情報が入った私は、すぐさま騎士団を編成し、エルトハイムに送る準備をした。……君からの出動要請の謁見も覚えている、その時すでに出動準備は整っていたのだ」



「嘘を付くなっ!! なら何故騎士団を派遣しなかった!? この国から騎士団が派遣されなかったのは知っているわよ!?」



「…………騎士団を動かすなと、頼まれたからだ」


「頼まれたですって……? 誰によ!?」



「……他の誰でもない、オウストにだ」



 その言葉を聞いて固まるナタリア。


 それもそうであろう。助けを必要としている者から、助けはいらないと言われたと言うのだから。



「う、嘘を付くな……そんな訳ないでしょう? 騎士団が動かなかったら、エルトハイムが滅ぼされるのは明白……そんな事頼むわけがないっ!!」



「無論、私は強引にでも騎士団を動かそうとした。その時オウストが言ったのだ……夥しい数の魔獣がシトルハイムに向かった、その防衛に騎士団をあてろ……ここはもう間に合わないと……」



 王が嘘を言っている様には見えなかった。

 しかし、こんな言葉だけで十数年積もった怨念が消える訳もない。


 ……しかし、自分の中で何かが崩れ始めたナタリア。

 必死に崩れかけ始めた物を繋ぎ留め、憎悪という炎に燃料を投下していく。



「ふ、ふざけるな……そんな事が信じられるか……仮にそうだったとしても、騎士団を動かす事がお前のやる事でしょ!? 自国に迫る脅威だけに目を向け、エルトハイムを見捨てたくせに……見捨てたくせに!!」



 大粒の涙がナタリアより零れ始める。



「……私はあの日、ずっと通信魔術をオウストと繋いでいた……騎士団はいらないと言うオウストの背後からは、何かが迫って来る音、壊れる音……それが徐々に近づいて来ていた」



 ナタリアは聞きたくないと言ったように耳を押さえ、頭を振り回す。



「……そして、ついにすぐ傍まで音が感じられた時、オウストは最後にこう言った。…………娘を頼む、シトルハイムに行っているはずの最愛の娘を、頼むと……」



 ついに堪えられずに泣き出し、頭を抱えながら蹲ってしまったナタリア。



「そ、そんな事がっ!! し、信じられるっ……か!! …………お父様……お父様ぁぁぁぁぁ!! あぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」



 悲痛な叫び声が室内に響き渡る。


 俺とルクルーゼは、最後の一匹を仕留めた。

 もう魔獣が追加される事は……なさそうだな……


 セレスは安定を取り戻したか……?

 しかしこの魔力をどうするか……



「すまない……君が謁見の間に訪れた時にはもう……。……そして私はオウストの遺言を果たすべく、君を探し続けた。あの日、謁見の間を飛び出しって行って以降、全く詳細を掴めなかった君が、王城で働きたいと急に現れた時は驚いたものだ……」



 ナタリアは蹲ったまま、頭を振って王の言葉を拒絶する。



「……姉さん、俺、思い出してたんだよ……父さんは、俺の事を部屋にあった隠し部屋に押し込んだ後、ゼレイス王と通信していた……。事細かに覚えている訳じゃないけど、父さんはゼレイス王に見捨てられた訳じゃない……姉さんの事を頼むって言って、俺の目の前で……魔獣に食われた……」



 コルトの目からも涙が溢れる。


 目の前で両親が殺された光景を目の当たりにしたコルトはショックで記憶を失い、たまたまやって来た抹殺人イレイサーの集団に救い出されたのだと説明を続けた。



「姉さんと再会して、王城で働き始めて、しばらくして記憶が戻ったんだ……。姉さんに伝えようと何度も思ったさ! ……でも姉さんは王家への憎悪だけを糧に生きていた……そんな姉さんに真実を告げたら……俺はまた一人になってしまうかもしれない……」



「……そんな……なら私は今まで……何のために……」



 憎悪の炎が消えていく……

 業火に焼かれながらも、耐えに耐えた人生が無駄となる。


 色々捨てた、色々我慢した。家族の無念を晴らす……その事だけを考え生きてきた。


 焼かれ続け、炎が消えた後に残っていた物は何もない。



 空っぽだ……



「……私が間違っていた……? ……どうして……? だって……私は……」



 呪うべきはこの世界。


 善人であっても死ぬ、悪人であっても生きていられる。


 裁くのは不条理な存在、魔獣。

 善、悪など奴らには関係ない……運が悪かった……ただそれだけの理由。



「……そんな…………私は…………なさぃ……めんなさい……ごめんなさい……」


 頑丈な防壁を築こうが、頑強な結界を張ろうが、屈強な騎士達がいようが、関係ない。



 この世界は、優しくない。



「……ナタリア……貴女には感謝しています。貴女が来てくれてから、私達の世界は変わりました」


 泣き崩れて蹲っているナタリアに言葉を掛けたのはミスティ。



「ずっと城の外に出られなかった私達を、貴女はコッソリ連れ出してくれました。色々な場所に連れて行ってくれました。色々な景色を見せてくれました。一緒に街の露店で買い食いをしました。一緒に連れ戻そうとする騎士達から逃げました。……一緒に怒られました」



 ナタリアが顔を上げる。

 心なしか、いつも傍にいたメイドのナタリアの顔をしているように見える。



「……貴女の辛い過去を知らなくてごめんなさい……貴女の苦しみに気づいてあげられなくてごめんなさい……貴女と一緒に、泣いてあげられなくてごめんなさい……」



 ミスティの目から、涙が溢れ出す。

 その目はナタリアを見つめ、決して逸らす事はなかった。



「……ごめんなさい、ナタリア……苦しかったよね? 悲しかったよね? ……死んでしまいたかったよね……? でも……私は……私達は…………貴女を失いたくないっ!!」


「…………ミスティリア………………様」


 ミスティがナタリアに近づいて行く。



 ……もう、大丈夫そうだな。



「……ナタリア、貴女の苦しみも悲しみも、私達にも背負わせて下さい。……これからも、私達と一緒にいて下さいっ!!」


 ミスティがナタリアに抱き着く。


 暖かい……自分より小さいのに……ミスティリアに包み込まれているようだ……


「ミスティリア様……セレスレイア様…………申し訳ありません……申し訳……ありません……」



 ナタリアの空っぽの心に、暖かいものが流れ込む。


 満たされるまでは少し時間が掛かるかもしれないが……ナタリアは、もう大丈夫だ。


「……ナタリア、これからも、ずっと一緒にいてくれますか……?」


「………………はい」




「……ではナタリア! 命令です! さっさとセレスのこの状態をどうにかしなさい!!」



「……え……いきなりで……ございますね……?」


 何と言う切り替えの早さ……でもそう言う所は好きだぜ!?


「何を言っているの!? 私は主、貴女は従者なのよ!? さっさと終わらせましょう! ……そしてまた、買い食いに連れて行って下さい」



「…………はい!! 畏まりました!!」



 ナタリアは暴走しかかっているセレスに向き合う。


 良かった……本当に良かった……これで一件落着……


 数秒の間を置いて、ナタリアはゆっくりと此方を振り返った。



「…………あの……大変言い難いのですが…………私、この暴走の静め方が分かりません……」



「「「「「「はぁ?」」」」」」



 謁見の間にいた全ての人間が呆気に取られる。


 そりゃそうだろ、この異常な状況を作り上げた張本人なのに……


 世界の崩壊を防ぐために魔王を倒したのに、崩壊が止まらない……


 そりゃルール違反だろ!?



「ね、姉さん!! ふざけている場合じゃないだろ!?」


「ふ、ふざけてなんかいないわ!! そもそも止めるつもりなんてなかったのだもの……」


 辺りがざわざわとし始める。


 うん……どうしよう……



「――――皆の者!! 静まれ!!」



 ゼレイス王の一喝に辺りのざわつきが静まり、目線がゼレイス王へと集まる。


 流石王様だ! なんかいい案があるのか!?



「慌てる必要はない! 餅は餅屋……こういうのはプロに任せればいいのだ!!」


 プロ……? 暴走しかかっているお姫様を、静める事が出来る奴がいるのか? 宮廷魔術師かな?



「――――シュバルト!! 運送の依頼だ!! この意味分からん魔力を、何処かに捨ててきてくれ!!」



「………………はぁ?」



 こいつ、何言い出した? 運送? 元運送者トランスポーターだし……いやそれよりも、捨てて来いってなんだよ? 運送ですらねぇじゃん……



「いや……お断り――――」


「――――それは名案です!! 私の先生なら必ず何とかしてくれます!! だって私の……最高の先生ですから!!」


「いや……意味分から――――」


「――――シュバルト様? セレスレイアの事……お願いしますと言いましたよね?」


 いつの間にいたのか、セリーヌ王妃からもの凄い圧が飛んでくる。


 やっぱりこの人は怖い……魔獣や、暴走しかかっている魔力渦に飛び込むよりも……


 でもなんか違くねぇか? お前達の娘だろ!?



 まぁ……俺の最愛の教え子でもあるか……



「…………分かりました……やってみます」


「よしっ!! では皆の者、入口付近まで退避だ!!」


 ……なんて奴らだ……本当に退避しやがった。……まぁ、失敗すれば何処に逃げても一緒だけどな……



「……行くか。……待ってろよセレス、今先生が希望を届けに行くぜっ!!」


 俺は暴れる魔力の渦に飛び込んでいく。



 この部屋に渦巻いている魔獣の魔力は大半が消耗されたため、そこまで脅威じゃない。


 問題はセレスを守るように渦巻いている、セレスが本来持っている強大な魔力。


 魔獣の魔力に感化されたのか知らないが、ここまで来ると外部から静めるのは難しいかもしれない。



「っくぅぅ……なんて魔力だよ……共鳴されても困るから、魔術は使えない……」


 皮膚が裂けそうだ……体が圧し潰されそうだ……気を失ってしまいそうだ……


「セ、セレスッ!! 聞こえるか!? 先生だぞ!?」



 セレスが無表情で此方を見る。

 その目に光は灯っていない……


 反応はするが、正気じゃないようだな……くそ! セレスを正気に戻して、魔力を抑えてもらうしかないってのに……



「セレス!! おい! 頼む、正気に戻ってくれっ!!」


 セレスへと辿り着いた俺はセレスの肩を掴み揺さ振るが、セレスは反応しない。


 掴んだ手の皮膚は切り裂かれ、血が噴き出しセレスの顔にかかる。



「――――シュバルト先生――――血が出ています」


「っ!? セレス! シュバルトだ! 聞こえるか!? 魔力を抑えるんだ!!」


「――――――」


 再び反応を失くしてしまうセレス、溢れ出す魔力が手だけではなく体中に傷を作り始める。


「――――先生――――離れて――――傷――付けたくない」



 その瞬間、安定していた魔力の暴走が再開される。


「なぁっ!? ぐぁぁぁぁぁぁ!!」


 セレスの感情が揺らいだためか、今まで以上の魔力の圧が押し寄せる。


「――いや――いや――いやだ――シュバルト――先生――いやだよ」



 虚空を見つめる光のない目から涙が流れ落ちた。


 セレス、負の感情が魔力を暴走させている……

 気を……逸らさないと……いよいよやべぇ……意識が……



「……セ、セレス……大丈夫だから……先生は大丈夫だから……落ち着けよ……」


 セレスの頭を包み込みように抱きしめる。


 もう腕に感覚なんてない、自分でも立っていられているのが不思議だ……


「……セレス……大丈夫……ここいるから……お前は……一人じゃない……」



 こいつ、本当に寂しがり屋なんだよな……


 大人しいのに、何処か肝が据わっていて……セレスがお姉ちゃんだと最初は思ったな。


 いつもミスティと張り合って……名前の回数で大泣きした事もあったっけ……


 ……ミスティと口づけしたなんて言ったら……泣くだろうなぁ……


 でもお前の泣き顔……実は嫌いじゃなかったぜ……?



 ……どうせ最後なら……ミスティと同じがいいよな……?


 俺は、涙に濡れて艶やかになっている唇に、自分の唇を重ねた。



「なぁ!?」


「あらあらまぁ」


「むっ」


「やりますね」


「「「「う、羨ましい~」」」」


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」



 外野が煩い……最後くらいいい思いをさせてくれ……


 もう無理……俺はそのまま、倒れ込んで――――




「――――シュバルト先生っ!!!」




 しまう事はなかった。


「セレス……? ……意識が……?」


「シュバルト先生!! 大丈夫ですか!?」


 俺はセレスに抱き留められた。

 あれだけ圧を放っていた魔力は鳴りを潜め、セレスの目には光が戻っていた。



「……よかった……無事か? まったく……手の掛かる生徒だぜ……」


 ガシガシと頭を撫でてやると、嬉しそうに目を細めるセレス。


 ゆっくりと目線を上げた彼女は、俺と目が合うと顔から火が出るんじゃないかってくらい、顔を真っ赤に染めた。


「シュ、シュバルト先生……あの……先ほどの口づけなんですが……」


「あ、あぁ……悪いな……死ぬ前にいい思いしたくて――――」



「――――プロポーズ、確かにお受け致しました!! これからも末永く、よろしくお願い致しますっ!!」



 プ、プロポーズ!? なんだそれ? もしかしてシトルハイムには、口づけするのがプロポーズって言うルールでもあるのか!?



 それなら俺はミスティからプロポーズされた事になるが……


「セ、セレス……俺はそういうつもりでしたんじゃない……言い方は悪いが……欲望の赴くままにだな……」


「構いません! シュバルト先生の欲望は、全て私が受け止めます! して欲しい事は何でも仰って下さい、旦那様……」


 ダメだこりゃ……目が完全にハートになっている。


 そりゃ嬉しくない訳じゃないが……入口の方から、絶望が迫って来ている気がする……




「…………先生……いきなり浮気とはいい度胸ですね……? 私の事は遊びだったのですか?」



「ミスティ……誤解を招くから変な事を言うのはやめてくれ……」


「誤解って何ですか!? 酷いよっ! 私の唇を奪っておいて……」



 その瞬間、強烈な殺意が向けられた。思わず体が震えちまったよ……いったい誰が……



「……シュバルト先生……どういう事でしょうか……? ミスティと口づけをしたって、本当ですか……?」


 セ、セレス! この殺気はお前か!? あれだ……今気づいた。こいつの殺気……セリーヌ王妃にソックリだ!!


「い、いやっそのっ……いきなり……奪われ……ました」


「…………本当なのですね…………仕方ありません、参りましょう」


 そう言ってセレスは俺の手を引いて歩き出そうとする。

 まだ体が痛むから勘弁して欲しい……



「ちょっとセレス! 先生を何処に連れて行こうって言うのよ!?」


「……決まっています。ファーストキスはダメでしたが……それなら私は他の初めてを貰います」


「他の初めてって…………ま、まさかアンタ!?」


 ミスティが顔を真っ赤に染める。相変わらず恥ずかしがり屋さんだ……


 ってそんな事より! マジか!? ついに俺は……卒業出来るのか!? しかもこんな美少女と!!



「い、行かせない!! 先生は絶対に行かせない!!」


「……退いて下さいミスティ。先生はイキます、私がイカせてみせます」


「なぁっ!? ダメよっ!! 先生は私がイカせるの!!」


 お前達……それはちょっと……




「貴女達!! いい加減にしなさい!! なんて下品な会話をするのですか!? そもそもシュバルト様はお疲れなのです、離れなさいっ!!!」



 おお……元祖……やっぱり怖ぇぇ……


 王妃に叱られ言い合いは止めたものの、セレスは絶対に離さないと言わんばかりの力で俺の腕にしがみ付く。


 その様子を見て、慌ててミスティが反対側の腕にしがみ付いた。



「はぁ……もういいです。貴女達? シュバルト様を医務室へ、看病して差し上げなさい。――――ほら貴方達も! 何をいつまでも呆けているのです!? あなた! さっさと騎士団の指揮を執りなさい!! ルクルーゼ、貴方もです! 魔獣はまだいるのですよ!? ナタリア! この散らかった間を綺麗に掃除しなさい! 近衛騎士の使用を許可します。――――さっさと動きなさいっ!!!」



「「「「「「は、はいっ!!!」」」」」」



 ……怖い……もしかしてセレスもこうなるのかな……


「……シュバルト先生……ごめんなさい……私のせいですね……」


「ば~か。俺が望んだ事、俺が決めた事、俺がしたかった事だ」


 泣きそうになっているセレスの頭を乱暴に撫でる。

 ミスティは何か言いたそうにしているが、流石に引いたようだ。



「…………そうそう、お前達……これ」


 すっかり忘れていたが、プレゼントがあったんだ。


「……あまりいい物じゃないが……ベタだけど手作りだぜ?」


 なんて事のないアクセサリー。二つで一つ、合わせると違った形になる。



 お前達みたいだろ?



 二人は大喜びしているようだが……よく分からない……


 王達が慌てて動き出したのを見届けた俺は、安心したせいなのか、眠りにつくように気を失ってしまった。



――――――――――――――――――――



 その後王都に攻めてきた魔獣達は、ルクルーゼを筆頭に殲滅された。

 ゼレイス王も前線で活躍したらしい。



 ルクルーゼは今回の事を全て王達に報告し、裁きを求めた。


 結果は騎士宿舎全ての便所掃除をする事、そして減給という事で決着がついた。


 本人は納得出来ないと憤っていたが、家族を人質とされていた事や、ミスティの強い要望によってそれを受け入れた。


 あのルクルーゼが割烹着を着て便所掃除している姿は、見物だったな。



 ナタリアは今回の騒動の首謀者だ。


 流石に彼女は責任を感じ、極刑、もしくは国外追放を望んだそうだ。


 しかし両王女の強い要望と、何よりゼレイス王が、亡き友の娘を二度と手放したくないと言い、ナタリアは涙を流しながらそれを受け入れたそうだ。


 今はナタリアとコルトはゼレイス王の養子となったため、王族の仲間入りだ。


 ただ本人達は、このまま王家に仕えるメイド、そして近衛騎士としてあり続けたいと言う要望から、ナタリアは王女達の専属メイド、コルトはゼレイス王の忠実なる側近として頑張っている。




 最後に俺だが……あれから三日ほど寝込み目を覚まさなかったそうだ。

 その間、ずっと二人が看病してくれていたらしく、本当に感謝している。


 目を覚ました俺は、全てが終わり、全てが元通りになった謁見の間で、ゼレイス王とセリーヌ王妃から感謝の言葉を頂いた。


 ゼレイス王は、俺に莫大な報奨金を準備していたようだが、俺はそれを断った。


 王都に被害らしい被害は出ていないが、その金は国のために使ってくれと。



 そして何より、俺の心境の変化が大きい――――




 金を稼ぐためにこの国に来た。


 適当に金を稼いで、すぐに出て行くつもりだった。


 人と関わる気はなかった。


 二人の王女と出会った。


 家庭教師になった。


 楽しかった。


 二人が成長していくのが嬉しかった。


 もっと教えたくなった。


 気が付いたら俺の頭は王女達で一杯になっていた。




 本当に濃い一ヶ月だったぜ。


 この関りを、終わらせたくない。


 俺はこれからも、この国で、あの二人と――――



――――――――――



「――――シトルハイム憲章、第七条、第七十七項!! シトルハイム王国は一夫一婦制を廃止し、重婚を認める事を、シトルハイム王、ゼレイス・ヴァル・シトルハイムの名において、ここに宣言する!!」



「……あ~あ、やっちまった……法律を変えちまって、知らねえぞおりゃ……」



 ゼレイス王の宣言により、沸き立っている民衆の声援が響く。


 それをどこか他人事のように聞いていたが、これ……俺のせいなのかな……



「そんな事言って、嬉しくないんですか? ずーっと私と一緒にいられるんですよ?」


「私はとても嬉しいです……これからずっと、私はシュバルト様と一緒にいられるんですから……」



 二人の王女が、俺に寄り添い、見上げてくる。


 甘えた顔、安心した顔、信頼している顔、嫉妬している顔、怒った顔。


 彼女達が見せてくれる様々な表情は、俺を飽きさせない。



「……セレス、私の旦那からもう少し離れなさいよ? 近過ぎよ?」


「ミスティこそ……私の旦那様にベタベタし過ぎです、離れて下さい」


「……お前達、喧嘩するなよ? お前達がこうだから、こんな事になったんだぞ!?」



 いつものやり取りを見ていたゼレイス王とセリーヌ王妃が、娘達の幸せの為ならばと法律を変えた。


 既得権益最高だね!



「むぅ……仕方ないわね……セレス?」


「えぇ……仕方ありません……ミスティ?」



 二人は目を見合わせ、そして俺にこの世の者とは思えないほどの美しい笑顔で告げる。




「「私達が貴方様に、幸せをお届けに参りました!!」」




「……あぁ、確かに受け取ったよ」



 二人が運送してくれたのは幸。


 幸せだよ。まったく、凄腕の運送者トランスポーターだぜ!



 この世界は優しくない。



 でも、幸せにはなれる。



 きっと今日もどこかで、誰かから誰かへと幸せが運ばれている――――




 ~運送完了~






「ところであなた……昔からずっと気になっていたのだけど……その二本の刀……」


「あ、私も気になっていました! あなたがそちらの刀を抜いている所を見た事がありません……」


「……あぁ……これか? これはな――――」

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家庭教師は世捨て人!? ~最強の世捨て人、金がなくなり王族の家庭教師を始める~ 酔いどれ悪魔 @yoidore_akuma

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